第113話 俺だ。俺俺。

 植物はもちろん探す。だけど、吸血コウモリというアイデアは悪くない。

 てなわけで、アメジストと水晶の鉱脈がある付近を探索することになった。もちろん、到着するまでにも植物鑑定を怠ってはいないぜ。

 結果は芳しくなかったけど……。

 おっと、話を戻すと、この辺りは小さな洞穴が多数あるんだよ。なので、コウモリを見つけることは、アルルの探知能力でたやすいことだってわけさ!

 

 次から次へとコウモリに遭遇し、あーだこーだしているとあっという間に日がかげってくる。

 しかし、そろそろ帰るかって頃に、目的のコウモリを発見したのだ!

 続けていた植物鑑定の結果はあんまりで、魔力が回復する菌類の一種を見つけたにとどまる。

 魔力を回復できる薬は、魔力を吸わせる検証とセットなので、有用ではあるけどね。

 問題が発生したらすぐに魔力密度を元に戻せるように。


「ただいまー」


 戻ってきたら既にガラムたちの酒盛りが始まっていた。

 弟子のうち年少のネイサンだけは飲んでいないのだけど、彼は彼でせこせことガラムたちのお世話をしている。


「お帰りなさいませ」


 エリーが優雅な仕草で礼をした。

 非常事態であっても、彼女とルンベルクはビシッと服装と髪を整えているのがさすがである。俺は髪の毛が跳ねまくってる……朝にエリーへ頼んで整えてもらったというのに。


「ペンギンさんとセコイアはまだ鍛冶屋の中なのかな?」


 エリーに問いかけると、彼女はコクリと頷きを返す。

 ふむ。彼らにも先に食事をとってもらいたい。エリーとルンベルクが準備してくれたご飯は絶品だぞ。

 ……とまあ、それはともかく。俺と彼らは食事後にもう一仕事しなきゃならないからな!

 いつまでも鍛冶屋に篭っていては、後の仕事に支障が出てしまう。我ながら二人を働かせ過ぎだと思うのだけど、俺も頑張るから許してほしい。


 そんなわけで、みんな揃って食事を楽しむことになった。

 ん……あれ、一人足りないような……あ、牛乳少女がいない。そういや、今朝も姿を見ぬまま出かけちゃったし。

 彼女もまた隔離中なので、牛のところに行けないから牛乳を持ってこれない。そのことで何か思うところがあったのかな?

 いやいやまさかそんなわけはないだろ。ひょっとしたら、綿毛病を発症したとかかもしれないぞ!

 彼女の様子を見に行ってみるか。

 ガラムに頼み、ネイサンを借り受けペンギンの元へ送り込む。彼ならよろしくやってくれるだろう。

 ついでにネイサンにこっそりと酒を拝借してもらうことも忘れてはいない。

 彼には酒からアルコールを抽出してもらわなきゃならないからな。飲むためではなく消毒用にね。

 俺は「後から鍛冶屋に行く」とセコイアに告げ、牛乳少女ことシャルロッテの割り当てられた部屋に向かうことにした。


 ◇◇◇

 

 ワンルームアパートみたいな平屋作りの建物のうち一番右端がシャルロッテに当てがわれた部屋だったはず。

 それにしても、素通りしてしまっていた扉の前に立つと改めて感心してしまう。

 たった半日でよくここまでのものを作ったものだ。恐るべしガラムたち。

 

 コンコン――。


「シャル。俺だ。俺俺」

「閣下! す、すぐに開けるであります!」


 ガタガタと奥から音がして、勢いよく扉が開かれる。

 思った以上の速度だったので、ちょっとびっくりした。これが外開きの扉だったら頭をぶつけていたところだよ。

 彼女はいつもの鎧姿じゃなく、ワンピース姿でなんだか新鮮だった。

 部屋着かな。動きやそうだ。

 少しやつれたようなシャルロッテだったが、まじまじと彼女の服を見てしまったからか顔を逸らされてしまう。

 

