第46話 光あれな件

 そんなこんなで鍛冶屋前に到着した。

 ルビコン川では水車が二基くるくると回っている。一基がふいごを吹かす鍛冶用でもう一基が磁石を回す発電用だ。

 

 水車の様子に感動する間もなく、セコイアにお尻を押され鍛冶屋の中に。

 先に家屋の中に入っていたガラムたちが発電施設の前で陣取っていた。

 鍛冶の炉と反対側に設置されたそれは、大きな装置ではない。

 ガルーガに持ってもらった時から半分の長さになった磁石を中央にして、左右にコイルが据え付けられていた。

 磁石は中央に軸が取り付けられて、水車の力を利用して回転する仕組みだ。

 今は水車の力を伝える向きが変えられているようで、磁石は回転していない。

 

「ほれ、こいつが銅線の先じゃ」


 ガラムが銅線の端を二本、俺に握らせる。

 電気が供給されていなかったからよいものの、先端に触れたら感電してしまうぞ。

 いや、でも、仕方ないか。彼らは電気を知らない。これから知ってもらうのだからな。

 

「セコイア。電球を」

「うむ」


 銅線の端を電球に取りつけ、こちらの準備は完了だ。

 目でガラムに合図すると、彼はうむと頷きを返し弟子に指示を出す。

 

 ガコンガコンガコン――。

 水車のギアが唸る音がして、磁石がくるくると回転を始めた。

 

 さあこい! 電気よ。

 と、思う隙もなく電球のフィラメントにほのかなあかりが灯る。

 すぐにそれは力強い輝きを放ち始めたのだ。

 

「お、おおおおお!」

「これが電気ですかあ。なるほどなるほど」

「見事なもんじゃのお」


 各々が感想を漏らし、光る電球を取り囲む。

 全員の目が電球よりキラキラとしていることが印象的だった。

 子供のような純真な顔で電球をじっと見やる彼らに少し和む。

 

 しかし、俺の気持ちは別のところにあった。

 それはフィラメントが燃えずに耐えることができるかどうかだ。

 

「しばらく、様子を見ていいかな」

「いくらでもよいですぞ。ずっと眺めていられそうです」


 俺の問いかけに電球から目を離さぬままトーレが返事をする。

 

 すぐに燃えることはなさそうだな。地球にはない素材だったから、どうなるか分からなかったけど原理的には行けるはず。


「のうのう。ヨシュアよ。うまくいったようじゃし、この光っている部分……フィラメントじゃったかの? の素材は何なんじゃ?」

「そいつは『雷獣の毛』をより合わせたものだよ。雷獣が立ち去った後に拾っておいたんだ」

「抜け目ないのお。なるほど。あ奴の耐電を鑑みるに燃えぬのは納得じゃ」

「俺もどうなるか分からなかったけど、大丈夫そうでよかったよ」


 雷獣から放たれる凄まじい閃光を見た時から、使えるんじゃないかなって思っていた。

 思いっきりやってくれと頼み、強烈な落雷を落とした雷獣の体は帯電していたんだ。

 だけど、雷獣の毛は綺麗なもので焦げる様子はなかった。

 そしてこっそりと抜け毛を拝借し……束ねてフィラメントに。

 

 それにしても、ちゃんと光るんだなあ。電球。

 目論見通りにいったのも、トーレらの熟練の技があってこそ。

 しばらく、一緒になって電球の光を眺める。目がチカチカしてきた……。

 

 そんな中、最初に電球から目を離したのはトーレだった。

 

「して、ヨシュア坊ちゃん。これで終わりってわけじゃないでしょう? 『電気』を使って何をするのですか?」

「いろいろやりたいことはあるんだけど、街に光を灯すことは急ぎじゃあない」

「そうですな。ランタンでも松明でも明かりにはなりますからな」

「うん。魔石や燃焼石の代わりになれるもの。すぐに使えて役に立つものからと思っているよ」

「ほうほうほう。して、何からやります? ささ。ささ」

「そ、そうだな。電気はちょこちょこ俺とセコイアで実験しつつ、トーレたちにも協力を頼みたい」

「もちろんですぞ。分かっております。某とガラムがまずやることは。こちらも大変興味深い」


 スイッチが入ってしまったトーレをいなそうとしたのだが、逆に火をつけてしまったようだった。

 ちゃんと会話を聞いていたガラムも身を乗り出してきている。

 ううむ。悩むが、そろそろ頃合いなことも確かだ。

 

「橋の建設からやろうか。向こう岸には重要素材があることだし。ガラス砂だけじゃなく、きっと石灰も大量にあると思う」

「ほっほっほ。あと五日ほどは待ちますぞ。準備はいたしますが」

「そうだの。住宅、農業が優先じゃからな」


 あれ?

 ちゃんと自制できているじゃないか。先走ってしまうかなあと心配したけど、この分だと大丈夫そうだ。

 

「して、石灰もあるとな?」

「う、うん。カタツムリが大量にいただろ。殻は石灰質だったから」


 失礼なことを考えている時、出し抜けにトーレから質問が飛んできたから動揺してしまったよ。


「ふむ。カタツムリの殻を生成するために石灰が必要。ならば、石灰があるはずだというわけですな」

「そそ」

「して、ヨシュア坊ちゃん。今日はまだ昼にもなっていませんな」

「だなあ」

「電気、電気を。すぐにできることなら、今日だけでもできますぞ。ささ、ささ」

「あ、うん」


 そしてスタートに戻ると。

 いや、俺もせっかく発電ができたことだから、お試しはしたいと思っている。

 ちょうどいい、これだけ職人も集まっているのだから、やろうか!

 

「塩と水を用意してもらえるか?」


 言うや否や、ガラムらの弟子が鍛冶屋を出て行き、5分もしないうちに戻ってきた。

 は、早いなおい。

 

 大きな樽に入った水へ塩をドバドバと加え塩水にする。

 本当はアンモニアソーダ法といわれるやり方で作った方がいいんだろうけど、そいつはまたの機会にってことで。

 

「んじゃ、始めるぞ」

「塩水に電気を流すのかの?」


 科学となればセコイアが興味を示す。

 樽を覗き込んでいるけど、感電したら危ないぞ。

 やんわりと彼女を樽から引き離し、指を一本立てる。

 

「これからやるのは塩水の電気分解だ」

「ほおおお」

「これで、炭酸ナトリウムを作る」

「なんじゃそれは?」

「ソーダ灰を言い換えただけだよ。ここじゃあ、海も近くにないから塩生植物も採れないし」

「ほおほお。電気でソーダ灰が作れるのじゃな」

「うん、蓋をしよう」


 やべえやべえ。このまま電気分解したら発生した塩素で下手したらぶっ倒れる。

 蓋をしてから、銅線を慎重に樽に差し入れ、電気を通す。

 

 しばらく電気を通してから慎重に蓋を外すが、期待したほどの炭酸ナトリウムを得ることはできなかった。

 うーん、何か他に必要だったかもしれない。

 

 ともあれ、少量ではあるが炭酸ナトリウムを得ることができたので、こいつを重曹にして……。

 

「よし、重曹と石灰を混ぜれば石鹸ができる」

「石鹸が魔法や魔石を使わずともできてしまうのか。ほおおお」

「混ぜて石鹸にするのは、トーレたちに任そうかな」

「任された。ほっほっほ。面白いものを見せていただきましたぞ!」


 セコイアと俺の会話にトーレが勢いよく割り込んでくる。

 彼はとても興奮した様子で鼻息が荒い。

 

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