第146話 綿毛病の広がり

「ふうむ。なるほど……」


 顎に手をあて、指先で唇をつまむ。

 エイルの説明からすると、レーベンストックの事情は深刻である地域とそうでない地域の差が激しい。

 原因は綿毛病の至適生息環境に起因すると思われる。

 全種族の特性を知っているわけではないので、「正確ではない」と前置きするが、綿毛病の原因胞子であるバンコファンガスが最も好む環境は人間ではないだろうか。

 レーベンストックでは、様々な獣人やアールヴのような妖精に似た種族まで多くの部族で構成されている。

 部族の人口もまた多様なのだけど、最も多いのが犬族とネズミ族。続いてアルルと同じ猫族と兎族。

 少し離れてガルーガと同じ虎族、熊族と続く。

 アールヴは全て女性で構成されているので、熊族より数が多くはない。

 だけど、七大部族の一つに数えられるほどであった。これ以外にもフェアリーや獅子といった少数部族もいて、彼らもちゃんと部族会議に代表を送り込んでいる。


 さて、綿毛病に話を戻すと、魔力が総じて人間より少なめの熊族、虎族は比較的無事だそうだ。原因はなんとなく分かった。

 バンコファンガスが繁殖すればするほど、魔力を消費する。更に重篤化して本人の体力が落ちると体内に取り込む魔力量が激減するのだ。

 つまり、魔力が少なめの種族の綿毛病が重篤化すると、バンコファンガスが生育できなくなる。なので、結果的に回復するのでは、と推測したわけだ。

 これとは逆に、人間に近い魔力を持つ犬、猫、ネズミ、兎は最も被害が顕著である。

 また、アールヴ族とフェアリーは人間より高い魔力を持つ。なので、罹患する人としない人にハッキリ分かれているそうだ。

 エリーやセコイアがバンコファンガスを受け付けないのと同じ理由だな。

 エイルもバンコファンガスが生育不可能なほど高い魔力密度を持つ。


「現状、できる対策としてはやり病に感染した者を専用の屋敷に連れて行くこと、くらいしかできておりません」

「隔離病練か……種族ごとに分かれてでしょうか?」

「はい。各部族は広大な地域をそれぞれ縄張りとしていますが、全部族が同じようにしております」

「なるほど。病気に対する知見がある人が指示を出していたんですね」

「僭越ながら、私が発議いたしました。少しでもはやり病の拡大を鎮めることを目的として」

「これなら何とかなりそうですよ!」


 グッと両手を握りしめ、力強くエイルに返す。

 対する彼女は感極まった様子でぽろぽろと涙が溢れ落ちていた。


 エイルに医療的な知識があるのかは分からない。経験上、隔離する選択を取ったのかも。

 というのは、地球の歴史を紐解くと理解しやすい。

 黒死病が流行した古代世界、中世世界では、罹患者を一か所に集めた。

 当時、科学的な知見に基づいて隔離が行われたわけじゃあないだろう。しかし、彼らは経験則として、隔離が病の拡大に対して有効な手であると分かっていたんだ。

 なので、彼女が隔離政策を発議したのも、驚くべきことでもない。

 だけど、人それぞれ意思があるなか、強制的に移動させるのはなかなかもって難しいことなんだ。

 実行できたということは、レーベンストックはそれだけ部族ごとの統制が取れている証左となる。

 隔離を実行できたことこそ、驚くべきことだな。

 

「我らが民を救うことができるのでしょうか……?」

「治療の手はあります。私たちが病を克服したやり方をお伝えします」


 秘匿して高値で売りつけようなんて気は毛頭ない。

 辺境国は黎明期で自国のことで手一杯である。ガーデルマン伯らと商取引を始めようと思っているけど、急激に増える人口に対して食糧や資源の不安があるからだ。

 ちゃんと別の商品候補は見繕ってある。

 綿毛病の治療法を辺境国内のみに留め、レーベンストックの患者の治療に高値を取ること自体は可能だろう。

 しかし、辺境国では他国から患者を受け入れるほど余裕はない。さらに、患者の移送も問題だ。

 破綻が見えていることを商売になんかしても意味はない。それに、むざむざ救える人を見捨てるなんてことはしたくないんだ。

 甘い考えと言われるかもしれないけど、今回のことでレーベンストックと国交が開くことができれば十分実入りがある。

 

 エイルはあっさりと情報を開示すると言った俺に対し、大きな目を更に見開き驚きを隠せない様子。

 彼女は指先と翅を小刻みに震わせながら、口を開く。


「貴重な情報を惜しげもなく……必ずや辺境国に御恩を返させて頂きます事をお約束します」

「期待されるほど大したことはできません。辺境国はきっかけを支援するだけです。病を克服するのはあなた方なのです」

「私たちに、できるのでしょうか。私たちにはあなた様のような賢人はいません」

「大丈夫ですよ。きっと、うまく行きます。ですが、魔力の扱いに慣れた人が多数必要です。ご用意できそうですか?」

「もちろんです! アールヴ族とフェアリー族の精鋭を投入させていただきます!」


 よし。

 サンプルに魔力計測器をいくつか提供して、魔力密度の計測をできるようになってもらおう。

 魔力計測器が作れずとも、人力で魔力密度を計ることができれば何ら問題はないからな。

 

「すぐにでも動きたいところなのですが、今しばらくお待ちいただけませんか? すぐに知見のある人を呼びます」

「急いでくださるお気持ちだけで。胸いっぱいです。このままここでお待ちしてもよろしいでしょうか?」

 

 エイルに頷きを返し、今度は後ろで控えるアルルへ顔を向ける。


「はい。アルル。セコイアかペンギンさんを呼んできてもらえるか?」

「アルルは護衛」

「そうだった! え、ええと。ルンベルクに護衛をしてもらえばいいだろう?」

「はい! わたしは鍛冶場?」

「うん。頼む」


 再び前を向き、エイルに向け会釈してから立ち上がった。

 

「しばしここでお待ちください」

「承知いたしました」


 エイルも腰を上げペコリとお辞儀をする。

 

 ちょうど部屋を出ようとしたところで、ルンベルクがお茶菓子を持ってやってきた。

 テーブルにお茶とお菓子を置き、アルル、ルンベルクと共に部屋を辞す。

 

 ◇◇◇


 ルンベルクに事情を説明しつつ、待たせているガーデルマン伯爵の元へ向かう。

 俺の説明を聞いた彼は絹のハンカチを目元に当て、「ヨシュア様!」と呟いていた……。

 

「ルンベルク……」

「ヨシュア様の深いお考え、なにより危急の者を助けたいという想いにこのルンベルク、感極まりました!」

「お、おう。ガーデルマン伯爵の様子はどうだった?」

「事情をご説明したところ、快諾してくださいました。令嬢との姉弟間の積もる話もおありだったようでしたので」

「それならよかった。まさか、レーベンストックと病の話になるなんて思ってもみなかったから」

「ヨシュア様。不肖ながら私が控えさせて頂きます」

「頼む」


 ルンベルクが一歩前に出て、ガーデルマン伯爵が控える部屋の扉を開く。

 

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