第138話 魔工プラスチック
「濡れても平気にする手はありますぞ」
「おお!」
早速とばかりにトーレが何か思いついたようだ。
時を同じくしてガラムも顎に手を当て察しがついたかのように「うむ」と一人呟く。
「ある種の樹液や草の汁に魔法をかけると、固まるのです。これらは水を通しませぬぞ」
「おお。それって透明なのかな。じゃないと中身が見えない」
「元の色を保持します。なので、元から透明なものを選べばよいのですぞ」
なるほど。こいつは画期的だな。プラスチックみたいに扱えるってことか。
公国にもあったっけかなあ。そんな素材。
トーレに続き渋い顔をしたガラムが口を開く。
「余り実用的な素材ではないんだのお。そいつは。何しろ丸一日魔力を込め続けねばならぬ。労力の割に成果がのお」
「大量に素材を準備してからやればそれなりの量になるんじゃ?」
ところが、ガラムは困ったように長い髭を指先で引っ張りながら応じる。
「そういうわけにもいかんのだ。最初からひな形に液体を流し込んでおかねば、後から形を変えることができん」
「削ればいいんじゃ」
「削るのは構わんが、この素材は接着剤でくっつかないのでのお。彫刻に使う者はいるが、道具にとなると殆ど見ないものじゃな」
「魔力か。それなら、バッテリーがあるじゃないか」
「うむ。今回の用途であれば、紙幣を作り、その上からコーティングするように樹脂を塗り
巨大な魔力を一気に流し込むことは現在の技術では不可能だ。
だけど、微弱な魔力でいいのなら、24時間でも流し続けることができるのがバッテリーの強みだな。
あれ、でも待てよ。
ひな形に流し込んで固める。飴みたいなもんだと考えると……。
「そうだ。別にわざわざ紙幣を造らなくてもいいぞ!」
「ほうほう?」
突然叫んだ俺に対し、トーレが右眉をあげ目を輝かせた。
更にガラムに加えセコイアまでもが期待の籠った目で俺を見つめているじゃあないか。
ペンギンは特に変わった反応は見せていない。ずっと俺たちの会話に聞き耳を立てている。
「魔法で固めた樹脂そのものを貨幣にしてしまえばいい」
「それはそれで面白そうじゃが、偽装の問題はどうする?」
疑問を挟むセコイアに対し、指を鳴らしてニヤリと微笑む。
「本位制を取ったのは、魔法金属ならば少量で済むからだ。鉱石は貴重で、なるべく使いたくない。辺境国にはバッテリーという魔法金属を作り出す装置があるから」
「うむ。魔法金属ならば価値は元の金属の十倍以上になるからの」
「そこでだ、少量で済むことを逆に活かし、樹脂の中に小粒の魔法金属を封入すれば金貨や銀貨と同じことになるだろ?」
「おおおお。ヨシュア。やはりキミの首から上は素晴らしいの。そのような考えに至るとは」
椅子から乗り出し机の上まできたセコイアがバシバシと俺の肩を叩く。
地味に痛い……。
それはともかくとして、一度サンプルを作ってみたいな。
『樹液や草の搾り汁は、どのようなものでもよいのかね?』
「大概の種は問題ない。集めてみるかの」
ガラムの補足に、アストロフィツムやスツーカのことを思い出す。
あれらは魔力を加えた場合、別の反応を見せるからな。
特殊な反応を見せるもの、何も変化を及ぼさないもの、プラスチックのようになるものと三種に分かれると見ていい。
一番多いパターンがプラスチックのようになるものって感じだな。
『是非ともお願いしたいです! ガラムさん』
さすがペンギン、俺と同じことを考えていたようだ。
見たことのない素材だから、使用に耐えるものなのか確認したい。
『ヨシュアくん。ガラムさんとトーレさんの話を聞く限り、プラスチックに似た素材となると推測している。プラスチックはいずれ合成したいと思っていたところなのだよ』
「プラスチックの合成……できるの?」
『プラスチックそのものは今はよいとして、魔力を込めた樹脂がプラスチックの代用となるのならば、画期的だぞ!』
「確かに。現代社会にプラスチックは欠かせないからな」
『だが、重要なことが一つある。検討が必要だ。処分する場合にどうするかだよ』
