鏡の国のアリス

 手提げ袋から垂れるのは精神科で貰った薬と生理食塩水。ぐう、とお腹が鳴れば、痩せこけて細い手で擦る。スマートフォンを見下ろすのは落ち窪んで暗くなった目だ。

 人が疎らなプラットホームに、女性のアナウンスが流れる。青年はおもむろに顔を上げ、線路を見下ろした。

 カンカンカン、踏切の音に合わせて、プラットホームから身を投げ出す。ふわり、と浮いた感覚、包み込むクラクションと大きな光。そしてそのあとにあるのは、全身を喰い破るような壮絶な痛み。集まるのは疎らな人々の冷ややかな視線。全ては滑稽、ぐしゃぐしゃと愚者の有様になって終わっていく──

 その刹那だった。青年の両目は一人の女性を捉えていた。場に不釣り合いな真っ赤なドレスがまず目に飛び込んでくる。伸ばしてくる手はやけに細くて折れてしまいそうだ。

 クラクションは鳴ったまま、青年の体は放っぽり出されたまま、時計は八時を指したまま、冷ややかな視線は向けられたまま。世界の全てが止まっていた。

 女は血のような赤い目で青年を見つめ、くいっと細い顎を上げた。

「その程度の命なら、あたしに預けてちょうだい」

 青年はぽかんと口を開けたまま固まっていた。そんな中でも、彼の頭を走馬灯が巡っていた。

 自分に手を差し伸べてきた人々に裏切られ、傷ついてはまた誰かの手を取っていた自分が、ゾートロープの中心で座り込んでいる。

 そこに新たなページを刻もうとして、女が手を伸ばしてきただけだ──青年は呆れたように笑った。

「全てを任せてくれたなら、お前を救うことができる。約束してくれ、あたしに全てを預けて幸せになるって」

 どうせ裏切られるなら、死ぬのなら──青年は至極投げやりだった。こくりと頷いて、手を伸ばした。

 その瞬間、全てが動き出す。ドン、と大きな音がして、痛みも無く青年の意識は闇に呑まれていった。

 それはさながら、ウサギを追いかけて穴に落ちていったアリスのようだった。



 バラの香りと青臭さが同時に鼻腔に届く。頬を擽るのは綺麗に手入れされた芝生だ。立ち上がったアリスは、スカートについた砂をはたき落とし、辺りをふらふらと歩き彷徨った。

 すると、どこかから楽しげな話し声が聞こえてきた。囁かな会話だと思われたそれは、近づけば近づくほど喧しい会話だったと知ることになる。

 白いテーブルクロスが敷かれた広い広いテーブルには、同じくらい白いティーセットが置かれている。赤バラに囲まれたその一角では、不思議な客人たちの織り成すお茶会が催されていた。

 わざとらしく一つ席が空いている。その席の向かいには、赤いドレスを着た女王が座っていた。隣には三月ウサギ、帽子屋、眠りネズミ、芋虫、白ウサギ。

 アリスの足音を聞きつけた帽子屋がこちらを向いた。それにならい、皆がこちらを見つめてくる。アリスは視線の矢に刺されて逃げられなくなった。

「ようこそ、お茶会へ」

 女王が人の良さそうな笑顔を浮かべた。アリスは白ウサギの白手袋に手を引かれるまま空いた席に座らされた。三月ウサギが目の前に紅茶を差し出してくる。赤い紅茶の水面には異物がぷかりと浮かんでいた──懐中時計だ。三月ウサギはカチャカチャと音を立てて懐中時計を紅茶に漬けていた。

 アリスが口を挟む間も無く、奇妙な客人たちと女王は口を閉じることを止めない。私のファッション、良くない? ついこの間大好きな人たちがね。うんうんそうですね。そうそう、最近うちの者が酷くて。にゃんにゃんわんわん、犬猫の合唱のよう。

