第25話 ようじょがつよい件

「一体何が……?」

「魔獣じゃ。こちらの様子を窺っておるの」


 にまーと似合わない嫌らしい笑みを浮かべたセコイアが、顎で窓の方を指し示す。

 魔獣……ってことはモンスターが外にいるってんだな。

 窓からどんな奴なのか見てみることにしようか。

 しかし、一歩踏み出したところでエリーが俺の前に立ちはだかり、両腕を開く。

 

「いけません。もしヨシュア様の身に何かあっては」

「それほどの相手なのか?」


 俺の問いに対しエリーは縋るような目をしてかぶりを振るばかり。

 弱ったな。メイドと戦闘の心得がない俺じゃあどうにもこうにも。

 

「ヨシュア、キミはここにいるがよい。エリーよ。ヨシュアとトーレらを任せてよいか?」

「お任せください。身命に変えましても」

「大げさな奴じゃの。気配からして魔獣そのものの強さはともかく、気質は脅威たるものではないじゃろ」


 軽い感じでヒラヒラと手を振り、外と繋がる扉に手をかけたセコイアを呼び止める。

 

「セコイア。君一人に任せていいのか?」

「ボクは妖狐じゃぞ。聖獣ならともかく、ただの魔獣ごとき獣を統べる者として遅れをとるわけがなかろう」

「そんな種族があるのか」

「……全く、そのような顔をするでない。何ら心配は要らぬ。ほれ、そこの心配性のメイドから何か聞いておらぬのか?」

「……思い出した」


 言ったのはエリーじゃなくアルルだったけど、「セコイアがいるから張り付いて護衛をしなくていい」って。

 裏を返せば、セコイアはとっても強いってことだ。

 

 パタン。

 扉が閉まり、セコイアは一人で魔獣とやらの様子を見に行ってくれた。

 ハラハラしつつ見守るしかできない俺は、いてもたっても居られずまたしても窓の方へ足を向ける。

 

 またしてもエリーに立ちふさがられるが、そのまま押し進まんと歩みを止めず前進した。

 すると、彼女はぽおっと頬を染めくるりと踵を返す。

 したら、エリーの背中と俺の胸がごっつんこ。

 さすがにこれならどいてくれるかなあと思っていたんだけど、彼女は動こうとしない。

 だが、ここで俺も引くわけにはいかねえ。こんな間抜けな格好になりながら、今更、てへへっと元の位置に戻ることなんてできようか? いやできまい(反語)。

 

 変なところを触ってないですよと両手を上にあげた姿勢でアピールしつつ、一歩進むとエリーも押し出されるように前に動く。

 よし、この位置なら見える。

 俺の鼻先がちょうどエリーの頭のてっぺんにあたるので、踵をあげ窓を覗き込む。

 ちなみに、窓は窓枠が空いているだけで窓ガラスがはまっているわけじゃなく、そのまま外と繋がっている。

 なので、外から何か飛来したら開いた穴から中に入ってくるってわけだ。

 エリーはこれを警戒し、俺を窓へ近づけようとしなかった。

 だけど、俺の外を見たいという気持ちを汲み取った結果が、自分が前に立って盾になれるよう密着したってところかな。

 これじゃあ護れるものも護れないぞと思わんでもないけど、案外彼女は無理を通そうとする俺に対し、てんぱってどうしていいか分からず混乱しているのかもしれない。

 

 さて。

 セコイアはっと。

 おお。落ち着いたものだな。堂々とした足取りで茂みの方に向かっている。

 ん。彼女が茂みの少し手前で立ち止まった。

 そこでぴくぴくと狐耳を揺らし、両手を腰にあてる。


「風が」


 つい口をついて言葉が出てしまう。

 セコイアの足元から突風が吹き抜け、彼女の周囲をぐるぐると回り始める。

 何が起こるんだろうとドキドキしながら見ていたんだけど、期待とは裏腹にすぐに風がやむ。

 こきこきと首を左右に振った彼女は、くるりと体の向きを変え元来た道を戻り始めた。

 

 パタンと扉が開く。

 扉を開けたのはもちろんセコイアだ。

 特に何かと対峙した様子はなかったのだけど、彼女は一仕事した感ありありでふうと大きく息をはく。

 

「もう大丈夫なのか?」

「うむ。魔獣は予想通り大人しい草食獣じゃった」

「へえ。実際に目を合わせていないのに分かるのか」

「気配はお互いに見えておったからの。呼びかけたんじゃよ。そして言葉を交わした」

「どうやって会話してんだよ、なんて野暮なことは聞かない。そのモンスター……魔獣は特に危害を加えるような存在じゃあないってことなのかな?」

「いかにも。肉は喰わん。魔獣は子を守る時、食事以外で動物を襲うことはない」


 おお。魔獣って野生動物に似た性質なのかもしれない。

 対峙したら血みどろの死闘になるイメージなんだけどなー。

 

「あれ、待てよ」

「どうしたのじゃ? 満腹な魔獣は危険ではないなんて思っておるのかの?」

「うん」

「その考えは捨て置くがよい。草食の魔獣は珍しい。たいていは肉食よりの雑食。常に貪欲に餌を探しておるからの」

「ひいい」


 マジかよ。やっぱり超危険生物じゃねえかよおお。

 餌をあげればお友達になれるかもなんて考えてしまった自分を殴りたい。

 

「ヨシュア様……」

「あ、ごめん!」


 怖気からついつい密着したままだったエリーに後ろから縋りついてしまった。

 慌てて体を離す。

 が、セコイアが恨めしそうな目で俺を睨んでいるじゃないか。

 

「ボクも撫でてくれるくらいしてくれてもいいと思うんだがの。ほれ、魔獣のところに行ってきたわけだしの?」

「これは不可抗力だって。怖いこと言うから」

「キミの勘違いを正そうとしたまで。いざ魔獣と対峙することになったらどうするのじゃ?」

「確かに。すまん」


 素直に頭を下げたら、セコイアもばつが悪そうに首を傾け自分の口を指先で撫でる。


「そうそう。セコイア殿、一体どんな魔獣だったのですかな?」


 ナイスフォローだ。トーレ。

 変な空気になってしまっていたからな……。

 トーレとガラムは自分の興味がないことについては、滅多に口を挟んでくれない。

 これは俺とセコイアを気遣って発言してくれたのだろうと思う。

 

「あやつはどれほどの範囲かは分からぬが、森の主に近い存在のようじゃったの」

「特徴は分かるか?」

「実際見てはおらぬからのお。最近、人間と遭遇したらしく、回る水車に興味を引かれたみたいじゃったな」

「人間と遭遇した……うーむ。それならバルトロたちかルンベルクたちのどっちかと対峙したんだろう」

 

 森の主というからには、やっぱり強いんだよな?

 バルトロたちに狩猟せよと指示を出さなくてよかったぜ。基本観察で偵察、探索をお願いしていたからな。

 

「お、そういえば。雷を操るとか言っておった気がする」

「雷獣か!」


 セコイアの肩を掴みかっくんかっくんさせてしまう。

 

「名は知らぬがの」

「そうかそうか。草食獣だったか。こいつはお手伝いをお願いできるかもしれんな。セコイア、協力してもらえないか?」

「キミのことじゃ。何やら興味深い実験に使うのじゃろう?」

「その通り」

「そういうことなら喜んで協力しようではないか」


 がっしと固い握手を交わす俺とセコイアであった。

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