第87話 完璧ですぞ。ふぉふぉふぉ

 住宅建築がひと段落したら、休む暇もなく大土木工事週間に突入したぞ。えへ。

 なんて変なテンションになってしまうほど、みんな働き者である。

 インフラの整備は急務であることは確か。だけど、倒れるほどに労働して、本当に過労になってしまったら元も子もない。

 なので、必ず休むように指示を出すためしっかりと監視しているってわけだ。いや、一日中工事現場にいるわけじゃないんだけどね。

 たった三日だというのになかなかの進捗だと思う。


 この世界には土木車両も電動式道具もないが、魔法がある。

 手作業とは思えぬほどの速度で橋桁が完成してしまった!

 コンクリートの外側を赤煉瓦で化粧した橋桁はもうそれだけで立派な建造物だ。

 この橋桁の中に中空になっているものがある。


 この橋桁からサイフォン式で水を吸い上げ、橋の中を通り水路へ水を供給する計画だ。

 古代ローマの水道橋を参考にしたのだが、うまくいくか不安はある。模型上は一応機構が動いたのだけど。

 そうそう、橋桁を繋ぐのはローマ式のアーチにする予定である。

 同じような形式を取った方がうまくいくとの安易な考えからだ。


 しかしほんと見るみるうちに作られていくよな。いま作っているのはサイフォンメンテ用の穴だろうか。

 水道橋の建設と並行して広場側から水路の工事も進んでいる。街中の水路は地下に作っているんだ。

 これには三つの理由がある。一つは地上部に道や建築物があり、密集してくると水路が邪魔になってくる可能性があること。

 二つ目は水路を地上に出していると増水したりの災害面。三つ目は水から蚊などの虫が発生したりと衛生面から。

 地下に水路を作ることは手間だけど、手間をかけた分は報われる。将来的なことを考え、地下を採用したのだ。

 

 ルビコン川のほとりでアルルと一緒に橋桁の様子を眺めていたら、意気揚々と肩に大きな木槌を引っ掛けたトーレがやってくる。


「模型通りに進んでおりますぞ」

「精微な模型だったけど、実際にやるのとなるとかなりの技術が求められる。難工事になるけど引き続き頼む」

「何をおっしゃいますか! 切り立った崖に橋を通すわけでもないのです。必ずやこの水道橋から中央広場まで水を届けてみせますぞ」

「トーレが設計したんだ。ちゃんと水を運んでくれるさ。完成後、どうやって整備していくのかは考えなきゃだな」

「最初は持ち回りで整備をすればよいのでは。サイフォンだけでなく、数十年後には橋そのもの、水路そのものの整備も必要になってきますな」

「だなあ。そのころにはもっと人が増えているだろうし」

「ですな。今もヨシュア坊ちゃんを頼り、続々と人が増えておりますからな」

「そ、そうね」


 シャルロッテから今朝報告を受けた人数は1400人と少し。

 この分だと二ヶ月後、いや一ヶ月後には2000人を超えるかもしれない。

 街の計画時に数万人の人でも大丈夫なインフラ整備をしておいてよかったよ。

 現在の人口から鑑みると過剰過ぎるインフラだけど、これだけ本格的な水路と水道橋を作っておけば今後増築をする必要もない。

 最低限のインフラが整ったら、次は生活を便利にする設備を作っていきたいな……。

 やることはまだまだある。乗り物の開発なんてこともやってみたいし、畜産、農業もまだ始まったばかり、商店街に至っては始まってさえいない。

 ダメだ。考えると有り余る残タスクに押しつぶされそうになる。

 ある程度の計画性は必要だけど、あれもこれもと欲張ってはいけない。ぬるぬるじっとりと行こうではないか。

 

