第111話 ごはん!

 綿毛病の対策を取るべく、夜が明けたらさっそく探索へ繰り出すことにしたんだ。

 メンバーは昨日と同じバルトロとアルル。

 彼らは俺と違って綿毛病への耐性があるわけではない。彼らもまた綿毛病患者ミーシャと至近距離にいたことで感染のリスクを背負っている。

 ミーシャの皮膚から採取した綿毛がどんな物質なのかにもよるけど、俺とペンギンの予想は胞子だ。

 もし胞子ならば風に乗って遠くまで運ばれていく。

 つまり、ミーシャがネラックへやってこなかったとしてもいずれ誰かが罹患していたと思う。

 隔離しているものの、ネラックの街で綿毛病の患者がいつ出てもおかしくない……。

 なので、早急に対応が求められるのだが、治療の道に王道は無し。地道に行くしかないのだ。

 オジュロがいればもっと効率的な対応が打てたかもしれないけど、ないものねだりをしても仕方ない。

 幸い、調査できる設備と人材は揃っているし、俺の植物鑑定もある。

 きっと、それほど時間をかけずにうまくいくはずだ。


 二人には少しでも体調の異変を感じ取ったらすぐに言うように言伝てしている。どんな些細なことでもと念押ししてね。

 何も言わなきゃ彼らは倒れるまで働く……だろうから、不本意ながらも少し強めの命令口調で言ってしまった。

 ちょっとばかし言い過ぎたのか、伝えた時にアルルでさえ神妙な顔でこくこく頷いていたんだよな。


 そんな一幕があったが、朝も食べずにルビコン川を渡り、崖を迂回している。

 道中何か食べるものを見つけたら、そこで食事タイムにしようと二人に伝えていたのだが……。


「ちと待ってくれ。ヨシュア様」


 とバルトロが立ち止まり弓に矢を番え、放つ!

 ぐあぐあーと飛んでいた鳥に見事矢が命中し、鳥が落下する。

 そこへアルルが崖の壁を蹴り華麗に鳥をつかみ着地した。

 着地点も物凄い傾斜なんだけど……。


「朝ごはん!」


 ご機嫌なアルルと指を鳴らしひゅーと口笛を吹くバルトロ。

 対する俺の額からたらりと冷や汗が流れ落ちる。


「あ、ここを登りきったところに野苺があったはず。そこで食事にしようか」

「りょーかい」

「ごはん!」


 親指を立てにかっと笑うバルトロと鼻歌混じりのアルル。

 二人とも朝から気合入っているなあ。

 なんて謎なことを考えつつもてくてく歩き続ける。


 ◇◇◇

 

 目的地までの道中も植物鑑定スキルで次から次へと自生している草木を見て行く。

 何気なく生えている雑草の中にも当たりがあるかもしれないしな。

 実のところ、雷獣のいる森に行くか、アメジストと水晶のあるこちらにくるか迷った。

 森は植物が豊富で種類も多いだろう。こちらも森と呼べる部分はあるけれど、雷獣のいるところみたいにずっとうっそうと生い茂っているわけじゃあないんだ。

 ならなぜ、こちらからにしたんだ? となると何となくの勘としか言えない。

 強いて言うなら、水晶やらアメジストがあったのなら、魔法鉱石もあるかもしれないと考えたことかなあ。

 いずれにしろ、雷獣のいる森にも行くつもりだけどね。

 

「ヨシュア様、そこ、崩れやすいぜ。こっちに」

「うん」


 何気ない地面に見えるんだけど、バルトロの言う通りに左側を歩く。

 庭師としてきてくれた彼は、こうして外を探索している時の方が生き生きしている気がする。


「バルトロ……あ、いや、何でもない」

「途中で言いよどむなんてヨシュア様らしくねえ。あ、そういうことか」


 察したバルトロが両手を頭の後ろで組み、ニカッと笑う。

 

「本当に些細なことだったから」

「分かってるって。ヨシュア様は本当に気遣いの人だな。俺の事を聞きたかったんだろ。別に隠すほどのことじゃない。聞いてくれるか?」

「うん。聞きたい」

「そうこなくっちゃな」


 パチリと指を鳴らしたバルトロは庭師になる前の自分について語り始めた。


「俺はヨシュア様のところに来る前は根無し草だったんだよ。ルンベルクの旦那が拾ってくれてな、ヨシュア様のところに来たってわけだ」

「そうだったのか。どうやって生活していたんだ?」

「冒険者って知ってるか? 探検をして希少な素材をとってきたりして金を稼いでいたのさ」

「おお、カッコいいな! それで森を探索している時とか頼もしかったんだな」

「それほどでもない。知らない場所に行くことはワクワクするけどな!」

「俺もそうかも」

「だよな!」


 バルトロと顔を見合わせ笑いあう。

 そんな俺たちの様子に前を行くアルルが振り向き、不思議そうに首を傾ける。

 冒険ってのは男の子の心をくすぐるもんなんだよ。うんうん。


「冒険者に戻るつもりはないのか? そっちの方が楽しそうじゃないか」

「んー。少年は大人になるってな。ヨシュア様のところで働く方が楽しい。口調も態度も気にしなくていいしな!」

「そうして素のままのバルトロでいてくれよ。畏まったバルトロなんて見たくないからさ」

「ありがとうよ。ヨシュア様。あ、一つだけ、誤解のないよう言わせてくれ」

「うん」

「ここに来る前、庭師の修行をちゃんとしてきたから腕は問題ないぜ!」

「分かってるって。あはは」


 バルトロの意外な一面を見てくすりとしてしまった。

 飄々としているような彼だけど、仕事に対してはとても真面目なんだ。締めるところは締めて、抜くところは抜く。

 こんな大人に俺はなりたい。

 いや、俺は自堕落な大人になりたい……。

 

「話が飛んでごめん。冒険者だったってことは、モンスターとかポーション類に詳しいのかな?」

「んー。それなりに……だな。ガルーガの方が詳しいんじゃねえかな」

「へえ。ガルーガも冒険者なのか」

「元、な。ヨシュア様にならガルーガも喜んで語ってくれるさ」

「あはは。聞きたかったのはさ。魔力を回復するポーションってあるだろ、その逆もあるのかな?」

「バッドステータスを喰らうポーションなんて街で売ってないって。でも、モンスターとかトラップなら……そういうのはあるな」

「魔力を吸われるのかな?」

「そんな感じだ。ヨシュア様が探しているのは傷を負わずに魔力が吸われるモンスターなのか?」

「モンスターよりは、動かない物の方が望ましいなあ……」

「おっし。俺もその辺を注意しつつ探索をするぜ」


 吸血コウモリみたいなモンスターがいたとして、血ではなく魔力だけを吸うイメージかな。

 そんな都合のよいモンスターがいるか分からないけど……。

 この世界では生きとし生けるもの全てが魔力を持っているんだ。人間なら、睡眠時に空気中から、食事の時に食べ物から魔力を吸収する。

 同じように「食事」として魔力だけを吸う生き物があっても不思議じゃあない。

 植物ならば俺のスキルがあれば一発で分かる。

 これだけ多種多様な植物が生えているんだ。きっと見つかる……はず。

 

「あったよ! のいちご!」


 アルルがこちらに向け手を振る。


「食事にしようか」

「おう」


 キョロキョロしつつも、アルルの元へ進む俺なのであった。

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