第47話 俺的無茶理論な件

 この後、トーレとガラムに電気めっき法の概要を伝えはしたが、電流の調整が難しいかもしれない。

 電気めっき法が地球で開発されたのは近世になってからだ。「はいそうですか」とうまく行くものではないと見ている。

 だけど、電気めっき法が実用化されれば様々な用途に使用できるだろう。

 将来的に楽しみな技術だ。

  

 実験もひと段落して、俺はセコイアと共に川岸で並んで座り昼食をとろうとしている。

 

「キミはめっき法が開発されたいと思っておるのかの?」

「もちろんだよ。錆や腐食に強くできるだろ?」

「そうじゃの。じゃが、実験がうまくいった暁には、めっきを試すわけじゃろ?」

「そうなるな。楽しみじゃないか」

「ほうほう。ボクも楽しみじゃよ。キミの像が金色になる日がのお」

「……し、しまった……」


 マジか、マジかああああ。

 まず最初にあの見たくもない石像を金メッキにするとか有り得なくないか?

 セコイアはさも嬉しそうにニヤニヤしているし。

 いくらなんでも、実用的でもなんでもない石像からなんてことはないよな、ないよね?

 

「めっき法は無しにしようか……」

「さきほど、便利になると言っておったろうに」


 呆れたように肩を竦めるセコイアだったが、俺は気が気じゃないぞ。

 光り輝く自分の像が街の一番目立つ位置に立っていることを想像してみて欲しい。


「それにの。ヨシュア」

「お、おう?」

「金箔なら魔法で作ることも可能なのじゃぞ?」

「そんな無駄な労力をわざわざ……」

「さあてのお。豊かになればそのうちあるんじゃないかの?」

「無いって! 俺が阻止してみせようではないか。ははは」

「『任せる』とか言って墓穴を掘るのがキミじゃろうて。あはははは」


 く、くうう。

 間違ってはいない。だってええ。自分一人で政務をこなすなんて不可能じゃないか。

 いちいち管理してらんないし、そんなことをしていたら手が回らず過労で倒れることが確実だから。

 この倒れるか倒れないかの瀬戸際でタップダンスを踊っている俺に、自分の像だけ気を回すなんて細やかな対応は無理である。

 

 ……。

 金ぴかにならないことを祈ろう。

 

 頭を抱えてのたうち回っていたら、セコイアが澄ました顔で「喰わぬのか」とサンドイッチの入ったカゴを俺に向けてくる。

 今日の昼食はキャッサバパンのサンドイッチか。

 肉と野菜が挟んであってとてもおいしそう。飲み物は紅茶。

 紅茶やコーヒーもいずれこの地で栽培したいところだなあ。だけど、全部が全部、輸入せずに手に入れることは不可能だな。

 いずれ、他国と貿易せねば立ち行かなくなる。

 カンパーランドには海がない。つまり、海を起因とする産物は手に入らないのだ。

 もちろん、海が無くとも代替品を用意することはできる。岩塩しかりソーダ灰しかり。

 

「んー。紅茶があるなら、タピオカミルクティーも飲みたいな……あまーいカンパーランドシロップを垂らしてさ」

「なんじゃ、タピオカとは?」


 独り言のつもりだったんだけど、狐耳をピクリと揺らしたセコイアが質問を投げかけてくる。

 

「キャッサバから作ることができる食べ物の一種だよ。こう小さな玉みたいになって、くにくにした食感を楽しむ」

「ほう。作ってみればよいではないか」

「だな。エリーに相談してみよう」


 その言葉を最後にしばらく無言でむしゃむしゃとサンドイッチを頂く。

 しっかし、輸入かあ。他国とお付き合いするとなると隣接している国はもちろんルーデル公国である。

 カンパーランド北部まで行ったら、ちょこっとだけ獣人が部族単位で支配する領域「レーベンストック」と重なる部分もあるか。

 だけど、現状、ネラックを開発するのに手いっぱいだ。カンパーランド北部にまで進出する……なんて夢のまた夢である。

 いざとなれば公国から食糧だけでも輸入しつつ、急場を凌ぐしかない。そうならないために食糧を自給すべく邁進しているんだけどな!