「では、ヨシュア坊ちゃん、某は現場に戻りますぞ」

「みんなちゃんと休憩を挟むよう頼むぞ」

「そこはヨシュア坊ちゃんの名を使わせて頂きましたので、完璧です。ふぉふぉふぉ」


 手を振り合い、川岸に向かうトーレの後ろ姿を見送る。

 その時、ひゅーっと強い風が吹き抜けずっとアルルを放置したままにしていたことを思い出す。

 ちらりと彼女の方へ目を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべ会釈した。

 初日から護衛の必要性をルンベルクから説かれて以来、セコイアがべったりの時を除きずっとアルルかエリーについてもらっている。

 移動が多い時だとまだいいとして、今日みたいにぼーっと工事現場を眺めているだけなんてなると暇を持て余すだろうに。

 何をするわけでもなく、付き従うだけのお仕事は楽だなんて俺は思わない。

 上司と一緒で息が詰まりそうになりながら、仕事を与えられないってのは俺だったら結構くるものがあるからな……。

 護衛の任務を解くというのも一つの手なのだけど、ハウスキーパーたちに要らぬ心配をかけてしまうのも気が引ける。

 じゃあ、ガルーガみたいな屈強な人を護衛につけるという手段もあるけど、これもまた微妙だ。

 アルルやエリーがガルーガに変わったところで、今度は彼が同じ思いをしてしまう。

 

「アルル」

「はい!」


 風によってスカートがヒラヒラしているが、アルルは手で抑えるでもなくニコニコ元気よく返事する。


「俺がずっと工事現場を見ることに集中してて手持無沙汰だっただろ」

「いえ。ヨシュア様と。丘と。橋と。動く葦の穂を。見ていました!」

「葦の穂で遊んで待っててと言えばよかったな」

「アルル。もう子供じゃないです! だから、大丈夫です!」

「そ、そか。じゃあ、鍛冶屋に寄ってからあの丘の向こうまで散歩してみるか」

「はい!」

 

 耳をピコピコ動かし喜びを露わにするアルル。

 丘の向こうはまだ未探索エリアだし、行く価値は十分にある。

 あの丘はガラス砂が採掘できるから、欲しい鉱物も発見できるかもしれないし。

 なんてことは表面上の言い訳に過ぎない。本心はずっと献身的に付き添ってくれているアルルにたまには楽しんでもらいたいってところだ。

 ついでに俺の気分転換にもなるしさ。

 明日はエリーともどこか散歩に出かけよう。西か東かなあ。硝石がとれる崖辺りでもいいけど。

 

 ◇◇◇

 

 建築現場は領民の働きぶりに圧倒されるが、鍛冶屋の方は様相がまるで異なる。

 どちらも驚くという感情は同じなのだけど、こちらは実験結果にワクワクすると言えばいいのだろうか。

 この小さな鍛冶屋の中で、今だかつてない事象が起こっているなど誰が想像しようか。

 魔法と科学の融合、そして新たな技術の開発には胸が躍る。

 ペンギンほどじゃあないけど、俺だって電気が魔石になるところを見せられたら心惹かれるってもんだ。

 

 これまでの実験結果から、電気をマナに変換し、マナで満たした容器の中に鉱物を入れておくとマナを含有した魔法鉱石になることが分かった。

 ざっとまとめるとこんな感じになる。


『そこら辺の石:魔石

 ガラス砂:高品質な魔石(通常の魔石の三倍のマナを含む)

 水晶:超高品質な魔石(通常の魔石の二十倍のマナを含む)

 石炭:燃焼石

 硝石:火薬石

 銅:オレンジカッパー

 鉄:ブルーメタル

 銀:ミスリル

 金:オリハルコン

 白金:アダマンタイト

 青銅:ダマスカス鋼

 アルミニウム:ホワイトメタル』

 

 他にも鉛とかスズといった金属もあるから、その辺も今後試していきたい。

 だけど、それぞれの魔法金属の特性を科学的に調査していかないと、使い勝手が分からないんだよねえ。

 ミスリルやブルーメタルはよく知られた魔法金属だから、ある程度の特性は分かっているけど……。

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