第13話 閑話 ヨシュアがぐっすりおねんねしている頃
――カンパーランド 東部森林地帯
豹頭の元S級冒険者ガルーガは、ヨシュア邸の庭師と名乗るバルトロと元公国の衛兵、猟師の四人で東にある森林地帯まで足をのばしていた。
「へえ、そんでそんないいガタイしてんだなー。ガルーガ」
「豹族ということもあるがな」
ガルーガは執事と正反対の雰囲気を持つ庭師と名乗る
彼は後頭部で両手を組み、口笛でも吹きそうな調子でガルーガの隣を歩いていた。
後方には筋骨隆々の元衛兵、前方は嗅覚に優れているだろうということで猟師が配置されている。
「雲のようだ」
「ん?」
「いや、何でもない」
バルトロに対して思っていたことがつい口に出てしまい曖昧な笑みを返すガルーガ。
彼の内心を誤魔化すかのように踏みしめた枝がパキリと音を立てる。
音?
そういえば……。
ハッとなったガルーガは、周囲の音に集中する。
彼は元冒険者だ。それもほんの一握りしかいないS級に所属する一流の。
冒険者はその名の通り、未踏の地へ赴き、危険と隣合わせになる職業である。
深い森、ダンジョン、遺跡……行く場所は様々だが、冒険者にとって生き残るために最も必要かつ必須の能力は「危険察知」であることは間違いない。
不意うちを喰らうと、どれほど強き戦士でもほんの一撃で命を落としてしまうこともある。
油断していた。すっかり街の中にいる気持ちになっていた。
豹頭で片目に傷がある大柄な男なんて、街ではならず者として扱われることが多い。相手がビビッて手もみするか、あからさまに避けられるかのどちらかだ。
ところがこの地の人たちは誰も彼に嫌な顔一つ向けず、それどころか気さくに彼へ話しかけて、労ってくれさえする。
居心地がよかった。屋根もなく野宿が続くというのに、安らぎさえ感じていたのだから。
「すまぬ」
「ん? 謝るようなことなんて何もしてねえじゃねえか」
カラカラと笑うバルトロにガルーガは白い牙を見せ応じる。
和やかに会話しつつも、彼は周囲の「音」に集中していた。
そこで彼はようやく「異常」に気が付く。
外にではない。内にだ。
後ろの衛兵の男が出す足音が最も大きく、次に森で息を潜めることに慣れている猟師、そして自分が最も足音が小さい。
ところが、バルトロからは足音が一切しないのだ。
これほど完璧な忍び足は一流の
「ん? どうした?」
「……いや」
「聞きたいことがあったんだろ? 何でも気にせず聞けってきっと俺たちの主人なら言うぜ」
「俺たち?」
「おうさ。俺たちゃみんなヨシュア様の元に集まった同志だろう?」
「そ、そうか。俺も……あのお方の
たった一言で魅了された、敬愛するヨシュアが自分を配下と思ってくれている。
それだけで、ガルーガは天にも登る高揚感を覚えた。
「ガルーガ。
「な、なんと慈悲深いお方なのだ……」
「もしヨシュア様と直接会話をする機会があったら、『市民』か『領民』とでも言っておけよ。それなら間違いねえ」
「分かった」
「おっと。忘れるところだった。聞きたいことって何だったんだ?」
「……足音だ。相当修練を積んだのだろうと思ってな」
「まあなあ。こいつは苦労したぜえ。忍び足は俺が一番苦手でなあ。アルルのやつなんて種族柄何の苦労もなくできちまうし、へこむぜ」
アルルという者のことは知らぬが、きっと猫族か森エルフあたりだろうとガルーガは内心で当たりをつける。
「俺にも、できるのだろうか」
「うーん。そのガタイじゃあ、他のところを伸ばした方がいいんじゃねえか。力の使い方を覚えりゃ、俺よりパワーを発揮できるだろ?」
「そうだな。ははは」
自分がS級冒険者など露知らぬバルトロが言ったアドバイスにガルーガは気分を害した様子はない。
むしろガルーガは「誰が、何を、過去にやっていたのか」なんてことを気にせず飄々とした彼を好ましく思っていた。
