第26話 すねたかおによわい件

 ――翌朝。

 コンコンと扉を叩く音がして、目が覚める。

 

「ヨシュア様。お目ざめでしょうか?」

「一応ー」


 この声はエリーか。

 まさか呼び出しの声で目覚めるとは。ちと寝過ぎたな……。

 むくりと起き上がりんんんーと伸びをすると、大きなあくびが出る。


「ふああ」

「ヨシュア様……し、失礼いたしました!」


 ガチャリと扉を開け、俺の姿を見たエリーが頬を上気させ深々と頭を下げた。

 ん、何かおかしなところがあったかな?

 確かめてみるが特に体に変わったことはない。

 

「気にせず入っていいよ」

「そ、そんな。よろしいのでしょうか? 私のようなもので……いえ、私は大歓迎ですが……」

 

 ゴクリと大きく息を飲んだエリーが寝室の中に入ってくる。

 ゆでだこのように耳から首まで真っ赤になったエリーがもじもじと両手を握り合わせていた。

 何をそんな恥ずかしがっているのか分からん!

 

「んー。服?」

「は、はい!」

「ルンベルクが昨日手渡してくれたんだけどさ。ガウンってやつはダメだな。すぐほどけてしまう」


 そっかそっか。服が乱れていたからエリーが指摘するかしないかで迷っていたってことか。

 ガウンてのは帯で締めるだけだから、朝起きたら服が脱げちゃっていて上半身が完全に露出してしまっていた。

 一応俺も男だし、女の子から「あんた半裸になっているよ」と指摘するのは辛いな。

 むしろ、俺の貧弱な上半身を見たら「うわあ……」となるよな……すまん。エリー。変なものを見せてしまって。

 心の中で彼女に謝罪しつつも、仕方ないなあといった風に苦笑を浮かべ誤魔化すようにおどけてみせた。


「あ、明るいと少し……いや、構わないのですが……え?」

「ほら。帯だけ残っちゃってさ。すぐに着替えるよ。ちょっとだけ待っててもらえるかな」

「は、はい……」


 うつむいたエリーはぷすぷすと頭から湯気があがりそうな勢いだった。

 エリーから何だか触れたらいけない闇を感じる……。ここは、口笛でも吹きながらクローゼットを開け――。

 

「どえええ!」


 クローゼットは部屋の左隅にあって、隣には両開きの大きな窓がある。貴族の別邸として作られているこの屋敷にはちゃんと窓ガラスがはまっているのだ。

 それはいい。部屋の構造に対し、特に驚くこともないし思うところもない。

 し、しかしだな。

 窓の外にアルルがぶら下がっていたんだよ!

 頭を下にしてぶらーんとさ。

 

 気を取り直し、窓を開ける。

 

「びっくりしたよ。窓からぶらさがっているんだもの」

「エリーの大きな声。ヨシュア様。襲われたかもと」

「襲ってなどいません!」


 何故かエリーがアルルに向け叫ぶ。


「ま、まあまあ。大丈夫。何も起こってない」

「よかった。ヨシュア様、服が脱げてます。わたしが」


 アルルが腰から吊り下がったガウンへ手を伸ばそうとする。

 対する俺は首を左右に振って苦笑いを浮かべた。


「着替えるつもりだったし、このまま脱いじゃおうと思ってさ」

「はい!」

「あと、アルル。仕事着をメイド服からホットパンツか何かにするか?」

「ヨシュア様。アルルの服が嫌い? 可愛くない?」

「ううん。可愛いと思う。だけど、ほら。スカートでぶら下がると」

「でも、ヨシュア様、この服が可愛いって」

「アルルの好きなようにでいいさ。もし、別のデザインが欲しければ気にせず俺か他のハウスキーパーに言ってくれよ」

「はい!」


 ちなみに薄い青だった。

 何がとは言わないが。

 

「そういや。あ、いや、何でもない」

「とても。気になります……」


 アルルにうううと拗ねた顔をされると困ってしまう。

 いや、本当にくだらない話なんだよ。薄い青なんて見てしまったからつい口をついて出てしまったんだ。

 う、もう。仕方ねえ。

 

「昨日さ。セコイアは白だったよ。気にしてたのかなと思っただけだよ」

「アルルも白がいい?」

「俺が言うことじゃないから!」


 藪蛇だったわ。

 やっぱり黙っておくんだったよ。

 

 さてと。無駄話もこれくらいにして、着替えよう。

 帯をほどこうとしたら、エリーがアルルの首根っこを掴んで扉の外まで引っ張って行った。

 パタン。

 扉が閉まる。

 

 すでに半裸だし、今更汚えもんを見ないようにしてもあまり変わらないと思うんだけど……。

 ま、いいか。とっとと着替えて朝食にしよう。

 

 ◇◇◇

 

 着替えて食堂に行くと、珍しく神妙な顔をしたバルトロが仁王立ちしていた。

 ただならぬ彼の雰囲気に襟を正し、どうしたんだと尋ねようとしたら、

 

「ヨシュア様。本当にすまなかった! あやまってもどうにかなるもんじゃあないが、すまなかった!」


 ガバッと両膝をついてバルトロが謝罪したのだ。

 彼が何か怒られるような失敗をしたんだろうか? 俺の記憶にはないんだけど。

 困惑していると、他ならぬ彼自身が言葉を続ける。

 

「雷獣に襲撃されたと聞いた。遭遇した時に倒しておけば……こんな事態にはならかなった。本当にすまない、ヨシュア様」

「何だと思ったら、そんなことか」

「主を危険に晒してしまうことを考慮せず、雷獣をそのまま見逃してしまった俺の落ち度だ」

「バルトロ。君は大きな勘違いをしている」


 まあ座れと、彼を席に座らせ俺は彼の対面に腰かけた。


「いいか。一つ目。未知のかつ俺が興味を引かれそうなモンスターを発見し、判断を仰ぐことは正しい。いきなり討伐報告だと、俺の取ることができる選択肢は減る。だから、バルトロの判断は正しい」

「ヨシュア様……」

「二つ目。俺にはいつも護衛がついている。そもそも危険なモンスターがどこにいるか分からない。だから、元々モンスターに襲われる可能性を考慮し護衛がついているんだろ? だから、襲われることは想定内だ。そのための対策もしている。故に、俺がモンスターに襲撃されたことを謝罪する必要はないし、気に病むこともない」

「だが」

「最後に結果論。バルトロは結果として俺が雷獣に襲撃されたことを問題にしている」

「おう」

「だが、事実は逆だ。結果論の観点から検討しても、討伐せず生かしておいたことが正解となる。何故なら、雷獣は草食でこちらを襲うことがないモンスターだった。更に、うまくやれれば稲妻を俺たちが利用できるかもしれないからだ」


 な、と満面の笑顔を見せ椅子から離れ、彼の肩をポンと叩く。


「ありがとうよ。ヨシュア様。やっぱり、あんた最高だぜ」

「俺は事実を述べたに過ぎないよ。非の無い人が謝罪をするってのもおかしな話だろ」

「俺はルンベルクの旦那みたいに語彙が豊富じゃねえからどう言ったらいいか分からねえが。ヨシュア様のその頭脳と在り方。やっぱりあんたについていってよかった。いつもありがとうな。ヨシュア様。これからも手伝わせてくれ!」

「俺もだよ。バルトロ。いつもありがとう。こっちに来てからは庭師以外の仕事も任せちゃって。嫌な顔一つせず手伝ってくれてとても感謝しているよ」


 さ、話はこれで終わりだとばかりにポンと手を合わせる。

 バルトロも察してくれて、膝をパシンと叩き立ち上がったのだった。

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