第41話 閑話.庭師バルトロ

 ――バルトロ。

 ヨシュアとの散歩を終えたバルトロは、豹頭のガルーガと共にネラックの中央大通りに向かっていた。

 街の中央大広場(予定地)から住宅区と反対側に建築予定の商業地区にあたる場所には、馬車が数台並べられている。

 まだ家屋はないものの、この場所は街の警備を司る詰所となる予定だった。

 夜になると屈強な男達が集合するこの場所も、今は執事服の壮年の男だけが穏やかな表情で立っているのみ。

 一見すると、給仕係が留守番をしているように思える。

 しかし、少しでも戦闘の心得があるものが見れば、思うところは真逆になるのだ。

 

 隙が無い――。

 元Sランク冒険者であるガルーガも執事服の男――ルンベルクの凄みを感じ取れる一人だった。

 しかし、彼の隣にいるバルトロは無精ひげに手を当てまるで気にした様子もない。

 

「よお。ルンベルクの旦那」

「首尾はいかがでしたか?」

「問題ねえ。いやあ、何をするつもりなのかはてんで分かんねえが、すげえ事をやろうとしているってことは分かったぜ」

「ヨシュア様の成されることです。どれほどのことか想像も及びません」

「だよなあ。次は何が起こるのか楽しみだぜ」

「変わりませんね。あなたは」

「旦那もそうじゃねえか。昔からずっと堅物で」

「あなたこそ。掴みどころのないところは庭師として勤め人になった今でも、冒険者時代と変わりありませんね」

「こう見えて、内面はかなり変わってんだぜ。俺は。根無しの昔とは違う。ヨシュア様に対する気持ちは旦那にも負けてねえつもりだぜ」

「私とて」


 白熱するヨシュア論であったが、ガルーガには一つ聞き逃せないことがあるようだった。

 彼は二人に尋ねようと手をあげようとして降ろし、を数度繰り返す。

 聞いていいものだろうか、という思いが彼の脳裏をよぎったからだ。

 

「ガルーガさん、お聞きしたいことがおありですか?」

「ん? すまん、ガルーガ。俺たちゃ同志。気になることがあるなら何でも聞いてくれ。ヨシュア様もそう言っているしな」


 ルンベルクとバルトロの二人はほぼ同時にガルーガの様子に気が付く。

 二人に遠慮なくと言われたガルーガだったが、それでも尚、戸惑う。

 もし、バルトロが過去に冒険者だったとしたら、過去のことを尋ねることはタブーだからだ。

 冒険者は国外から流れて来た者であろうが、登録さえすれば誰でも冒険者になることができる。

 登録したからといって、生活が成り立つわけではないが、誰しもがスタート地点に立つことができるのだ。

 命を落とす可能性も高い危険な職業であるが、冒険者は来る者を拒まない。

 それ故、冒険者は過去に脛を持つ者もちらほらいる。

 だからこそ、自然と自分から語らぬ限り、冒険者同士は過去のことを詮索しない暗黙のルールがあった。


「お、そういうことか」


 ガルーガの様子から察したバルトロが、困ったように後ろ頭をぼりぼりとかきむしる。


「別に隠していたわけじゃねえんだ。ヨシュア様の耳に届くとヨシュア様が自分のために冒険者をやめたなんて思っちゃわれたら、本意じゃねえからさ」

「バルトロも元冒険者だったのか」

「おう。引退したのは随分前だけどな。名を変え、庭師としてヨシュア様のところに寄せてもらってるってわけだ」

「元の名を、いや、バルトロはバルトロだな」


 ガルーガはヨシュアに言われた言葉を自然と思い出していた。

『形式や言葉遣いを変えたからといって何が変わる? 俺はガルーガがどのような喋り方をしたからといっても、君を見る目は変わらない。なぜならガルーガという本質は変わらないのだから』

 バルトロの過去に興味がないと言えば嘘になる。だが、オレもバルトロも元とはいえ、冒険者。冒険者ならば冒険者の流儀に従うのがよいだろう。

 バルトロはバルトロ。それは変わらない。

 

「ん、黙っててくれよ。冒険者時代の俺は『グデーリアン』。ルンベルクは俺の持つギフトに興味を持って、誘ってくれたってわけさ」

「グ、グデーリアン。お、お前があの……最も若きトリプルクラウン……」

 

 名を聞いたガルーガは開いた口が塞がらない。

 グデーリアン。数年前からとんと名前を聞かなくなった伝説の冒険者。

 彼は十代にして冒険者最高位ランクSSSトリプルクラウンにまで昇りつめた。

 単独で龍さえ仕留めたという噂まである。


「過去の話だ。今はただの庭師『バルトロ』さ。旦那に誘われた時は本当にびっくりしたぜ。だけど、ヨシュア様に会って、俺も力になれるのならってさ。お前さんにも分かってくれるだろ?」

「分かるとも! ヨシュア様に直接お仕えできる栄光……何事にも代えがたい」

「そういうこった」

 

 気恥ずかしいのか、バルトロはそっぽを向いて無精ひげを撫でた。


「しかし、トリプルクラウンが庭師をしているのなら、賊が押し入ろうが安全だな」

「そっちはどっちかってっと旦那が得意だな。俺が買われたのはギフト『超直感』だからさ」

「ルンベルク殿はそれほどまでに……」


 この穏やかな紳士がバルトロにそこまで言わせるとは……。

 いや、ガルーガとてルンベルクの立ち振る舞いから相当な実力者だと感じ取っていた。

 しかし、それでもトリプルクラウンに及ぶものではないとの認識だったのだが。

 

「何をおっしゃいますか。バルトロは魔物担当。私は対人担当。それぞれ分野が異なるだけです」

「いけしゃあしゃあと。ほんとに」


 会話に割って入ってきたルンベルクに対しバルトロが苦笑する。


「屋敷の外に何かあれば、俺が感じ取れる。そのための『超直感』だからな。虫の知らせってやつだ」


 ガルーガに向け片目をパチリとつぶりおどけてみせるバルトロ。


「外?」

「おう。そうだ。中は……おっと」

「詮索はしない。聞かせてくれて感謝する。バルトロ」

「いいってことよ。また酒でも飲みながら冒険者時代の話に花でも咲かせようぜ」

「是非」


 笑いあい、二人はお互いの手の平を叩く。

 

「夕暮れまでまだ少し時間があります。あなた方二人は、このままここで待機でお願いします」

「あいよ」

「わかった」


 生き方もまるで異なる三者だったが、彼らの向かう思いの先は同じだった。

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