第64話 ぺんたん大興奮な件

 よちよちと戻ってきたペンギンだったが、フリッパーだと人間の腕と違って短いからかソーダ灰を入れた大瓶を落っことしそうな感じで危なっかしい。

 フリッパーがぷるぷる震えている様子に居ても立っても居られなくなった俺は、彼に駆け寄り大瓶を自分の手で支える。

 

『重くはないさ。普通に持てる』

『いやでも、やっぱり指がないとなかなか大変だよな』

『そうだね。人間とはなんて便利な生き物なのだろうとこの体になって思ったよ。しかし、ペンギンにはペンギンの矜持ってものがあるのさ。フリッパーは泳ぐに実に良い』

『ペンギンは水の中にいてこそだものな』

『ははは。生物学的な問題など、些細なことだよ。私に代わって手先を動かしてくれる者がいる。君が準備してくれた環境は実に好ましい。彼ら職人には畏敬の念を抱いているよ』

『トーレたちは本当に器用だからな。何でも作っちゃうもの』

『そうだね。お湯はどうだい?』

『いま、ぐつぐつとしているところだよ。そろそろいけそうだ』


 とっとと湯を沸かしたかったので燃焼石を使っている。

 そのおかげか、土鍋に入った水はぐつぐつと泡を立てはじめていた。

 スツーカの枝を砕いて、ちぎった葉っぱも投入。そこにペンギンが持ってくきてくれたソーダ灰を加える。

 匙加減は分からないから、適当に投入した。

 一応、どれくらいの分量を使ったのか頭の中に刻み込む。

 

 書類仕事にも必要だけど、メモを取るにしたって紙は必要だ。

 生きるためにというわけじゃあないけど、紙が無ければ何をするのにもこの先辛くなる。

 統治機構が整うまでには紙の生産を軌道に乗せなきゃ。

 

 セコイアとネイサンは湯気を立てる土鍋を上から覗きこみ、固唾を飲んで見守ている。

 一方でペンギンは地面にあぐらをかく俺の隣に立って遠目から様子を窺っているといった感じだ。

 わくわくする子供を大人二人が見守るような気持ちになって、微笑ましさから口角があがる。

 

 なんだかこういうのも悪くない。

 待つのは嫌いじゃあないんだ。こうノンビリした気持ちを味わえるからさ。

 

「ヨシュア様! おさかなさん! いっぱい!」

「お、ありがとう。アルル。はやいな」


 弟子たちから借りた編み込まれ網のようになったカゴは伸縮性があり、漁業につかうビクのようだった。

 このカゴは葦の茎を使ったものらしい。ちゃっかり葦を使っているところなんて、たくましいなあと思う。

 街の人も葦で作ったラグやカゴを作っていると聞く。

 

 うんしょっとばかりにアルルは両手で抱えたビクを俺の前で降ろす。

 ビクを覗き込むと中で小魚がビチビチと跳ねていた。

 一匹の大きさはだいたい15-20センチほどで、数は優に20匹を超える。

 

「素手でとったのか?」

「うん! エリーほどじゃあないけど、アルルも。手でとれるんだよ」

「そかそか。すげえな二人とも」


 よっこらせっと立ち上がり、大きく息を吸い込む。

 

「みんなー。アルルが魚を獲ってきてくれたから、ご飯にしよう!」


 中にいるガラムとトーレだけでなく、川で作業をする弟子たちにも聞こえるよう精一杯声を張り上げた。

 魚を食べ終わる頃にはいい感じでスツーカの枝と葉も煮えているだろ。

 

 ◇◇◇

 

 遅すぎる昼食を終える頃には夕焼け空になっていた。

 そろそろ帰宅せねばならぬ時間だが、せっかくネイサンがいるのだ。

 