「アリスはどう思う?」

 喧しさに耳を塞ごうとすれば、喉元に冷たい感触──槍が突きつけられている。アリスが両手を上げて降参の意を示せば、トランプ兵が槍を下ろした。

「お茶会のルール、その十。話にはなべて耳を貸すこと」

「まだアリスはここに来たばかりなのだから、ルール違反も致し方無い。許しなさい」

 女王が満足げに微笑み、トランプ兵を追いやった。アリスは椅子に座り直し、耳からそっと手を離した。

 視線が集まっている。三月ウサギも帽子屋も眠りネズミも芋虫も白ウサギもアリスを見ている。アリスが一言、分かるよ、と言うだけで、彼らの顔に薄気味悪いくらいの「笑顔」が浮かび上がった。

 次は女王様が口を開く。そうすると皆、水を打ったように静かになるのだった。トランプ兵がアリスの右耳に囁きかけた。

「お茶会のルール、その一。女王様の言うことは黙って聞くこと」

 アリスは困った顔になって、紅茶に手を伸ばした。懐中時計を退けて水面を見つめれば、たちまち鉄の臭いが上がってくる。顔を顰め、紅茶から手を離せば、今度は左耳から囁き声が聞こえてきた。

「お茶会のルール、その八。紅茶はお茶会が終わるまでに全て飲み干すこと」

 さぁ、さぁ。トランプ兵はぐいぐいと槍の先端を押し付けてくる。じっ、と湿るような視線が再びアリスに向けられる。お茶会を終えようとしているのだ。

 飲め、飲め。無言でも伝えたいことは分かっている。

 アリスは意を決して紅茶をぐいと飲み干した。たまらずえずいて、うえぇ、と呟く。血みどろぐちゃぐちゃな味、腹がきりきりと痛む。それでも、皆からは拍手が上がったのだった。

 おめでとう。ようこそお茶会へ。歓迎するよ。

 後ろのトランプ兵たちも遅れて手を叩く。拍手に包まれながら、アリスはスカートをぎゅっと握り締め、背筋が冷たくなるような感覚に襲われていた。まるで暗闇に一人置いていかれた子供のようだ。

 お茶会はお開きになった。取り残された女王が得意げに足を組み直し、アリス、と声をかける。

「良いかい、今日からお前はあたしのアリスだ。あたしの暮らす場所で寝泊まりをして、あたしと一緒にお茶会に出るんだ」

 アリスはおずおずと頷き、立ち上がってハイヒールを鳴らし始めた女王様に後からついていく。アリスの後ろには、槍を持ったトランプ兵がいた。

 急かされるようにして城の中へと入っていけば、そこにはどぎつい黒と赤が広がっていた。壁は一面赤を基調としていて、細かいところに黒があしらわれている。頭が痛くなりそうなコントラストを通り抜けていった先、離れにアリスの部屋はあった。

 女王が用意していたのは、スイートルームと呼んでも過言ではない、広くて綺麗な部屋だった。アリスが今欲しいと思っているものは何でも取り揃えてある。まるで彼女のために作られたかのような空間に、アリスはほんの少しの居心地の悪さを感じていたのだった。

 一行が去っていくと、ベッドに沈み込み、目を閉じる。口の中では未だに血の味のする蛆虫がわらわらと湧いているようだった。それでも眠気はやってくるもので、疲れ切って落ちるように眠り始めた。



 ああだこうだ、わんわんにゃんにゃん、アリスはどう思う?

 至極くだらない価値も無い会話の渦にいながら、アリスはその全てを肯う。心の扉を片っ端から締めて、アリスは一人不味い紅茶と格闘していた。

 すると白ウサギがやってきて、紅茶に砂糖を入れた。睨み上げるようにして見つめれば、白ウサギは狼狽した様子でおどおどと言葉をかけた。

「いえ、飲みづらそうにしていたので……大丈夫ですか?」

 ふっ、と扉の鍵が緩む。もう何回も続けてきたお茶会の中でも、そうして自分のことを心配してくれる人はいなかったからだ。怪訝にするのは憚られるような気さえした。

 ありがとうございます、と素直に答えると、アリスは紅茶に口をつけた。なるほど、確かに味がマイルドになっている。甘さがふんわりと血生臭さを包み込んでいるかのようだ。

 そうしてようやくアリスが紅茶を飲みきると、それを待っていたかのように皆が席を立ち始めた。しかし、どこかその様子はぎこちない。操り主が初心者に変わった操り人形のようだった。アリスが困惑していると、全員立ち上がったあと、女王が机の上に足を乗せてアリスを睨みつけていることに気がついた。

