第12話 つい徹夜してしまった件

「こいつは……こうして……ううむ……」

「これならどうですかな。カチリとハマると思いますぞ」


 確かに。

 そうそう、石の鑑定ならノームのトーレならできるとガラムが言ってたな……そうそう。あの後すぐにノームのトーレも呼び寄せたんだよ。

 ガラムではなく、全ての石をトーレの魔法で鑑定してもらった。二人とも鉱石を見分けることなど朝飯前と言っていたが、何となくトーレの方が細かい作業に向いているのかなと思って、彼に頼んだんだ。

 そして、トーレが石の鑑定完了までにかかった時間はなんと僅か一時間だったのだ!

 すげえな。魔法なんて思っていたら……。

 

 チュンチュン――。


「ぐがーぐがー」

「……すー」


 鳥のさえずりと寝ていても煩いガラム、すやすやと俺の膝の上に頭を乗っけて眠るセコイアの寝息……うん、早朝の音としてはごくありふれているよな。

 

 だが、俺とトーレの戦いはまだなのだ!

 石の鑑定が終わった後、ついつい水車のお話しになってしまって。あーだこーだやっているうちに気が付けば朝になっていた。

 あと少しでいけそうなんだよな。それでもう少し、もう少し……でこの時間だ。


「ほれ、この図を見るといいですぞ。これなら」

「お、おお。さすがトーレ! ここにギアを一つ足せばよかったのかあ」

「いやいや。ヨシュア坊ちゃんが『ギアだ』と申したからですぞ」

「……トーレ、ありがとう。実物の設計はガラムに任せて大丈夫かな?」

「ですな。大きなモノならガラムの方が向いております」

「じゃ……トーレは寝てくれ……俺はあと少し」

「では、失礼して……」


 トーレは糸が切れたようにコテンとその場で倒れ伏す。すぐに彼から寝息が聞こえてきた。

 本日の演説は延期するとして、ルンベルクたちに今日の指示を出さないと。

 両手でそっとあぐらをかいた膝の上に頭を乗っけて眠っているセコイアの頭に手を添え、床に降ろす。

 が、今度は腕を俺の胴に絡めてきてすぐに元の位置に頭を戻してしまった。

 

 こいつ、起きてんじゃないだろうな……。

 

 コンコン――。

 その時、扉を叩く音がして、低く渋い声が俺を呼ぶ。

 

「ヨシュア様」

「まだ起きているよ。入ってくれ」

「失礼いたします」


 扉を開けたのはルンベルクだった。

 きっちり90度に肘を折った彼の右腕には真っ白のタオルがかかっている。

 反対側の手にお盆を載せ、そこには水の入ったグラスが四つ。

 

「本日は昨日と同じように動いてくれ。アルルかエリーを屋敷に残し、護衛とする。彼女らは昨日と入れ替えた方がいいかな」

「承知いたしました」

「ルンベルクとバルトロの報告は明日聞く。農業の方は昨日俺が確認した通りだ。キャッサバはあのまま植えてもらえればいい」

「予定しておりました本日の演説は中止、でお願いできますか? どうかご自愛ください」

「うん、そのつもりだ。気遣いありがとう。これから昼まで寝るから、その時間に集まることができれば集まって欲しい」

「御心のままに。お休みの際はどうかベッドでお休みください」


 ルンベルクはテーブルの上にお盆を置き、背筋をピンと伸ばして美麗な礼を行う。

 その場で踵を返し、俺に背を向けた彼に後ろから声をかける。

 

「ルンベルク。もう一つ、ルンベルクとエリーに頼んでおいて欲しいことがある」

「承知いたしました」

「ルンベルクには屋敷にある燃焼石と魔石の在庫量、同じく領民のものの調査をエリーに」

「畏まりました」


 わざわざ振り返って、頭を下げたルンベルクは部屋から出て行った。

 パタリと扉が閉じ、ほっと息を撫でおろす。

 

 と、とりあえず……いろいろ山積みだが、もう眠気が限界だ……。

 トーレと同じように真後ろに倒れ込み、すぐに意識が遠くなった。

 

 ◇◇◇

 

 ハッと意識が覚醒する。だけど、心地よい暖かさに誘われまた眠りにつきそうに……。

 ずっと寝ていたいけど、起きないと。

 ううむ。でも誰かが毛布を被せてくれていたようで、床に倒れこんだはずなのに枕まで持ってきてくれたのか。

 それにしても柔らかで心地よい枕だな……いかんいかん!