 火を止めた土鍋にはアクがたんまりと浮いていて、砂やら埃も多数混じっている。

 浄化の仕組みが分からんな。ここは使用者に聞いてみた方がいい。

 中腰になって、食べ終わったらすぐに土鍋を覗き始めた少年の肩へ手を乗せる。

 

「ネイサン。浄化って汚れた水を綺麗にするのだっけ」

「はい! 泥水に使うと、泥と水に分けることができます!」

「えっと、そうなると泥はどこにいくんだ?」

「浄化と念じて右手をかざすと、左手から泥が出てきます!」


 つまり、右手で対象に触れるか、手のひらをかざすと、左手から不純物が出て来るのか。

 不純物の指定はネイサンが行う? いや、泥っていうのは様々な物質が混じってんだぞ。一塊にして「不純物」とはできないに違いない。

 となれば、予想されるのは二つ。

 一つはネイサンが頭の中でイメージしたものに近い状態に「浄化」される。彼のイメージにとって邪魔になるものは左手から排出される。

 もう一つは特定の物質以外を弾いてしまう想定だ。

 この場合の泥水は、純水以外が全て排除される形になる。

 んー。後者の場合、細菌はどうなるんだとかいろいろ気になるよなあ。でもま、試してみないことには何ともいえん。

 

「ネイサン、土鍋に『浄化』を頼む」

「うん。えい」


 ネイサンが土鍋に右手をかざすと、地面に向けた左手からゴミやらが排出されていく。

 紙漉きを行う前工程でゴミやら余計なものを取り除く作業があった記憶だ。

 細かいところまで不純物を取り除くとなると、相当大変な作業になることは必至。そもそも、細かい目の布も準備できずせいぜいザル程度では不純物を取り除くのは時間をかけても不可能かもしれない。

 そこを、浄化のギフトで飛び越えるというわけだ。


「素晴らしい。これ、このまま紙漉きできるんじゃないか?」

「そうじゃの。明日試してみるか」


 セコイアと顔を見合わせ頷き合う。

 後は試してみないとこれ以上は何とも言えないか。

 見た所、ちゃんと繊維は土鍋の中に残っているけど、正直どの成分が取り除かれ、どの成分が残ったのかはとんと分からん。

 

「すごいぞ、ネイサン。君のギフトがあれば、紙漉きが一足飛びで実施できそうだぞ」

「僕も嬉しいです!」


 心の中で一抹の不安を抱えながらも、ネイサンのしてくれたことは大きい。

 なので俺は心から彼に賞賛の声を送ったのだ。


「明日は紙漉きをやってみよう。俺は参加できないかもしれないけど、セコイアに聞きながらやってみてくれ」

「はい!」


 満面の笑みで力強く返事をするネイサンに俺もセコイアもにこにこが収まらなかった。

 いやあいいね。少年のこの無邪気さって。(本日二回目)

 

 微笑ましい気持ちでいたら、興奮した様子のペンギンがフリッパーを振り上げパカンと嘴を開く。

 

『ふむ。こいつは実に実に興味深い』

『だろ? 浄化を使って精製が捗らないかな?』

『試してみるまで何とも言えないが、いくつかの物質は触媒なしでも抽出できるかもしれないね』

『だろ。一つ実験してみたいのが蒸留なんだよ。アルコール成分の高い酒を蒸留せずに浄化してみたらどうなるのか、とかね』

『面白い。実に面白いね。左手から排出される成分にこそ、精製に使えそうだね』

『確かに。含有量が少ない物質を「ゴミ」とするなら、排出される物質こそ欲しい物質か』


 ペンギンとセットでネイサンにも活躍してもらおう。

 紙の生産もうまくいったとしたら、彼のやることがものすごい増えるな……。

 本来やりたかった鍛冶仕事との兼ね合いもあるから、もし忙しくなってしまうようなら本人にちゃんとどうするか聞かないとだな。

 浄化だけの生活を無理強いはしたくない。

 彼には彼のやりたいことをやって欲しいのだから。

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