カサリ――。
その時、草木が擦れる僅かな音がガルーガの耳に届く。
これは風で揺れた音ではない。
ガルーガは背中のグレートアックスと呼ばれる身の丈ほどもある戦斧に手をかける。
前を行く猟師はまだ音に気が付いていないようだ。
やはりというか、バルトロは既に感づいているようで、ニヤリと口角をあげていた。
ところが彼は「待て」とばかりに人差し指を立てる。
「あのあたりは『パイナップル』ってやつの群生地だ。ヨシュア様によると、『キラープラント』ってのがそいつを好むらしい」
「キラープラント……それは俗称だな。キラープラントというのは、『動く植物』の俗称だ」
「ほお。さすが現役の冒険者。詳しいな」
「『元』だ」
ガルーガが後ろの元衛兵へ。バルトロが前方の猟師に立ち止まるよう指示を出す。
さて、不自然な音は件の
場所は、右斜め前方の藪の奥。
どうやら待ち伏せ型のようで、普通の植物のように擬態しているようだ。
赤い果実が成る、蔓が生い茂るそれは、一見して――。
「イチゴのように見えるな」
「イチゴ……? あの赤い果実か」
「おう。ヨシュア様が言ってた。まあそれはいい。少し待とうぜ。面白いことが起こるぜ」
「分かった」
身を伏せ、キラープラントの様子を窺う。
待つこと二分ほど。
不意にゾクリとガルーガの肌が粟立つ。
こ、この気配は……マズイ。
黒にまだらな白の斑点を持つ彼のふさふさの毛皮が総毛立った。
「来るぜ。安心しろ、狙いは俺たちじゃねえ」
まるで動じた様子のないバルトロにガルーガの心も落ち着きを取り戻す。
そして、ソレは姿を現した。
白と黒の縞模様を持つ狼に似た獣。体躯は五メートルほどとそれほど巨体というわけでもない。
しかし、猫科特有のしなやかさを持つその姿はある種の美しさを持つ。
王者の風格。
ガルーガの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
それは駆けるわけでもなく、ゆっくりと我が物顔でのし歩き、キラープラントににじり寄る。
対するキラープラントは果実に惹かれ近寄った哀れな犠牲者に向け、多数の蔦による鞭を奔らせた。
その時、ガルーガの視界が真っ白になる。
「閃光か」
「いや、あれは稲妻だな。戻るか」
「放置しておくのか?」
「ああいうビリビリした生き物だとヨシュア様が興味を持つかもしれねえ。倒していいかヨシュア様に確認しねえと」
「倒す……アレを?」
「まあ、放っておいてもいいんだけど猟師が襲われたりするかもしれねえからなあ。その辺もヨシュア様に」
平然と言ってのけたバルトロに、ガルーガは認識を改めた。
本当の強者はキラープラントを貪るあの獣ではない。自分の目の前にいるこの飄々とした男なのだと。
◇◇◇
おまけ。
一方そのそのころルビコン川では――。
「わ、私も、私も、膝枕をしたかった。どうして私が昨日だったのお!」
愚痴をこぼしながら、川に向けて手刀を振るうのはヨシュア邸のメイド、エリーであった。
彼女の横には腕を組み苦笑するルンベルクの姿もある。
「エリー。貴女が何を夢想しようが、私は関知いたしません。ですが」
「重々承知しております。少しだけアルルが羨ましかっただけです」
エリーが手刀を振るう。
川から岸へ魚が飛ばされ、ピチピチと跳ねる。
「見事な腕前ですね」
「キャッサバを植えるみなさんへの昼食をと思いまして」
「エリーが領民のために魚をとったと聞くと、ヨシュア様もお喜びになられます」
「そうですか! そうですよね!」
エリーはぱああっと頬を染め、再び手刀を振るう。
しかし、興奮していたのか力を込めすぎたため、どばああっと大量の水が岸まで飛んできたのだった。
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