希死念慮

 重たいリュック、着飾った見た目、カンカンカンと鳴る踏切の音。グウ、とお腹が鳴って、何も食べていないことを思い出す。

 ぐるぐると頭の中でヘッドフォンの音が回り出す。私の足も踊り出す。ホームドアに限りなく近づいて、かっ開いた瞳孔で見つめる。

 心がぐっと持ち上がってハイになる。全ての心配事は砂鉄が解けるようにして黒くどろどろに溶けていく。

 周りの人間たちは皆顔が無かった。いや、顔はあるのだ。だが人間の形をしていない。声を発する機械みたいだ。グウグウ、お腹が鳴る。

 今日の授業を思い出す。何も分からないのにとても楽しかった。SNSに目を向ける。何も無いのにとにかく嬉しかった。

 カンカンカン。鳴り響き明滅する赤と、黄と黒の縞に涎が反射的に溢れてくる。

 頭の中で流れている音楽はドンチャンドンチャン、機関車が走るみたいなリズムで。ぶわっ、風が吹いて仕方無く電車に乗ったら、まるでその機関車に引きずられているような気分になる。

 吐息が荒くなる。マスク越しの呼吸は心音に合致する。手が震える。足が震える。鉄塊の放つ黄色の二つの光に心が躍る。

 身を投げ出したい。ぐちゃぐちゃになりたい。空も飛べるようなこの幸福感のまま絶頂を迎えたい!

 そんな感情を抱きながら私は引きずられている。自然と不安も恐怖も無い。一緒に乗っているのが肉塊たちだったとしても、音楽が止まないうちは頭がぐるぐる、お耳がうーうー唸るだけだ。

 時々開く扉を見ながら、今すぐ叫んで四肢もめちゃくちゃに飛び出して落ちてみたくなる。まるで今聴いているエレクトロスウィングみたいに押し潰されてみたい。

 吐き気がする。

 落ち着こう、落ち着こうとして文字を打っている。その様がSNSに流れて滑稽だ。このまま死んでしまったほうが良いんじゃないか、なんて私は思うのだけど、疲れた体が動きたくないと言っている。

 くすんだ目、止まらない欠伸。絶えず暴れる足。破裂しそうな頭。

 私はこれを文学と呼ぶのか?

 正気に戻ったら負けなのだ。狂気に陥って大丈夫を演じる時間が来るのだから。頭を掻きむしって叫び散らしたいのを、ガタンガタンと音を立てて揺れる鉄塊に遮られている。

 私はこれを文学にするのか。スマートフォンにしゃぶりついて舐めたい衝動を抑えながら、文章を打ち続ける。

 帰りの駅まであと二十分。帰りの駅ではホームドアが無い。無い? ならば飛ぼう、と心の中の幼児がオギャアオギャアと泣いている。

 ここへ来てはいけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る