第107話 たまには水遊びでも
俺が着替え終わったところで、入り口扉の向こうからバルトロが声をかけてくる。
「ヨシュア様! こっちは終わったぜ」
全く……俺もバルトロたちと一緒でよかったのに……。
なんて内心思いつつも口には出さず、彼らと入れ替わりで外に出る。
ラッキースケベと言えばそうなんだけど、なんだかこう釈然としないままルビコン川の川辺まで来たわけだが……。
「うひゃー、思ったより冷たいなー」
水に手をつけばしゃばしゃすると、現金なもので気分がコロッと180度回転してしまった。
「ヨシュア様ー!」
裸足になったアルルが川の中へ足を突っ込み、ピクリと尻尾を動かしたもののそのまま奥へと歩いていく。
膝下くらいまで水に浸かったところで、彼女はこちらに顔を向けぶんぶんと手を振る。
「俺も行く。エリーも行こう」
「あ……お手を」
そういや俺からエリーの手を握ったことって殆ど無かったか。
彼女はほんのり頬を染め、ぼーっとなってしまった。
構わず少しだけ彼女の手を引くとハッと彼女の表情が戻ってくる。でも彼女から握り返してこようとはせず、俺の手だけに力が入った状態のまま並んで川の中に。
きっとメイドである自分が恐れ多いなんてことを考えているのだろう。その考え方を否定するつもりはないのだけど、もう少し気さくになってくれたら嬉しいな。
……っと。揺れるけしからんものを見ないようにしながら、奥へ奥へと進んでいたら腰あたりまでの深さになった。
ばっしゃばっしゃアルルと水をかけあっていたら、バルトロたちもやってきて彼も参戦する。
ガルーガとエリーは俺たちの様子を見守っていた。大人な二人である。
でも、二人の顔が時折緩んでいたことを俺は見逃してなんかいないのだ。
子供っぽい俺たちに癒されるがよい……いや、アルルはともかく俺とバルトロじゃあな……。
水を両手ですくったバルトロへ目を向けると、彼はニヤリと笑みを浮かべ水を思いっきり弾く。
「うわっぷ」
ちょ。素手でやる水の勢いじゃねえよ!
プールにあるような大型の水鉄砲の水流を喰らったかのような威力だ。
よろよろと足元がおぼつかなくなってしまい、二歩ほどよろめきながら後ずさってしまう。
「ヨシュア様!」
「エ、エリー」
倒れてしまったところを後ろからエリーが支えてくれた。
それはよいのだが……俺が倒れないように、彼女は両手を前にやり俺の肩を包み込むようにして受け止めたんだ!
そうなると、ほら。
なんだかこう、バルトロがいい笑顔をしているし。俺とエリーの位置を見てワザとやりやがったな。
ぐっと親指を突き出しているし だけど彼の目線は俺に向いていない。
エリーの方になのかな。
そ、それにしてもエリー、ちょっと力が入り過ぎじゃあないだろうか。
分かっている、分かっているさ。恥ずかしいことは。そらそうだよね。俺の後頭部が完全にうまっているのだもの。
「ご、ごめん、エリー。もう大丈夫だから」
「……! す、すいません。つ、つい」
力が抜けたのはいいが、急すぎだあああ。
彼女から抜け出そうと前に力を入れていたから、反対方向によろめいてしまったじゃないか。
ぼふん。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですか?」
今度はガルーガの逞しい腹へ突っ込んでしまった。
モフモフして気持ちいい……。
「うん。思ったよりゴワゴワしているんだな」
「若干の刃物耐性もありますんで」
しまった。つい、自分の感想を口にしてしまった。
それでも彼は気にした様子もなく、白い牙を見せ朗らかに笑う。
ようやく体勢を立て直した俺はほっと胸を撫でおろす。
ところがそこへ、アルルが両手を思いっきり開いてお願いしてきた。
「おもしろそう! ねね、ヨシュア様。アルルもやりたい!」
「ん、何をやりたいんだろ……遊んでいたわけじゃあないんだけど……」
「ヨシュア様を抱っこ?」
「えっと……ま、まあいいか。やりたいなら」
「うん!」
にじりよってきたアルルが右手を水の中に突っ込み、俺の膝裏へ当てる。
え。ちょっと。
「アルル。これはちょっと恥ずかしい……」
「エリーも。ヨシュア様に」
何を思ったのかアルルが俺を姫抱きしてしまった。こんな小柄な体のどこに力があるのか不思議だ。
ペンギンを持ち上げることさえひいひい言う俺とは大違いだよ。
いや、でも、アルルくらいなら俺でも姫抱きできる。
……できるんだからな。
「こら! アルル! あ、あれはですね。ヨシュア様が濡れてしまわないように、です。決してやましい気持ちでやったわけじゃあないんです!」
「やましい?」
エリーの突っ込みに対し、コテンと首をかしげるアルルが彼女に聞き返す。
対するエリーは顔をそむけ、赤面し黙ってしまった。
「ははは! エリーはほんとおもしれえな!」
「もう! バルトロさん!」
腹を抱えて笑うバルトロをキッと睨みつけるエリーなのであった。
◇◇◇
「なんて感じで遊んでいたら、ついつい長くなってしまってさ」
『たまには息抜きも必要だと思うぞ。ヨシュアくん』
ペンギンの両フリッパーを掴み、彼に事の顛末を伝えている。
一方でペンギンはバタバタと足を動かしバタ足をしていた。
風呂で。
あの後、結構長い時間遊んだ俺たちは着替えて屋敷に戻る。
そして、ペンギンと一緒に風呂に入っているのが今というわけだ。
湯船に座り、湯の気持ちよさに長い息をはきつつ、ペンギンのバタ足を眺める。
これはこれで、なかなかよいものだ。
ゆったりとした時間が流れ……ていかねえええ!
右へ左へ動き回る水着姿の狐耳が目について落ち着けない。
「こらああ! もうちょっと静かに!」
「宗次郎と同じことをしているだけじゃろ」
風呂で泳ぐんじゃねえ! この野生児がああ!
ペンギンのように優雅にバタ足をするなら癒されるが、こう騒がしかったら落ち着くものも落ち着かないだろうに。
「もう十分遊んだだろ? そろそろ出たらどうだ?」
「嫌じゃああ。ボクに隠れて水遊びしおってからに」
「セコイアは風車のお手伝いだったじゃないか」
「済んだことはもう良いのじゃ。ボクは今から堪能する」
「風呂は遊ぶとこじゃあないんだが……もういいや、俺が出るわ」
「待つのじゃああ!」
そうなんだ。
長く水遊びをした結果、鍛冶屋に戻ってきたセコイアに現場を見られてしまった。
その結果、彼女も遊びたいと言い出して……仕方ないから風呂へ連れてきたというわけなのだよ。
水遊びと同じだから水着を装着させてね。
俺? 俺はほら風呂にゆっくりと浸かりたいからタオル一枚で入っている。
迫りくるセコイアに向け、ペンギンの足でけん制しその隙に湯船からあがった。
「もうしばらくペンギンさんと遊んでから出たらいいさ」
「ま、まあよいじゃろ。宗次郎。競争するぞ」
『水の中ならば、私も中々のものなのだよ』
まんざらでもないペンギンとセコイアの競争が開始される。
よしよし、じゃあ俺は風呂上りの牛乳を楽しむことにしようか。
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