第110話 俺の秘密が暴かれた

お、おお。三回もチェックしてくれたのか。どれどれ。


『検査一回目

 体温38.2度

 魔力密度18.2』


『検査二回目

 体温38.0度

 魔力密度17.8』

 

『検査三回目

 体温37.6度

 魔力密度17.9』

 

 ふむふむ……。


「これは運び込んだ時、数時間後、つい先ほどくらいに測ったものかな」

「だいたいそんなところじゃ」


 細かく計測してくれている。さすがセコイア。抜け目がない。


「現在、体温が落ち着いて、眠っているのかな。何か飲ませた?」

『解熱効果のある薬草を煎じた粉を溶かして飲ませたよ』

「常備してた薬かな。ありがとう」


 解熱剤は効果を発揮した。

 アロエに似た葉っぱをすり潰して粉状にしたものが発熱に効果があるんだ。これは俺が発見したものではなく、古くから薬師の間に広がっていたものである。

 粉を見たら元の植物が何なのかは「植物鑑定スキル」ですぐ分かるので、採取は難しくない。

 現に俺はいまその薬草の葉を持ち帰っている。後ですり潰しておくとしよう。

 熱が落ち着いただけでは全快に向かうことはないだろうなあ……。

 不可解な動きをしている数値があるもの。


「気になるのは『魔力密度』だな。二回目の検査の後にミーシャは寝たのかな?」

「うむ。だいたい一時間くらいは眠っとるのお」


 寝ていたのにこれかあ……。


「セコイアの目で彼女が健康な時の魔力密度は推し量ることができるか?」

「ふむ。ボクも気になっておったから、調べている」


 セコイアが手元の紙片に目を落とし、読み上げる。

 ミーシャの健康時の魔力密度は大凡20から22と領民平均くらい。

 現在の症状は、一時間睡眠を取ったにも関わらず、魔力が殆ど回復していないのである。

 起きている時、特に魔力を使っていないのに魔力密度が減っていること……これらは病を原因とすると推測できた。


『魔力密度という計測方法はよいね。とても分かりやすい。私では計測できないことが難点だがね』

「公国の衛生局には魔力密度を計る魔道具があるんだけど……誰か作れないかな……」


 魔力密度とは、俺が勝手に作った単位だ。なので、セコイアみたいに俺と実験を行った人や公都ローゼンハイムの医者くらいしか通用しない単位である。

 人にはそれぞれ正常な魔力量……MPと言い換えてもいい……があって、魔法や魔道具などで魔力を使うと魔力を消費するのだ。

 休んだり食事をとると魔力は回復する。休めばすぐに回復するものなので、日常生活を送る分には魔力量なんて全く気にする必要はない。消費量に比べて回復速度がとても速いからね。

 なので、綿毛病は体内の魔力を消費して、病を引き起こしている……と予想したってわけだ。

 

「ボク以外にも幾人か魔力密度を計測できる者はいるじゃろう。じゃが、綿毛病が大流行した場合、魔道具があったほうがよいことは確かじゃの」

「うん。何も綿毛病に限らず、医療体制を整えることは肝要だ。つっても街の整備をするだけで手いっぱいだったから。これからの課題だなあ」

「確か屋敷に一つだけあったから、それを元にして誰か作れないか募るか」

「それがよいの。あと、一つ気が付いたことがあるのじゃ」

「おお。こんな短期間で。すごいな!」

「褒めてよいぞ」


 よーしよーし。

 頭を突き出してきたセコイアを思いっきりなでなでする。狐耳も丹念にな。

 セコイアのにへえとだらしなくなった口元から涎が出てきそうな勢いだ。

 ひとしきり撫でたら、すっと手を離し彼女に問いかける。

 

「この病、恐らくじゃが、ここにいる三人は罹患しないじゃろう」

「お、おお。そいつは願ってもない。病を解明するのは俺たち三人が主体だからな。何か理由があるのか?」

「うむ。よいか。あくまでボクの直観じゃが、綿毛病の元になる何かは『魔力』を媒介にして悪さをする」

「あ、俺にも何となく予想がついた」


 セコイアはこの病の元凶がカビやキノコなどの細菌類だと予想したのかな。

 仮にキノコとしようか。

 綿毛病を引き起こすキノコの胞子が体内に入ると、魔力や体の中の素敵な何かを元にして成長し綿毛が皮膚を突き破って出てくる。

 生き物ってのはキノコに限らず「生育しやすい環境」ってのがあるのだ。

 ある細菌は30度から50度が至適で、60度を超えると死滅するといったように。

 綿毛病の元になるキノコもまた、最適な環境と死滅する環境がある。


「……」

「何じゃ、変な顔をしておってからに」

「予想はついたのだけど、俺だけすんごく微妙じゃね?」

「まあ良いではないか。ボクの魔力密度は99。おそらくじゃが、病魔は死滅する」

「実験するまで何とも言えないけど、恐らくそうだろうな」


 お湯に例えると、セコイアの体内は熱湯だ。

 なので病原菌が繁殖するどころか、滅菌される。

 

「宗次郎は皮膚が人間と異なり頑強だ。綿毛が出てこれないじゃろうな。魔力密度もやや高い」

「生物学的に綿毛病に感染しないって予想だな」


 ペンギンは人間と余りに構造が異なるから感染しない……これは半々かなあ。

 人間に感染する病原体が他の哺乳類や鳥類に感染しないことはよくあること。むしろ、鳥にも牛にも人間にも感染する病原体の方が珍しいのかもしれない。


「うむ。して、ヨシュアじゃが」

「いや、言わなくていいから」

「宗次郎のためにも情報共有をしとかなければな」

「だああああ」

「ヨシュアの魔力密度はたったの5じゃ。栄養が無さ過ぎて病魔は育たないじゃろ」

「……言ってしまったか。俺の大いなる秘密を」


 ゆらりとセコイアの後ろに立った俺は、彼女のこめかみをぐーりぐりとする。

 逆に喜ばせてしまった……。


『ふむ。言わんとしていることは分かった。なら、至適を探らねばならないね。そこが一つの突破口になるかもしれない』

「ミーシャから採取した綿毛を使えばいけそうかな?」

『恐らく。しかし、ヨシュアくん、シャーレはトーレさんに作ってもらうにしても、培地はどうする?』

「それなら、寒天の元になる海藻類を持ってきているから大丈夫だよ」

『素晴らしい! 寒天培地があれば……滅菌は難しいだろうが、今回はそこまで必要ではないだろう。セコイアくんに魔力密度を見てもらいつつバッテリーを使おう』

「おお。そこでバッテリーかあ。さすがペンギンさんだ」


 寒天培地は栄養源になる。綿毛病の場合は魔力もまた栄養源だから、バッテリーの中の魔力密度を調整することで培養しようってわけだ。

 まずは人の平均値である魔力密度20くらいで始めてみて、一気に密度を落とすとどうなるか、を試してみたい。

 常時より魔力密度を20以上あげてしまうと命の危険を伴うが、低くする分には問題ない。急激な魔力密度低下で気絶することはあるけど……。


「おもしろそうじゃ。カガク的手法ってやつじゃな。培養なるものはボクとペンギンで行おう」

「俺は魔力密度を調整できる植物を探す。外に出ることになるからミーシャの看病も頼んだ」

「もちろんじゃ。任せよ」

「よっし、方向性は見えた」


 これでうまくいけばいいんだけど……いや、うまくいくと信じてやってみようじゃないか。

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