第77話 献上

 たっぷりのカンパーランドシロップを樽二つ分平らげた雷獣は背中をビリビリと青白く帯電させ、ぐるりと首を回す。

 満足していただけたのだろうか? 

 うひゃああ。ギロリとこっちを見たよ! 眼光だけで体の芯が冷える。

 俺でさえ、この猛獣のやばさを感じるのだから、雷獣はやっぱり相当やべえモンスターなんだな。


「ヨシュア様。心配しなくていいぜ。敵意はまるで感じない。さっきも、ヨシュア様を見ただろ?」

「睨んでいたけど」

「目つきが悪いだけだ。ガルーガみたいにな。ははは」


 いやいや、笑い事じゃあないって。

 セコイアから草食? いや、草食寄りの雑食? で大人しい魔獣だと聞いているけど、とてもそうは思えん。

 だって、口を開いたら牙がずらああっと並んでいるんだぞ。

 

「ヨシュア殿。もう安心してもいい。雷獣が現れた時のような緊張感はもうない」

「そ、そうなのか」


 今度はガルーガが問題ないと俺に告げる。

 逆立っていた彼の毛が元に戻っていることから、彼の言う事は嘘ではないのだろう。

 俺の方へ体ごと向けた彼は丸太のような腕で前を指し示す。

 その先にはいつの間にか雷獣の顔の前までにじりよったセコイアの姿が。

 

 彼女はすっと雷獣の首元に手を伸ばす。

 なんと雷獣は彼女の手が届きやすいように前脚を屈め、首を少しだけ上にあげたではないか。

 喉元というのは多くの生物にとって弱点である。

 重要で脆い機関を自ら晒すことは、信頼の証と言い換えてもいい。

 

 セコイアはふさふさの雷獣の毛に手をうずめ、反対側の腕も伸ばし雷獣の首に抱き着く。

 雷獣は嫌がりもせず、彼女にされるままになっていた。

 

「よい毛並みをしておる。ヨシュアがついつい落ちた毛を拾いたくなったのも頷けるのお」


 雷獣の首から体を離したセコイアが失礼なことをのたまいやがった。


「いやいや、待て。誤解されるような言い方はよせ」


 すかさずセコイアに突っ込みを入れたが、彼女は涼しい顔で俺の言葉をスルーする。


「見ての通り、雷獣はボクらを受け入れた。まあ、樽が無くなるまでの約束じゃがな」

「それだけの樽があれば数日は協力してくれるってことだな」

「そうじゃの。さっそく、鍛冶屋のほとりまで戻るとするかの。ヨシュアも触れてよいぞ」

「い、いや、それは……またの機会にな」


 足首のところと背中がよく帯電しているから、感電しそうだし……。

 触れるのはセコイアに任せよう。

 いずれにしろ雷獣のことはセコイア全面監修になるからさ。

 

 ◇◇◇

 

『おおおお。これは非常に興味深い。あの青白い光は帯電しているのかね?』


 予想通りペンギンが大興奮し、フリッパーを振り上げてあらぶっている。

 あの後すぐに雷獣を連れて鍛冶屋の裏手辺りに戻ってきたんだ。

 すぐにエリーに抱えられたペンギンが鍛冶屋から出てきて今に至る。

 ちなみに、ペンギンはエリーから降りることさえ忘れているのか、彼女に抱きかかえられたまま嘴をぱくぱくしていた。

 見た目は非常に間抜けだが、彼の聡明な頭脳はフル回転していることだろう。

 

「セコイア。毛束を少し頂いてよいか聞いてもらえるか?」

「尻尾辺りならいいぞと言っておる」

「了解。では失礼して、あ、セコイア、頼む」

「やれやれじゃな」


 ビビッて近寄らない俺の代わりに物凄く嫌そうな顔をしたセコイアが指先をシュッとやり雷獣の尻尾の先にある毛を刈る。


『ほう、それは?』

『電球のフィラメントに使ったところ、長時間の使用に足ることが分かったんだ』

『タングステンの代わりとなる素材を発見したのかね。ヨシュアくん、君の発想は素晴らしい!』

『たまたま当たっただけだよ。ほら、これだけ電気を帯びていて光っているならと思ってさ』

『雷獣の毛はタングステンとはまるで異なる素材だ。加工もしやすいだろう。性質を研究するまで何とも言えないが、他にも応用できそうだね』

『だよな! だけど、それは後回しだ』

『うむ。セコイアくん頼みになるが』


 余りにフリッパーをパタパタするから気を利かしたエリーがペンギンを地面に降ろしてくれた。

 そのまま抱きかかえていた方がいいと思うんだよな、俺。

 ほら、吸い込まれるように雷獣によちよちと進み始めてしまった。

 雷獣に触れることは高圧電線に触れるようなもんだぞ。危ないってば。

 

