第123話 閑話 こっそりと魔物退治 その2

「ガルーガさん!」

「任せろ!」


 上空15メートル辺りを飛ぶ飛竜の頭に乗るアルルがガルーガの名を呼ぶ。

 片目を彼女の持つ布で覆われた飛竜は怒り心頭で、暴れに暴れる。

 対するアルルは布を巧みに操り、飛竜の動きを誘導していく。

 彼女を振り下ろそうとする飛竜の高度が更に下がり、ついにガルーガの眼前に迫ってきた。

 

 彼はすううっと息を吸いこみ、下に構えたハルバードをギュッと握りしめる。

 ひらりとアルルが飛竜の頭から飛び降りるやいなや、ハルバードが振り上げられ、見事飛竜の顎を斬りつけた。

 顎から脳天まで突き抜けたハルバードは勢いを落とさず、天まで突きあげられる。

 対する飛竜はそのまま地面に落ち、ピクリとも動かなくなった。

 

「片目には慣れてきたか?」

「おかげさまでな」


 隻眼のガルーガにとって距離感を測る能力が以前に比べ落ちている。

 それでも、他の力を失ったわけではない。

 現に体長八メートルもある固い鱗を持つ飛竜でも一撃の元に斬り伏せることができた。

 もっとも――。

 

「アルル。完璧な誘導だった。感謝する」

「ううん。アルルも。練習」

「初めてやったのか……?」

「うん。アルルね。あまりモンスターと戦ったことないんだ。だから」

「戦闘経験がないようには……」


 そこまで言ったところでガルーガは慌てて口をつぐむ。

 あの動き、実戦なくして身につけられるものではない。そのようなこと聞かずとも分かる。

 モンスター相手ではないとしたら……いや、詮索はすまい。

 ヨシュア様のメイドが只者ではないなど、当たり前のことではないか。

 そう思ったガルーガは自然と頭を下げていた。

 

「すまん」

「ん? ガルーガさん、ちゃんと仕留めたよ?」


 コテンと首をかしげるアルル。そこへ苦笑したバルトロが割って入る。


「アルルに来てもらったのは、対魔物への経験を積ませることもあるんだけど、探知能力を買ってのことなんだ」

「そう言えば……真っ直ぐ進んできたな」

「おう。アルルなら数キロ先であっても大型の魔物なら感知することができる。危ないモンスターを狩るのが今回の仕事だろ」

「恐れ入った。そんな能力まで持っていたとは」

「そんなわけで、次は俺がやるぜ」

「おお」


 トリプルクラウンの剣技が見れるとは……任務の最中であることは重々承知しつつもガルーガの気持ちは昂っていく。

 

 ◇◇◇

 

 次に彼らが出会ったのは角龍だった。

 ガルーガが角龍を見るのはこれが二回目。前回対峙した時は同じSランク冒険者五人がかりで苦戦しつつも退けた相手である。

 「退けた」だけで、仕留めるまではいかなかったのだが……。

 あの時、パーティ編成がよろしくなかった。物理攻撃が得意な戦士三人と補助魔法使いに回復魔法を使う白魔法使いの五人で組んでいたのだから。

 角龍は額に螺旋のように曲がった角を持つモンスターだ。

 四足で走る巨大なサイにも似た龍なのだが、全長10メートル近い巨体もさることながらとにかく灰色の鱗が硬い。

 ガルーガを含めた当時のパーティメンバーはミスリル製の武器で対峙したのだが、まるで傷をつけることができなかった。

 

「んじゃま、獲物を一人で取っちまって悪いが、俺がやるぞ」

「な……バルトロ。ハルバードを使うか?」

「なあに、これでいいさ」


 背中からひょいっと大剣を抜いたバルトロはふわあとあくびをする。

 緊張感の欠片も無い彼に対し、ガルーガは気が気ではなかった。

 トリプルクラウンの噂は彼とてもちろん知っている。しかし、彼の持つ大剣はお世辞にも高品質なものとは言えない。

 高い実績を持つ彼ならば、ミスリル……いやオリハルコンの剣くらい持っていてしかるべきだ。

 しかし、彼が構える大剣はただの鉄だった。

 ミスリルでさえ歯が立たない角龍に対するにはあまりにも……。

 

「アルル。よおく見ておけよ。モンスターだって、人と同じだ。角龍はとんでもなく固え。だが……」

「ちゃんと見てる!」

「おう」


 親指をピッと立てたバルトロは首を回し、前へ出る。

 大剣から片手を離した彼は、首元の革紐を引っ張り小さな笛を口に咥えた。

 キイイイイン――。

 耳に痛い音が響き渡り、50メートルほど離れた場所にいた角龍が一直線にバルトロめがけて突進してくる。

 

「そっちに抜けてくるから、ちょい横に頼むわ」


 そんな言葉を残したバルトロは右脚に力を込めたかと思うと、大きく前に踏み出す。


「よっこいせっと」


 角龍の角が届こうとした時、バルトロが高く跳躍し、剣の腹で螺旋状の角の根元辺りを叩く。

 どれほどの膂力で振るわれたのだろうか。

 鈍い音と共に、角龍の首がぐらんとブレた。

 しかし、走る角龍の勢いは止まらずバルトロを残しそのまま直進する。

 

 グラリときたからか、角龍はすぐに勢いを落とし停止し憎き敵の方へ体の向きを変えた。

 そこへ角龍の後ろを追いかけていたバルトロが跳躍して踊りかかり、大剣を突き下ろす。

 グサリと角龍の目に大剣が突き刺さり、耳をつんざく悲鳴があがった。

 

「目は基本だな。あとは、こういうところも」


 するりと大剣を抜いたバルトロは、角龍の顎下へ向け大剣を振るう。

 

 ぶしゅうう。

 鮮血が噴き出て、よろよろと足元が覚束なくなった角龍はそのまま倒れ伏す。

 

「アルル。分かった!」

「おう。要は全身全てが硬い奴なんていねえってこった。柔らかいところをつけばいい」

「うん!」


 猫耳をぴこぴこさせ、うんうんと頷くアルル。


「あまり力技は得意じゃあねえんだ。地味な戦いだろ」

「いや、恐れ入った。さすが元トリプルクラウンだ」

「ありがとうよ。俺は倒すことしか能がない。だが、それでいいと思っている」

「オレもだ」

「ははは」

「ガハハ」


 肩を叩き合いバルトロとガルーガが笑い合う。

 凄まじい剣技の冴えに目を見開いたガルーガであったが、奢らぬ相棒の心意義に感服していた。


「昔はそうじゃなかった。恥ずかしいことに俺が一番すげえって思ってたんだぜ」

「これだけの実力だ。当然のことじゃないか?」


 バルトロは頭をぼりぼりとかき、バツが悪そうに顔をしかめる。

 彼も変わったのだな。ヨシュア様という光に出会って。

 彼の言わんとしていることを理解したガルーガはバンバンと彼の背中を叩くのだった。

 

「おっと、休んでいる場合じゃあねえな。ガンガン行くぜ」

「うん!」

「おう!」


 片目をつぶるバルトロに対し、アルルとガルーガが元気よく応じる。

 この後彼らは三日かけて、多くのモンスターを狩猟したのだった。

 この戦いを通じてアルルだけでなく、ガルーガもまた隻眼での戦いに慣れ往時の実力を取り戻す。

 そこで終わらず、彼は強力なモンスターとの連戦で以前より高い実力を身につけていた。

 とはいえ、まだまだ二人との実力の開きを痛感するガルーガなのである。

 

 こうして、いくつかの土産を持った三人は無事街へと帰還する。

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