人間展示会
目が覚めると、そこは展示室だった。
橙色のシャンデリアに、レッドカーペット。
僕を見つめる老若男女の目と目と目。
外界とを隔てるガラスケース。
──さぁ、笑え。姿勢を正せ。
いつもの声が聞こえてきて、僕は怯えながら背筋を正した。
カシャカシャと、シャッターを切る音が聞こえてきた。それらは全て、自分に向けられたものだった。
◆
人間展示会というものがある。ごく普通の人間たちを集めて、展示をしようという試みだ。
入口で待ち構えるのはアイドルだ。自ら志願して展示品になったらしい。客寄せパンダのごときその様に、人が殺到しているという。
次に待ち構えるのは不良たちだ。絶えずガンガンとガラスケースを叩きつけては、途中で疲れて止めてしまう。そんな輩に対しても、人はカメラを向ける。
たとえるなら、入口にいるのがレッサーパンダで、次にいるのがライオンだろうか。
僕がいるのは、最奥の広いガラスケースだ。「優等生の間」とも呼ばれている。なかなかに人気があって、ここでもまた人々がファインダー越しに人間を眺める。
人々がやってきたなら、僕は背筋を正して手を振る。笑顔を作る。
すると、ほら笑ったよ、なんて子供が言って大はしゃぎする。修学旅行生が楽しそうに自撮りを撮る。老女が、可愛らしいねぇ、などと言う。
まさに僕は、展示会向きの人材だ。通る人々を魅了し、楽しませることに殊に長けている。
──姿勢が悪い。元気が無い。
びくり、体が震える。またあの声だ。僕は丸くなり始めていた背筋を正し直す。そして愛想良く、にこっ、と微笑むのだ。
人々は飽きるまで僕のことを眺める。飽きたら別の展示へと去っていく。次の客が来る。飽きるまで僕のことを眺める。
僕に休む暇なんて無い。常に人目に曝されているのだから。
◆
親は言った。僕は優等生だと。勉強もできるし優しい子だと。
友達は言った。僕は穏やかなツッコミ役で、皆の話を聞いていてくれると。
親友は言った。僕は優秀な執事で、大局が見えていると。
同僚は言った。僕は仕事熱心で有能だと。
僕はそれらを聞いて、そうなんだ、と思った。嗚呼、そう見えているのか。だから僕はそれらを演じる。
勉強に身を費やし、皆に目を配る。仕事では常に真面目に振る舞う。
それが一度でも砕けた瞬間、おしまいだ。
──姿勢が悪い。やる気あるの?
昔のアルバイトで言われた、そんな言葉。一瞬だけ乱れた姿勢。
今になっても深く突き刺さった傷は癒えない。心臓に黒曜石のナイフが刺さっていて、血が流れ続けている。
僕は逃げるようにしてそのアルバイトを辞めてしまった。
それからだ、僕にあの声が聞こえるようになったのは。
勉強をしなければ、怠け者、と罵る。話を聞かなければ、怠慢だ、と罵る。自分本位で動けば、黙れ、と罵る。仕事中に怠けようものなら、クビになるぞ、と罵る。
僕は常に誰かに見張られている。忘れたときに声がして、僕を叱る。
本当は僕だって怠けたいし、自分勝手に動きたい。それでも声は僕の喉を絞め上げて、それを許さない。
果たして、本当の自分なんてどこにあるんだろう?
言われるがまま、望まれるがままに歪められた形は、原型を保っていない。
僕は望まれるままに演じなければならない。
嗚呼、そう思えば、人間展示会なんて、僕のためにあったのかもしれない。常に監視され、演じ続けるなんて、僕が得意とすることだから。
でも、本当は消えてしまいたい。
ご機嫌取りなんて止めたい。
あの声から逃げたい。
誰にも見ないでほしい。
本当は僕だって、僕だって自由に生きを、息をしたいんだ。
けれども、精神安定剤を何錠も口に放り込んで、声を黙らせて、演技を続けるしか無い。黒曜石のナイフをもう一本も増やさないために。
◆
……僕は今、自室に引きこもっている。
外の世界は恐ろしい。外の世界は人間展示会そのものだ。
無数の目が僕を品定めするように見つめて、ああでもないこうでもないと声をかけてくるような気がするからだ。
精神安定剤のゴミが机の上に散在している。
足の踏み場も無いほどものが散乱している。
ベッドで一人蹲っている。
この恐怖から逃れたいと、一人願っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます