第42話 お口チャックで俺は絶句な件
――翌朝。
昨晩も発電設備の噂を聞きつけたトーレの襲撃を受けたが、夜が更ける前に熱い議論は解散となった。
俺も彼に直接説明したいことがあったから、ちょうどよかったといえばそうなんだけど、彼が来るのを見越していたのかセコイアも書斎に陣取っていてさ。
結局三人で議論を交わしたんだ。
この議論はとても有意義だった。いやあ、魔法ってすげえな。科学じゃ大変なこともぱぱっとやってしまう。
俺は全てを科学技術で何とかしようなんて思っていない。
魔法の方が余程便利で、場所もとらない上に材料も要らないときたもんだ。
魔法は個人の技術に依る。科学は物ができれば誰にでも扱える。これが違いだな。
どっちもいいところがあるので、うまく組み合わせて快適な生活を実現したい。
そんなわけで、朝の定例会にてルンベルクには街の建築における陣頭指揮。バルトロには街の警備。エリーは農業をはじめ、その他の連絡係を任せた。
広場の計画も引き続き、アルルとエリーで進めるよう申し伝える。
鍛冶屋周辺の護衛は必要ない。そこには野生児セコイアが陣取る予定だからな。
彼女にはトーレ、ガラムと共に発電設備のことを任せている。昨日の議論の結果、彼女にも発電設備プロジェクトに当初から参加してもらうことになったんだ。
本人はもう鼻息荒く乗り気も乗り気、参加させねば殴るくらいの勢いだったから問題なし。
俺? 俺はアルルを護衛に街の様子の観察、その後、森の探索に向かうつもりだ。
屋敷を出たところで、並んで歩くアルルに目を向ける。
「まずは、大広場まで向かおうか」
「はい!」
アルルは猫耳をピンと立てて勢いよく右腕をビシッと上にあげた。
尻尾がパタパタしており、彼女のご機嫌さを示している。
「えらくご機嫌だな。探索に行くからかな?」
「それも。あります。だけど……」
ハッとしたようにアルルが両手で口を塞ぐ。
ブルブルと首を振り、尻尾がしゅんとなった。
「どうした? あ、心配しなくても。俺とアルルだけで行こうなんて思ってないからな。バルトロのところから一人護衛に頼む予定だ」
「お口、チャック。ダメ。絶対」
「ん?」
「チャック」
「お。おう」
何のことか分からないけど、探索の危険性を憂いでいたわけじゃあなさそうだ。
だったら、あの「しゅん」は何が原因だったんだろうか。
お口にチャックなアルルへ無理に聞くのもなあ。必要があれば、彼女から言ってくるだろう。
◇◇◇
うお。大広場に行ってビックリした。
僅か二日? で建造物ができているじゃあないか。
中央に石のブロックを円形に敷き、真っ白な台座ができている。
といっても、仮組だろうからまだ単に「置いただけ」の状態だ。なるほどな。噴水広場みたくしようとしていたのか。
台座の上には女神像か何かが立っているのかな? 白い布が被せてあってまだ作業途中だと示している。
台座の横にはメイド姿のエリーが無表情に佇んでいた。
しかし、俺の姿を認めると口元に僅かな微笑みを浮かべ、すっと会釈を行う。
「エリー。こんなところで一人どうしたんだ?」
「領民の皆さまからのご要望はここで受けております」
「お、悪くない手だな。ここは居住区、農業地区、商業地区、全ての道に繋がっているからな」
「はい。それに、ヨシュア様からご拝命頂きました、街の象徴の件もございましたし」
「ここは噴水にするつもりなのかな」
「はい。水をたたえ、街の中央広場として相応しいものを、と愚考いたしました。トーレ様とアルルも積極的に協力していただきました」
「おお。トーレも、既に仕事を?」
「はい。トーレ様の素晴らしい腕を拝見し、心が躍りました。まさに完璧、でございます!」
エリーは頬を朱に染め、ほおと熱い吐息を吐く。
一方でアルルは未だ両手を口に当て、何も言うまいと態度で示していた。
「トーレにもなるべくここに足を運ぶように言っておく」
「その必要はございません。もう完成しております。完全に完璧に、美麗で、美しく。陶酔してしまいそうなほど」
「お、おう」
同じ意味の言葉が重なっちゃっているよ。
だ、大丈夫かな。エリー。
あっちの世界にいっちゃっているような感じだけど……。
「ヨシュア様がいらっしゃるまでお待ちしておりました。お見せいたします。ネラックの象徴を」
「お見せします」
エリーの言葉にアルルが続き、台座から垂れる布を左右から引っ張る。
ふわさ。
白い布がふわりと揺れ、一息に布が取り払われた。
中から出てきたのは、白亜の石像だ。
ミスリル製のノミを利用したのだろう。これだけの短期間でよくもまあここまでの一品を完成させたものだ。
流麗で華麗。滑らかな曲線と真っ直ぐな直線のどちらも素晴らしい。
うん。石像に注ぎ込まれた匠の技は確かに比類無きものだと思うよ。
古代ローマのトーガにも似た布を巻いた男性像。
小柄で肩からかかった布の隙間から見える肉体は弱弱しい。
およそ男らしさを感じない顔に華奢な肩まわり……。
俺かよ!
これ、俺かよおおお。
「あ、ううう。ぐうう」
「ネラックの象徴といえば、ヨシュア様その人以外ございましょうか! いえ、ございません。神の像? そのようなものよりヨシュア様です。ヨシュア様がネラックの象徴にして、始まり。ヨシュア様があってこそ――」
興奮したエリーの演説が続いているが、右から左に俺の頭の中を抜けていく。
「せ、せめて、もう少し盛るとかなかったのか……筋肉質にしてほしかった……」
「ありのままのヨシュア様が一番お美しいのです。尊いのです。広場を訪れる者は皆、ヨシュア様の像に感謝を示し、祈りを捧げることでしょう」
「……」
絶句した。
マジでこいつは何とかしねえと。
サラサラと砂となり崩れそうに真っ白けになる俺であった。
そんな俺に人差し指を立てたアルルがにこーっとして声をかけてくる。
「お口チャック。おしまい。ヨシュア様?」
「う、うん……このことを黙っていたんだな」
「はい! アルル。ちゃんと、黙っていたよ。エリー」
「ヨシュア様のご様子を拝見いたしますと、明らかです。ありがとう、アルル」
エリーとアルルが仲良さそうに手を取り合う微笑ましい姿にも、今の俺には乾いた笑い声しかでない。
「い、行こうか。アルル。住宅の様子を見に」
「はい!」
アルルは満面の笑顔で右腕をピシッと上にあげる。
足どり重く、住宅地に向かう俺とスキップを踏んで進むアルル。
このことはしばらく忘れよう。
そう誓う俺であった。
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