「ごめん。珍しいなと思ってさ」

「も、申し訳ありません。閣下の前だというのにこのような姿で」

「いや、普段も鎧じゃなくてもいいんだぞ。動きやすい服で」

「あの姿が一番身が引き締まるのです」

「ま、まあ。好きな格好で仕事をするのが一番だよ」


 ん。会話している感じだと問題なさそうだけど……。

 落ち込んでいるのか、はたまた綿毛病が発症したのかと心配したのだが、一応。

 彼女に、にじりより手を伸ばす。

 ビクッと肩を震わせたシャルロッテであったが、その場から動くことはなかった。

 

 ピタリ。

 彼女の額に手を当てる。

 

「うん。熱はなさそうだな」

「た、体調は至って普通であります!」

「そうか。朝から姿を見せなかっただろう?」

「じ、自分は閣下たちと共に働く資格がないのであります……」


 いやいや。

 牛乳を届けられないことでそんなにへこんでいたとは……。


「シャル。気にしなくていい。綿毛病の対策はいずれ打たなきゃいけないし。牛乳だって……うわっぷ」


 涙目になったシャルロッテが俺の胸に飛び込んでくる。

 あまりの勢いに息が一瞬詰まった。

 

「閣下、ほ、本当に申し訳ありません! あの一家はガーデルマン伯爵領から来たのであります! 私がここへ来たばかりに……」

「どうしてそうなるんだよ。シャルとあの一家は友人というわけでもないし。シャルが来たからここへやってきたってわけじゃあないだろ」

「元領主自らが閣下の元へ馳せ参じたのです。となれば、領民がきても」

「公国領全域からやってきているだろ。何もガーデルマン伯爵領だけじゃあない。もう一つ、綿毛病はあの一家がこなくても、いずれこの地まで猛威を振るう可能性が極めて高い」


 シャルロッテの両肩にそっと手を置き、彼女を体から離す。

 エリーより頭一つ高い彼女と誠に遺憾ながら男として小柄な方である俺だと、目線がほとんど変わらない。

 息の届く距離で見つめ合うのはさすがに恥ずかしく、視線を下げたら下げたで今度は彼女の桜色の唇が。

 特に彼女を女性として意識しているわけじゃあなかったけど、この距離感だと嫌でも意識してしまうな……。

 日本と違って、公国の男女の距離感は近いのだ。この世界で育った俺は慣れていてしかるべしなんだけど、赤子の時から日本にいたときの記憶を持っているとなかなか抜けないんだよね。

 こればっかりは仕方ないと割り切ることにしたんだ。慣れない習慣があることで、いいこともあれば不都合なこともある。

 でもそれが俺なんだってね。

 なので、半歩下がってから彼女に続きを説明することにした。

 

「まだ検証段階だけど、綿毛病を発症させる元は風に乗ってくると当たりをつけているんだ」

「風に……でありますか」

「うん。病原体――悪さをする元になる物質の発生源がどこかを特定することはできないだろうけど、対策が打てたのなら問題ない」

「治療法があるのですか?」

「いや、これからだ。だけど、綿毛病の仕組みは紐解きつつある。シャルも魔力密度をセコイアに計測してもらうといい」

「魔力密度でありますか。オジュロ伯との会談で説明されていた記憶があります」

「そうそれだよ。魔力密度が平均値に比べ極端に高いか低いかすると感染しない可能性が高いと思っているんだ」

「自分は30程度であります。宮廷魔法使いになるには心もとなさ過ぎる数値です」

「そ、そうか。30なら危険性が高いな……熱が出たらすぐに教えてくれ」

「了解であります!」

「シャル。牛乳はないけど、君にも仕事を頼みたいと思っている」

「何でもお申しつけください!」


 しゃきっと敬礼するシャルロッテの顔にはもう悲壮感はなかった。

 彼女の元気の源はお仕事だからな……。今すぐにって仕事じゃあないけど、隔離されて他のことができないし丁度いい。 

 

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