第93話 カボチャ

 ゴロンゴロンとキッチンのシンクにカボチャを転がす。

 さて、どうしたものか。

 エリーを呼んでいるが、お部屋のお掃除で少し遅れてくることになっている。

 この場にいるのは俺とアルルのみ。


「まずは洗うか」

「はい!」


 公国から持ってきた遠く都市国家連合はジルコンで作成されたスポンジを手に取り、カボチャへ向ける。

 ジルコンは世界最大の港街で、近海でとれたカイメンを乾燥させこのスポンジが作られているのだ。

 こいつは体を洗う用のスポンジに比べて品質が悪くゴワゴワしているのだけど、洗い物をするにはこっちの方が都合がいい。

 売り物としても、キッチン用と体洗い用で別物として売られている。

 

 構えた俺を見たアルルがささっと蛇口をひねった。

 じゃーっと勢いよく水が流れ、スポンジでこすることによってカボチャの細かな汚れが取れていく。

 まあ、ここまでは誰にだってできるわな。うん。

 

 さて、お次はどうする?

 アルルをしかと見つめるが、彼女もまた俺をじっと見つめたまま何ら反応を返さずにいる。

 見つめ合っていても何も進まねえ。

 

 ガタン――。

 その時、何かを落とす音が響き渡る。

 

「お、エリー」


 珍しいな。エリーがお盆を落とすなんて。

 でも、丁度いいところに来てくれた。

 

「お。お、お邪魔でしたか? わ、私」

「いや、待っていたんだよ。こう二人だとどうにもこうにもな」

 

 いやんとばかりに顔を背け、頬を赤らめるエリー。

 なるほど、これはお盆を落とすわけだ。顔と一緒に手まで動いているからさ。

 彼女が落としたお盆を拾おうとしたら、先んじてアルルが拾い上げてくれる。


「エリー?」


 下から見上げアルルが問いかけるようにエリーの名を呼ぶ。

 

「アルル、さっきまで一体何を?」


 アルルの横で中腰になったエリーが彼女に何やら尋ねている。

 

「洗ってた?」

「洗ってた?」

「カボチャ」

「カボチャ……」

「うん」

「そ、そうだったの。私ったら何を考えて」

「何を考えてたの?」

「な、何でもないから! アルルは気にしないで!」

「うん」


 何だか盛り上がっているなあ。

 仲が良いのはいいことだ、うん。公都レーベンストックに彼女らの友人もいたことだろう。

 それを俺が辺境に行くというからついてきてもらったので、彼女らは友人と会う機会を失ってしまったんだ。

 二人だけになってしまって申し訳ない気持ちがあるけど、それでも仲良くやっている姿を見られると嬉しい。

 

「し、失礼いたしました。ヨシュア様!」


 はっとなったエリーが立ち上がって、深々と頭を下げる。

 つられてアルルも同じようにぺこっとした。

 

「いや、俺のことは気にせず、喋っていてくれていいんだよ。まだまだカボチャはあるし、手持ち無沙汰にはならないさ」

「いえ、そのようなことは」

「二人がきゃっきゃしている姿を見るだけで癒されるし。謝るようなことじゃあないさ。それに、もう業務外だろ。俺が誘っちゃったわけだから」

「何をおっしゃいますか。ヨシュア様のお力となれることこそ、私たちの喜びでございます」

「だああ。硬い硬い。せっかくの息抜きタイムがそれじゃあ疲れるだろ。もっと楽に。アルルとしばらく遊んでいてくれてもいいよ」

「ヨシュア様が見たい、のでしょうか」


 神妙な顔でエリーがそんなことをのたまってくるが、目が真剣過ぎてどう応えていいものか悩む。

 エリーもアルルみたいに抜くところは抜いて、入れるところは入れるようにできればいいんだがなあ。ルンベルクも硬いが、エリーほどじゃあないんじゃないかと最近思っている。昔は逆に考えていたんだけどね。

 

 って、何を思ったのかエリーがアルルをぎゅーっと抱きしめたではないか。

 

「エリー?」

「きゃっきゃとはどうすれば……抱きしめればよいのでしょうか」

「たぶん、違うよ。エリー。だって、少し痛い」


 うわあ。ギリギリいっておるなあ。

 アルルの華奢な体が折れないか冷や冷やする。

 あれが俺だったら、ポキンと逝っているかもしれん……。恐るべしエリーの馬鹿力である。

 だって、俺を抱えてルビコン川をぴょーんと飛び越えるくらいなんだものな。本気になれば、俺の腕など片手で握りつぶせそう。

 

 ささあと血の気が引き、こうしちゃおれん、エリーを止めねばと口を開きかけた時、テーブルの拭き掃除を終えた執事のルンベルクが顔を出す。

 

「お邪魔でしたか?」

「いや。まだカボチャを洗い始めたばかりで。二人は何というか、仲睦まじいところの最中?」

「エリー。痛いー」


 あ、しまった。

 下手に弄ってしまったので、恥ずかしがったエリーの腕に力が籠ってしまったのか。

 アルルの悲鳴が痛々しい……。

 

「エリー、アルル。そろそろはじめよう。さ、離れて離れて」


 どうどうと手を広げるジェスチャーをすると、真っ赤になったエリーがそっとアルルから体を離す。

 対するアルルはペタンとなった猫耳を元に戻し、小さく息を吐いていた。お疲れ、アルル。

 

 この微妙な空気を何とかする手段を俺は心得ている。

 ふ、ふふふ。

 

「ルンベルク」

「はい。ここに」


 できる執事のルンベルクがただ何も策がなく、単に俺たちのカボチャ料理の様子を見に来ただけなんてことはないはずだ。

 困った時のルンベルク。こいつは中々に的を射ているのだ。


「ルンベルクもカボチャ料理を一緒に?」

「いえ、及ばずながらですが、一つお試しいただきたいものがございまして、勝手ながらこちらに参ったわけでございます」

「へえ。どんなものなの?」

「こちらでございます」


 ルンベルクが丸めて口を縛った白い布をキッチン台に置き、ささっと縛りをほどく。

 中には真っ白の真珠のようなつぶつぶが沢山入っていた。

 何だろうこれ。

 指先で一粒挟むものの、よく分からない。

 あ、こんな時は植物鑑定だ。

 

「なるほど。こいつはタピオカパールか。キャッサバを加工したんだな」

「さすがヨシュア様。何でもお見通しでございますね。浅はかながら、甘いフルーツのような野菜とお聞きし、これが合うのではないかと愚考した次第です」

「タピオカは前々からあればいいなって思っていたんだよ。紅茶と牛乳もあるから、これでタピオカミルクティーも作っちゃおう。カボチャの調理の方向も決まったな」

「菓子類にされるのでしょうか?」

「うん。どんなものができるだろう。みんなで考えてみよう。タピオカにはこだわらずとも、タピオカはドリンクに使えるからね」

「承知いたしました」


 そんなこんなで、ようやくカボチャの調理に取り掛かる俺たちであった。

 お料理が得意ではないと思っていたアルルも、包丁を持たせたらうまいのなんのって。

 彼女は指示されたことなら、そつなくこなすようで、自分で考えて何かをすることを苦手としていることが分かった。

 技術はあるけど、アイデアや手順を知らないという意味でアルルは料理が得意ではないと表現していたんだな。

 エリーは手慣れたもので、頭の中にいくつものレシピが刻み込まれているようでそれを元に自分でアイデアを出すことができる様子。

 とても頼りになる。今回もお菓子でとなったら、パイにしようやそれともペースト状にして……なんて調理方法がすぐに出てきた。

 一番意外だったのはルンベルクで。群を抜いて料理に対する造詣が深いことが分かった。

 タピオカのアイデアも彼が思いつき、実行したことみたいだし。うちの執事はとんでもねえぞ。

 

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