 アリスはびくりと体を震わせる。何を言われるかは分かっていた。これから始まるのは、理不尽さを不条理に溶かした裁判だからだ。

 傍聴席にいるのはトランプ兵、裁判長はハートの女王、被害者席で泣いているのもハートの女王。

 女王様がつんとすました顔で話し始める。アリスは苦々しい顔をしたまま席に着いていた。

「どうだい、あたしの世界は。現実世界に比べちゃはるかに良いだろう?」

「本題は何ですか」

 アリスは頷きも首を振りもせず、顔を背けた。すると女王は悲しそうな顔になって、こっちを見ておくれ、と言った。慈愛と悲哀に満ちた顔つきに、アリスは胃の中が冷えるような感覚を覚える。

「あたしはお前を愛しているんだよ、アリス。だからこうしておもてなしをしているのさ」

「本当に愛しているのですか?」

「あぁ、愛しているさ。他の輩とくっつくと嫉妬するくらいにはね!」

 女王はそう言って、ダン、とフォークを更に叩きつけた。それからナイフを持ったほうの手をゆらゆらと揺らし、アリスのことを指した。

「お前は白ウサギに色目を使っているね。このあたしを差し置いて!」

「彼とは話しやすいから話しているだけで、贔屓なんてしてませんわ」

「そうかい? あたしの目にはそうは見えないんだがね」

 アリスはぴくりと震えた。白ウサギのことについて言われるとは思っていなかったのだ。意識したことも無いことを怒られて、不満が喉奥に込み上げて熱を持つ。

 女王は大儀そうに頬杖をつくと、ナイフを向けたまま不機嫌そうに続けた。

「とにかく、あたしのお茶会ではあたしとあたしのルールを絶対視してもらいたいね。他の人がそうしているように」

「……分かりましたわ」

 アリスは吐き捨てるようにそう言って席を立った。そうすると、女王がしくしくと泣き始める。アリスは口元を歪めて、嫌悪を表に出した。

「どうか言うことを聞いておくれ、アリス。あたしを見捨てないでおくれ」

「そうですか」

 散々悪く言ったのはそちらなのに、と口を開く権利すら許されていない。アリスは足元に縋ってきた女王を蹴り飛ばすかのようにして、足を先に進めた。



 アリスは日毎にお茶会に慣れていった。不味い紅茶の味には慣れないが、話を受け流すのは得意になっていた。そうして、お茶会の面子には上下関係があることが分かっていった。