「エリー。ペンギンさんをいいと言うまで抱っこしておいてもらえるか?」

「畏まりました。では、失礼して」


 フラフラと進むペンギンの後ろから手を伸ばしたエリーが再びペンギンを抱え上げる。

 抗議するように足をフリフリしていたペンギンだったが、ようやく自らの興味と危険性を天秤にかけることができたのか足の動きが止まった。

 

『すまない。つい、興奮してしまってね』

『いや、雷獣に気軽に触れることができるのはセコイアくらいだよ』

『そうだね。どれだけの電気が流れているのか。絶縁体があったとしても、燃え落ちてしまいそうだ』

『え?』

『まさか、スツーカの樹液やらゴム素材やらがあれば平気とは君も思っていまい」

「は、はは。もちろんだよ』


 や、やべえ。

 絶縁体があれば大丈夫なんて思っていた自分を殴り飛ばしたい。

 幸い、雷獣から何かされることがなかったから良かったものの……。

 

 おっと、ペンギンとあーだこーだ言っている場合じゃあない。せっかく雷獣が協力してくれる貴重な時間なのだ。

 肝心のセコイアはセコイアで雷獣と戯れている……あれ、いない。

 

「ここじゃ」

「うわあ」


 どこにいったとキョロキョロしたところで、いきなり上からにゅーんとセコイアの顔が伸びてきた。

 鼻がくっつきそうな距離で。

 どうやってんだろ? と思ったら空中に浮いている。

 それも頭を下にして。

 スカートくらい自分で抑えたらどうなんだ……エリーがしかと落ちて来ないように支えてくれているからいいものの。


「座るがよい」

「お、おう」


 あぐらをかくと、その上にすとんとセコイアが収まった。

 彼女はペンギンを手招きして、座って背を丸めたペンギンのフリッパーを掴む。


「触れていないと『見えない』のか?」

「うむ。視覚共有は中々に複雑での。触れているのが一番やりやすい」

「分かった。頼む」


 俺の膝の上で目をつぶったセコイアが集中状態に入ると、俺とペンギンを含む地面に淡い光で描かれた魔法陣が浮かび上がってくる。

 すぐに魔法陣が消失したが、俺の体に何ら変化はない。

 

「これで『見える』のか?」

 

 俺の問いかけにセコイアはんーと顎をあげ、何かを思いついたかのように横で立ったままのエリーへ目を向ける。


「うむ。目を凝らし、そうじゃの、エリー」

「はい」

「ヨシュアの横にしゃがんでくれるかの」

「畏まりました」


 エリーが俺の右隣りにしゃがみ込む。

 ええと、見れば分かるのかな。

 じーっと彼女の顔を見つめるが、何も分からない。

 集中しろ。必ず「見える」はず。

 あ、顔を逸らされてしまった。

 

「見つめ合えとは言っておらん。エリーの胸の辺りを見てみよ」

「おう」


 さすがに胸を凝視するのはまずくないか……。

 しかし、セコイアがただセクハラするためだけに、見ろとは言わないはず。

 お、おおお。

 彼女の胸から腕へとぼんやりとしたオーラとでも言えばいいのか、謎のもやもやが動くのが見える。


「見えたか? それが魔力(マナ)の動きじゃ」

「おお。心臓からマナが巡るのかな?」

「そうじゃの。丹田か心臓か、人によって異なるが、体の中心を見ると分かりやすいのじゃ」


 セコイアにかけてもらった魔法は「魔力を見る目」を一時的に共有するものだ。

 これで雷獣の魔力の動きを見て、どうやって帯電するのか観察できないかなと思って。

 詳しい解析はセコイアに任せるとして、俺とペンギンはセコイアと別の視点で考察できるかもしれないと彼女に頼んだんだ。

 え? もちろん、「魔力を見る目」の事なんて知らなかった。彼女に相談したところ、そんな魔法があるからって教えてくれたってわけ。

 

「それじゃあ、観察を開始するとしますか」

「うむ」


 セコイアがぴゅーっと口笛を吹くと、雷獣がゆっくりとした足取りでこちらにやってきて、三メートルくらい離れたところで伏せの体勢になった。

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