 嗜好品は……厳しいけど。

 

 ぐるぐる頭の中を考えが巡る俺とは異なり、セコイアは黙々と「ふむう」と時折声を漏らしながらサンドイッチをはむはむしている。

 そして、行儀悪くサンドイッチを食べ終わったセコイアは、口元にパンくずをつけたまま紅茶をこくこくと飲んでいた。

 

「ぷはー。美味じゃった」

「おう。俺のはあげねえぞ」

「そんなに喰わん」


 言葉とは裏腹に俺のサンドイッチへにじり寄って来ているじゃねえか。

 やらん、やらんと言ったらやらんぞ。


「して、ヨシュア。ふと思ったのじゃが」

「うん?」

「ボクにとって未知の力であるカガクは深淵で非常に興味深い。このことは変わらぬが、ちと迂遠ではなかろうか?」

「言わんとしていることは分かる。石鹸一つ作るにしても時間も手間もかかっちゃうしな。地道に実験と検証を繰り返し、小さなことを便利にしていく、それが科学というもんだ」

「うむ。魔法もそうじゃ。魔法には長い長い開発の歴史がある。そうそう進むものではなかろうて」

「電気は科学の発展になくてはならないエネルギーだ。だけど、急を要する今ではないと言いたいのだろう?」

「ヨシュアのことじゃ。そこまで考えておるのは当然じゃったのお。一応確認じゃ、確認」

「科学はおいおい進めていく。基礎研究は大事だからな。いずれ花開くだろう」

「ふふふ。楽しいことじゃ。キミが人間であることが惜しい」

「俺は人間であることに不満なんて感じてないさ。人間の寿命は長くはない。だから良い面もある」


 なんだか哲学的な話になってしまったな。

 セコイアの言う通り、科学技術を発展していくためには長い時間がかかる。

 俺に深い科学知識があれば別だけど、塩水の電気分解でさえ効率よくできていないほど貧弱なもんなんだ。

 だけどさ。この世界にはこの世界の既存技術があるだろ?

 そいつを活かせば、一息に公都と同じ生活水準まで引き上げることも可能。

 

「して、どうするつもりなのじゃ?」

「ヒントは『雷獣』にある」

「ん? 発電に利用したいのじゃあ無かったのかの?」

「発電は水車でも代用できるだろ。同じように雷獣のやっていることの中でもう一つ代用できないかって考えていることがあるんだ。こっちが本命だな」

「ほう。それには雷獣の協力が必要じゃと?」

「雷獣よりセコイアの力が必要だな。こればっかりは俺にはとんと分からん」

「ほ、ほおおおお。そんな真顔で『ボクが欲しい』なんて言われると疼いてしまうぞ」

「こらあああ。寄りかかってくるんじゃねえ。そういう意味じゃないことは分かっているだろ? セコイアの魔術の知識が必要なんだってば」

「分かっておる。つれない奴じゃのお」


 セコイアの頬をむぎゅーとして押し返し、彼女を俺の体から引っぺがす。

 

「話が進まないだろうが! 要は雷獣って魔力マナから雷……言い換えれば電気を作っているわけだろ」

「ヨシュア! キミはやはり天才じゃの! 当初からそのつもりでおったのじゃな!」

「セコイアの明晰さには頭が下がるよ。もう察したなんて」

「何を言うか。ボクは今の今まで気がつかないでおった。何を迂遠なことを……なんて考えておったくらいじゃからの」

「いやいや。それは仕方ない。未知の『科学』って餌をぶら下げられて、そっちかよって感じだろ」

「うむ。しかし、よくぞその発想に至った。キミといるといつも驚かされる。ここ百年、それほど気持ちが動いたことがなかったのじゃが、ここ数年は驚かされてばかりじゃ」

「ひゃ、ひゃくねん……むぐう」

「美少女に年齢を問うなどいけないことなのじゃ」


 いや、自分から言ったよね。

 く、苦しい。い、息がああ。

 念入りに口を塞ぎ過ぎだろお。小さい手でも両手となれば、俺の口が完全に塞がるんだぞ!

 

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