 いつも弄られている白ウサギ、それを良しとする周りの人々。白ウサギはハートの女王専属の執事だ。ハートの女王に絶対隷従、それが彼にとってのお茶会の掟であった。

 彼にとってお茶会とは何なのか、彼はどんなことを考えているのだろうか。気がつけばアリスの心はそちらに惹かれていった。

 二人きりになったとき、アリスは時計無し紅茶を注ぎ、白ウサギに差し出した。白ウサギは節のある手で受け取ると、ゆっくりと口に運んだ。

 美味しいですね、と白ウサギはそう呟き、へにゃっと崩れた笑みを浮かべた。長い前髪で目を隠しているため、それ以上の情報は得られない。

 アリスはあたかも自分が被害者であるような口上で白ウサギに話しかけた。このお茶会は狂っていると。トランプ兵の言うことにはもううんざりなのだと。

 白ウサギは一口紅茶を飲んでから、諌めるように話した。

「お茶会のルール二、女王様を卑下するようなことは言ってはいけないし、思ってはいけない、です」

「あなたは女王様に歯向かうことを恐れているのかしら?」

「恐れてはいませんが、考えてもいません。私は女王様の執事ですから」

 白ウサギはモノクルをした目を懐中時計に向けて、ウサギの耳をぴょこぴょこと動かした。アリスは慌てて口を開いて、白ウサギの後ろ髪を引いた。

「待って、白ウサギさん。私もうあの場所に帰りたくないわ」

「いけません、アリス。女王様の寵愛は絶対なのです。女王様はあなたを想って閉じ込めたのですから」

「私の権利はどうなるの?」

「アリス、あなたが捨てたんでしょう、命の権利を。あなたが女王様からの寵愛を良しとしたのでしょう」

 アリスは舌を巻いた。言われてみればそのとおりであった。あのとき、死ぬことを受け入れていれば、こんなことにはなっていなかったのだから。

 行きましょう、と言われ手を差し伸べられて、アリスは渋々その手をとった。スーツ姿の白ウサギは少し首を傾けたあと、アリスと手を繋いで女王陛下の住まう城へと戻っていく。

「でも、あなたの気持ちも理解しているつもりですよ」

「ありがとう、白ウサギさん。また頼っても良いかしら?」

「喜んで」

 アリスは白ウサギの手を握っているだけで、心が温まるような心地になっていた。理解者がいるということが、どれほどまでに優しい事実であることか。それがたとえ、意見を一にする者ではなかったとしても。お茶会で困っても、白ウサギの隣にいれば良いのだ。

 こんな人が生前にいれば、きっと自分を救ってくれただろうに。

 白ウサギと歩幅を合わせて、浮ついた気持ちのまま赤黒い自室へと向かう。徐々に寒気が増していく。



 お茶会を終えて、白ウサギが去っていくのを手を振って送ると、白ウサギもひょこっと顔を出して細やかに手を振ったのだった。

 心を撫で下ろしたところに、ガチャン、と音を立てて皿が鳴る音。アリスは席に着き直し、目を逸らしたまま女王に向き直った。

 アリスには何の権利も無いまま、裁判が始まる。罪状は勝手に読み上げられ、それに対して悲しそうな顔をした女王が罵声を浴びせるだけだ。

 不義で不埒な人。最低の裏切り者。浮気者。

 アリスはただ、私がお悪うございました、と言って謝るだけだ。権利が無いことに文句をつける権利すら奪われているのだから。全てを呑み込む覚悟が要るのに、その覚悟を持ち合わせていなかった。

「お前はそんなに白ウサギが好きかい。あたしのものなら、白ウサギとこれ以上仲良くするのは止めてくれないかね」

 静かな語調とは裏腹に、彼女の表情は怒りに満ちていた。シワの寄った惨めな赤い顔。幼稚で獰猛な獣のような顔。アリスはそんな顔を見ていられなくて、目を逸らしたままだった。

 こっちを見なさい、と女王が言う。アリスはそれでも顔を合わせることをしなかった。ともすれば、トランプ兵がやってきてアリスの首筋に槍を突き立てたのだった。ひやり、肝が冷えて、汗が伝う。

「何を思ってるのか、話しなさい」

「……狂っていますわ、こんなの」

「そうだろうね。狂っているのを受け入れるのがお前じゃないか」

「手に負えませんわ。私を自由にしてちょうだい!」

「お前が不自由を望んだんじゃあないか。あたしの救いを受けると言ったんじゃあないか!」

 二人の会話がヒートアップし、再び食器が鳴る。フォークとナイフを打ち付ければ、割れんばかりに皿が踊る。アリスは耳を塞いだ。あー、と叫べば、トランプ兵も女王もすくみ上がった。

