第124話 閑話 ヨシュア追放後のルーデル公国 35日目
はやり病は「綿毛病」であると特定されたことは喜ばしい。しかし、病の克服というものは一朝一夕で達成できるものではなかった。
衛生局に届く患者の報告数は日に日に増えて行き、懸命の治療も報われず亡くなる領民もちらほら出ている。
だが、衛生局も病の終息に対し指をくわえて見ているだけではないのだ。たとえ、手の打ちようのない病だろうが、諦めることだけはしない。
それこそが病の克服に繋がるのだと、彼らは皆信じている。
今日も今日とてオジュロを中心とした対策チームが一丸となり、病を克服する方法について研究を進めていた。
ルーデル公国公都ローゼンハイムにある衛生局は、ヨシュアのいるカンパーランド辺境国を除けば唯一「科学的手法」によって病の原因を究明する手法を採用した機関である。
ヨシュアの支援とオジュロ伯の資金によって、ここには多数の器具が揃えられていた。
魔力測定器を始めとした魔道具から、シャーレ、注射器、点滴を行うための器具などヨシュアの知識を基に改良を加えた「科学的」な器具まで多岐に渡る。
衛生局に務める者全員が、医療の中心地はここ衛生局だと自負していた。
その考えは恐らく正しい。魔法的手法のみで考慮するならば、帝国の専門機関の方が優れているかもしれない。
だが、魔法と科学の融合という手法は公国独自のものであり、多大なる成果をあげているのだ。
もっとも、医療に限ったことだけではないが。
話を衛生局に戻す。
「高熱を抑えるだけで、半分の患者は生還するのだ」
「はい。オジュロ様。綿毛病そのものに対処できているわけではありませんが、対症療法だけでも生還率は随分と上昇しているかと」
くるりと巻いた髭を指先でピンと弾き、目をらんらんと輝かせるオジュロの顔は鬼気迫るものがあった。
くわっと目を見開き、口端から泡を吹きだしそうな勢いで。
対する彼の助手である利発そうな眼鏡の青年は慣れたもので、彼の発言を静かに待っていた。
「綿毛病の原因は判明した。種類は不明だがキノコの種だ。そいつが体内で繁殖し、綿毛となって出てくる」
「はい。時間はかかりましたが、病の原因はキノコによるもので間違いありません」
確認するようなオジュロに青年は相槌を打つ。
コツコツコツ。
オジュロが指先で激しく机を叩く。血走った目がぎょろりと試験管を睨み、不気味さが際立つ。
「そうかそうか! そうかそうか! そうかあああああ!」
耳にキンキンくる金切り声を発したオジュロは、両手で左右の髭を思いっきり引っ張った。
むにゅうと頬が伸び、血走った目と相まって子供が見たら泣いてしまうことは確実だろう。
興奮した様子のオジュロは続けて右手を大きく振り上げ、ガバッと青年を凝視する。
「ヘルムート! さっそく取り掛かる」
「オジュロ様、誠に申し訳ございません。説明していただけると」
「そうだった。吾輩の考察を伝えるところからだったな」
多少冷静さを取り戻したのか、ずり落ちた片眼鏡を指先で元の位置に戻したオジュロが近くの椅子に腰かけた。
続いて彼は、眼鏡の青年ヘルムートへ座るよう促す。
一方でヘルムートも白衣の袖を整えた後、真剣な顔でゆっくりと椅子に座った。
「よいかね。熱を抑えていたとはいえ、本当に何もしなければ綿毛病を克服することなんぞできない」
「私も同じ考えです。ですので、患者の体内で綿毛病を克服する何かが生成されたのでは、と」
「ほうほう。君も同じ考えにいたったか。そこでだな。カビを使った薬があったろう。ヨシュア様が『魔的抗生物質』と名付けた」
「はい。ございます。画期的な薬ですよね! 特に破傷風など悪性の菌が原因で発症する病に効果があります。風邪などの症状にも効果があり、衛生局が開発した薬の中でも最も優れたものの一つかと」
「うむ。アレは菌を潰す薬だ。同じく綿毛病も患者の体内でキノコの種を殲滅する何かが生成されている。つまり」
「なるほど! 『魔的抗生物質』でもキノコの種を滅することはできません。ならば、克服した患者から」
「いや、患者の中に対抗できうる何かが生成されたことは確かだ。しかし、生成物を取り出すことは困難を極めると踏んでいる。どこだ。患者の血液か、それとも別の何かか」
「おっしゃることは理解できます。確かにしらみつぶしとなりますと、多大なる時間を消費します」
「うむ。そこで発想の転換だよ。綿毛からキノコの種に対抗する薬を作るのだ!」
オジュロは熱っぽく説明を続ける。
動物だけでなく、植物の世界でもそれぞれの種は繁茂するために他種と激しい生存競争をしているのだ。
木々は太陽の陽射しを受けるため、葉を伸ばし他種を影へ押しやろうとする。キノコも最適な環境を得るため同じ環境に生える植物より先んじようとする。
綿毛病を発症するキノコの種とて例外ではない。
似て非なる他種ならば、本種の成長を妨げ、我こそが繁茂しようとするだろう。
だから、作ってやればよい。
カビから「魔的抗生物質」を精製したように。
「公宮に務める魔法使いを集めます。もちろん衛生局内で魔力の扱いに長けた者も全て招集します!」
オジュロの説明を聞き終えたヘルムートは、力強く自分のすべきことを述べる。
「うむ。頼む。吾輩は綿毛を準備しよう」
「オジュロ様の発想、感服いたしました」
「ははは。ヨシュア様がな、吾輩を信じ、任せてくれたのだ。あの方が『できる』と言ってくださったのだぞ。できないわけがなかろう」
今はここにおらぬ敬愛する元公爵へ思いを馳せながらも、オジュロはさっそく作業に取り掛かるのだった。
数日後、画期的な新薬がついに完成する。
オジュロXと名付けられたこの新薬は、綿毛病の特効薬として世に出た。
重篤な患者には皮下注射で対応し、感染初期の者には丸薬が処方される。
オジュロXを大量生産すべく、公都ローゼンハイム中の魔法使いが集められ専用の生産設備も急遽建築された。
これにはグラヌール、バルデス両名の尽力も大きい。
ヨシュアが発掘し、育てた人材は彼無き公国を必死で支えていた。
しかし、主無き公国は少しずつ確実にその活力を失いつつある。
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