 起きれないかもしれないと思って、その場でゴロンしたんだが、これだけ寝心地がよいともっと寝ていたくなってしまう。

 だが、起きねばならぬのだああ。

 ぬうううおお。

 気合と共に目を開く。


「うお。アルル」

「おはよう。ございます」


 枕だと思っていたのはアルルの太ももで、目を開けたら彼女の顔が見えてビックリした。

 毛布を持ってきてくれたのも彼女だろう。

 寝ている間に運ばれたわけではなく書斎で寝ていたまんまだったが、ダウンした他の三人の姿はない。既に起きてこの部屋を出ていったのかな。

 

「他のみんなは?」

 

 念のために聞いてみたら、アルルはコクコクと頷き言葉を返す。


「少し前。出ていきました」

「よっし、俺も」


 起き上がったところで、アルルが後ろから俺を抱きしめてくる。

 

「エリーは。触ったらふそん? とか言うけど。わたしは喋るのが苦手。だから」


 彼女から触れられることなんて殆どなかったので、少しビックリした。

 だけど、ひと肌の心地よさが彼女から伝わってきて。

 彼女の独り言かなと思い、黙っていたら今度は俺に向けて彼女が言葉を紡ぐ。

 

「ヨシュア様。たおれないでください。どうか、大事にしてください」

「心配させちゃってごめん。俺は大丈夫。ほら、今だって働かずに寝てただろ? みんなが働いてるってのに」


 俺の胸に回された彼女の手の甲を撫でる。

 すると、ピンと立った彼女の尻尾がだらんと床に垂れた。

 猫耳と尻尾は口よりモノを言うってね。俺のことで余程心配させてしまったようだ。

 徹夜の一回や二回くらいでどうにかなったりしないって。


「ヨシュア様?」

「よっし、行こう。しっかり護衛を頼むぞ」

「はい!」


 体を離したアルルの二の腕辺りをポンと叩き、自分の頬を軽くぺしんと叩く。

 よおっし。

 今日も頑張るとしますか! もう昼だけど。

 

 ◇◇◇

 

「お、おお。これキャッサバから作ったパンなのか。こっちはイチゴをすり潰したの?」

「左様です」

「いけるいける。おいしい」

「お口に合うようでホッといたしました」

 

 エリーが微笑を浮かべ、頭を下げる。

 起きたらすぐに昼食兼朝食と相成った。

 というのは、お願いした通りにハウスキーパー全員がお昼に集まってくれていたから、食べながら報告を聞くとなったんだ。

 しかし、動きは早いな。

 キャッサバの調理方法は既に彼らに伝えていた。野生のキャッサバをパンにしてくれたものが昼食に出るなんて思ってもみなかったよ。

 でも、この味なら大丈夫そうでホッとした。いくら有益な作物だったとしても食えたもんじゃなかったら、いろいろ工夫しなきゃならなくなる。


「みんなも食べてくれよ」


 立ったまま俺の食べる様子を眺めていた四人に声をかけた。


「私どもは既に頂いております」


 代表してルンベルクが言葉を返す。


「そっか。事前に味を確かめてくれていたんだな。ありがとう」

「いえ……できることをしたまでです」


 ルンベルクは軽い感じで言うが、きっと四人で入念に味を確かめたのだろう。彼らが問題ないと判断したキャッサバパンなら、他の人たちも満足してくれるだろう。

 実は食卓に並ぶまでにいろいろ工夫を凝らしたのかもしれない。

 

「食べながらで悪いが、まずは俺の報告から聞いてくれ」


 むんずとおかわりのパンを掴み、四人の顔へ順に目をやる。


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