第106話 静まれ俺の右手
時が過ぎるのは早いもので、水路の完成から二週間が過ぎてしまった。
夏の暑さも陰りを見せ始め、そろそろ初の収穫期を迎えようとしている。
といっても日中はまだまだ暑く、水浴び日和であることに変わりはない。
そうそう、トーレとガラムが本格参戦した風車作りは、一気に進んだんだぜ。しかも、風車そのものだけじゃなく、中に設置した発電設備もあっという間に完成してしまった。
本日は最終確認を行い、明朝、風車の稼働を行うことに決まる。だけど、ルドン高原という立地がら、領民には自粛を求め関係者だけのお試し会になる予定だ。
そんなわけで、後は任せろと風車から追い出された俺は、ぽっかりと予定が開いてしまった。それじゃあとばかりに、領民のみなさんが汗水流して働く中、ルビコン川のほとりに来たのだ。
メンバーはペンギン、セコイアが最終チェックに参加しているしで、護衛役のアルルと俺しかいない。
そんな折、ちょうどいい具合に水道橋を越え崖の方を探索に向かおうとしていたバルトロとガルーガに遭遇したのだ。
さらに、お昼を持ってきてくれたエリーとも合流。
わいわいモードになった俺たちは、とりあえず人数が増えて足りない食材は魚と自生しているパパイヤで補い食事を楽しむ。
これがさ、川辺でのバーベキューみたいになって、大満足だった。
「よおし、あ、片付けを手伝うよ」
「いえ、ヨシュア様はお座りになっていて下さい」
「エリー。俺とガルーガでやっとくぜ。女子は準備に時間がかかるだろ」
「え、えっと……?」
戸惑うエリーにバルトロが何やら耳打ちする。すると彼女は小さく首を振るものの、アルルの腕をギュッと掴み……あ、痛そう。大丈夫かな、アルル。
エリーの歩き方を見るにきっとご機嫌なのだろうなと思う。アルルはアルルで腕をふーふーしながらではあるが、耳をぴょこぴょこさせている。
「ヨシュア様に片付けなんてさせるわけにゃあいかねえ。鍛冶屋に持ってきたものをおいているから、見てみてくれよ」
「ん? そういや途中でガルーガが一旦街へとか言ってたよな」
「そそ。街の縫製職人に頼んでな。なかなかな一品にできあがったんだぜ。俺たちも後で行くから」
「分かった。バルトロ、ガルーガ、ここは頼んだ」
「おうよ」
バルトロが自分の二の腕をポンと叩き「任せろ」と態度で示す。
一方のガルーガは深々と礼を行った。そんなに固くならなくていいのに、なんて思いつつも指定された鍛冶屋に向かう。
◇◇◇
鍛冶屋である。入り口の扉の前まできたところで、中からこちらに向けたアルルの声が。
「この足音はヨシュア様!」
「え、ええ! ヨシュア様が!」
「開けるよー」
「え、ええ。ま、待って。い、嫌じゃあないんです。で、ですが私にも心の準備というものが」
ガタガタと奥から何かをひっくり返した物凄い音がしたけど、大丈夫かな……。
うーんと首を捻ったところで、ガチャリと扉が開く。
「え……」
「ヨシュア様!」
満面の笑顔を浮かべて扉が開いたまではよかった。
だ、だが……。
「と、扉閉めて。待ってるから」
「ん?」
ん? って可愛らしく首を傾げられてもこっちが困ってしまうってば。
アルルがすぐに動いてくれなさそうなので、彼女を押し込むように扉を閉める。
アルルだけじゃあなく、奥で背を向けたエリーの姿も見えたぞ……。完全に肌色の。
それにしても、猫族ってさ耳も尻尾もふさふさしているから、いけないところの周囲全部が尻尾みたいな毛で覆われていると思っていた。
だが……。
待て待て。俺は何を考えているんだ。
「静まれ俺の右手!」
ガチャリ。
頭を抱え邪念を捨てるべくガンガン壁に頭をぶつけようとしたところで、再び扉が開く。
「じゃーん!」
「お、おお! そういうことだったのか」
扉から手を離し、万歳のポーズをしたアルルが俺を見上げてくる。
なるほど、さっきすっぽんぽんだったのは水着に着替えていたからか。
彼女が着ていたのは、肩ひもがないタイプのビキニだった。尻尾と同じトラ柄だったけど、色が白と黒になっている。
水着は少しばかり高価ではあるけれど、珍しいものじゃあない。公国では、という但し書きがつくけどね。
確かある種のガラス質のカイメンを使って紐にして編むのだったっけか。
誰かが水着そのものかカイメンの糸を持ち込んでいたのかな?
「触ってみますか?」
まじまじと材質を見ていることに気が付かれてしまったか。
アルルが膨らんでいない自分の胸に右手を当て、左手を俺の手に伸ばそうとする。
「あ、いや。この分だと俺の分もあるみたいだから、自分の水着に触れて確かめてみる」
「はい!」
「エリーも着替え終わったかな?」
「うん!」
カムカムと手招きするアルルについて鍛冶屋の中に入る。
おや、さっきまで奥にいたのだけど、姿が見えないな。
んーと左右を見渡すとすぐに察した。
右手にある小部屋の中で着替えているんだな、たぶん。ここはちゃんと仕切りがあって部屋扉もあるから、ここからだと中の様子を窺い知ることはできない。
最初から小部屋にいてくれたら、事件も起きなかったのに……。
「俺の水着はっと。お、これか。ひょっとしたらバルトロのかもだけど」
「どれでもいいって! ガルーガさんのは大きいから」
「だな。バルトロも俺よりはサイズが大きいので、一番小さいのにしておくか」
テーブルの上に男性用水着が都合三着置いてある。
カーキ色のハーフパンツが俺のものだろうたぶん。デザインは縦に一本入った白のストライプだけととてもシンプルなものだった。
うんうん。これくらいがよいんだよ。金ぴかとかじゃあなくてよかった。
むんずと水着を掴み、さわさわしてみる。
この感触は、日本で着ていた水着とそっくりだな。カイメンとも少し違うようだ。一体何を使ったんだろ。
試しに植物鑑定スキルを使ってみたけど、反応しない。
となれば、少なくとも植物繊維じゃあないってことか。
「ヨ、ヨシュア様……」
その時、扉の向こうからエリーのくぐもった声が聞こえた。
どうしたんだろう、涙声なんだけど。
「水着のサイズが合わなかったのかな? 無理して着なくても」
扉越しにそう言うと、ガチャリと扉が開く。
「む、胸だけを覆う水着は着た事がなく……私なんかが着ても……」
もじもじとしたように太ももの辺りで両手を組むエリーが、顔を逸らし真っ赤になって恥ずかしそうにそんなことを言った。
彼女は肩紐があるタイプのビキニで、薄い青色に花柄が浮き上がるようになったデザインだった。上品で彼女によく似合っていると思う。
「い、いや、そんなことはないけど……。気になるようだったら、上にカーディガンかタオルを羽織るといいよ」
見上げて来られると、ちょっと、いろんな意味でやばい。
エリーのある部分を見ないように彼女から顔をそむける俺。
「や、やはり……」
「い、いやいや。そのままでも可愛いって! ただ、エリーが気にするなら羽織ったらッてだけで」
「そ、そうですか! でしたらこのままにします!」
ぱああっと頬を上気させたエリーが上機嫌でいつものように頭を下げた。
……目に毒だ……。
さ、さあ。俺は着替えるとしようか。
脱ぎ脱ぎしようとしたら、エリーから悲鳴があがった。
し、しまった。二人がいたんだったよ。
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