 アリスは机を叩くと、勢い良く立ち上がった。それから大声でこう言い放った。

「今のあなたには私を助けるなんて不可能だわ!」

「だからあたしを見捨てるって言うのかい!」

「えぇ、見捨てますわ! 私のことを救えるのなんて、私自身しかいないんだわ!」

 眉を下げ、目を垂れさせると、わぁ、と声を上げて女王が泣き出す。アリスが数歩下がって机から手を離すと、その刹那、パン、と大きな音を上げて何かが弾け飛んだ──トランプ兵の頭だ。頭を失った首からは血が迸り出る。きゃあ、とアリスは声を上げて顔に手を当てた。

 次から次へと、パン、パン、と音を立ててトランプ兵の首が飛んでいく。女王がふらふらと立ち上がり、アリスのほうに歩み寄ってきた。アリスは身を伸ばし、すかさずお茶会会場を逃げ出した。

 パタパタ、ヒールの壊れた靴で女王が追いかけてくる。アリスはスカートを風に靡かせ、追いつかれないように走っていく。地面はぐにゃりと曲がり、赤いバラが泣き出して地面に血の赤を広げていく。ティーセットは音を立てて割れ果てる。どろり、視界が溶けていく。泣き濡れた空からは黒い雨が降り出す。

 アリスは足を取られ、その場に倒れ伏した。そんなアリスの目の前に現れたのは、女王様の執事の白ウサギだった。彼は手を差し伸べ、アリスを助け起こした。

「さぁ、逃げましょう。もうこうなってしまっては、逃げることしかできません」

「えぇ、逃げましょう。白ウサギさん、私を出口へ連れて行ってちょうだい!」

 白ウサギの手から伝わってくる熱に安心感を覚えながら、再びアリスは二人で走り出した。逃げ出した先にあったのは、大きな鍵穴だった。白ウサギは細い手でアリスの小さな手に一つの小瓶を握らせた。

「これをお飲みなさい。そして行きなさい。行って一人で生きなさい。まだ間に合いますから」

「白ウサギさんはついてこないのかしら?」

「分かっているでしょう。私は女王様、女王様は私。皆そうなのです。あなたが女王様で、女王様があなたであるように」

 アリスが振り返ると、泣きながら地面を這う女王様の姿が見えた──そして、驚愕する。

 癇癪を起こしたハートの女王を初めて直視すれば、彼女の顔は自分にも、白ウサギにもよく似ていて、惨めで、無様だった。人を救う余裕など無く、痩せこけていて、疲れ果てていた。誰よりも救いを求めていながら、誰かを救おうとした愚か者だった。

 白ウサギは笑顔でアリスに手を振った。アリスは涙を浮かべて小瓶の中身を飲み干した。泣いていたのは怖いからではなく、悲しいからだった。

 どうしてこうなってしまったのだろう、と自分に問いかける。ただ自分を救いたかっただけの女王様が、ただ救われたかっただけの私が、どうしてこんなことになってしまったのだろう、と。

 もしももう少しお互いに余裕があれば。もしももう少しお互いに理解があれば。もしも女王様が自分にそっくりだと気がついていれば? 否、最初から狂っていたのだ、こんな契約は。

 小瓶を投げ捨て、小さくなっていく体で鍵穴をくぐって走り出す。その先へと手を伸ばし、不思議の国を抜け出す。すると、聞こえてきたのは、電車のクラクションだった。



 目を覚ませば、目の前に電車が来ていた。一歩進めば、涼しい車内の空気に触れる。今日も自殺はごっこ遊びで終わっていた。

 振り返り、赤いドレスの女性を探した。しかし、どこにもその影は無い。不思議の国が見せてくれた夢はどこにも無かった。青年は大きな溜め息を吐いた。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。人々は滑稽にもスマートフォンを眺めたまま動かない。そんな中、手持ち無沙汰に電車に揺られながら、青年は白ウサギの言葉を思い出していた。

──私は女王様、女王様は私。皆そうなのです。

 言われてみれば、集まった客人たちも皆似たりよったりの顔をしていた。トランプ兵たちも皆女王様によく似た顔をしていた。

 あの世界は何だったのか、女王様はなぜ現れたのか。その真実は黒い穴の中、不思議の国に落ちていったのだった。

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