「魔力を抜けば、元の樹液に戻るってわけじゃあないものな。リサイクルできればいいんだけど……検討材料として記憶しておくよ」
性質がプラスチックと似ているのならば、非常に使い勝手がいい。
プラスチックは水を通さず、容器となるし。軽い、加工しやすい。
ちょんちょん。
ペンギンと俺の間に割り込んだセコイアが俺の頬っぺたをつっつく。
机の上は行儀が悪いぞ……。
「ぷらすちっく?」
「科学にさ、似たような素材があって。魔力を通した樹脂は……そうだな『魔工プラスチック』とでも名付けようか」
「何だか強そうじゃ。よいんじゃないかの」
「は、はは……」
適当に名前をつけたんだけど、セコイアだけじゃなく他のみんなにも気に入ってもらえた様子……。
自分としては微妙な感がするが、黙っておこう。
「ガラム、トーレ。俺も手伝う。さっそく素材を集めよう。ペンギンさん、バッテリーのリソースを魔工プラスチック作成に一部回せるかな?」
『問題ない。むしろ、全部、魔工プラスチックに回したいくらいだよ!』
パタパタと両フリッパーを上下に動かすペンギンは、今すぐにでも動きだしたくてうずうずしているみたいだ。
「ヨシュア坊ちゃん、某は金型を作っておきますぞ。貨幣の形にすればよいのですな」
「うん。助かる」
そんなわけで、魔工プラスチックのサンプル作成に動き出した俺たち。
◇◇◇
――翌日の夕方。
加工が終わったとのことで、先日のメンバーが集合し魔工プラスチックの鑑賞会と相成った。
机の上に並べられたるは、100円、10円、500円玉サイズに加工された魔工プラスチック製のコイン。
見た目は透明なプラスチックそのもので、ある種のおはじきみたいに見えなくもない。
持ってみると金属と違って、軽い。
ピンと弾いてみたら、軽すぎるためか金属のコインのようにクルクルと回転して落ちるってことはなかった。
床に転がった様子からも、プラスチックを彷彿とさせる。
「重ねて擦ってみよう」
「案外、丈夫じゃな。ガラス……ほどではなさそうじゃが」
「擦っても削れないし、大丈夫そうか。鉄で擦るとどうなるかな」
「ふうむ。多少のことでは割れぬようじゃな。じゃが、銅貨ほど丈夫ではない」
セコイアが100円玉サイズの魔工プラスチック製のコインを親指と人差し指で挟む。
ぐぐぐっと力を入れると、ついに中央から割れてしまった。
「え。結構脆くない?」
「ヨシュアもやってみるかの?」
んじゃ俺も真似して。セコイアと同じ100円玉サイズの魔工プラスチック製コインを手に取り、握りつぶすように思いっきり力を込める。
……。
…………。
『強度は問題ないのではないのかね? 壊れた場合は交換かね』
「そ、そうだな。は、ははは」
手を開き、コインを机の上に落とす。
折れ曲がる気配もなかったぞ。そのコイン。
「いけそうなので、これにブルーメタル、シェンナメタル、ミスリルの欠片を封入して金貨、銀貨、銅貨の代わりとしよう」
『ブルーメタルが鉄。シェンナメタルが銅。ミスリルは銀だね。価値のほどは私には分かりかねる。グラム計測は行おう』
一応の確認といった風にペンギンが素材についておさらいしてくれる。
「ありがとう、ペンギンさん。職人の二人と協力して、その辺お願いしていいかな?」
『承知した』
「貨幣価値の件はシャルとも会話しておく。明日に重さを伝えるよ」
よっし。これで貨幣問題は何とかなりそうだ。
バッテリーを使った魔力付与はとんでもない付加価値を生む。発電設備をもっと拡大していきたいところだな……。
「そうじゃ。言い忘れておった」
これで話が終わりかというところで、ガラムが顎髭を指先でいじりながらボソッと発言する。
「何か問題が?」
「魔工プラスチックじゃったか。そいつは炉に放り込むと跡形もなく溶ける」
「おお。そいつは逆に朗報じゃないか。ペンギンさん」
『了解した。蒸発する温度を計測してみよう』
そんなわけで今度こそ、鑑賞会は終わりとなったのであった。
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