Be unveiled

 ぱさり、ぱさり、と束が落ちていく。茶髪のお兄さんが神妙な顔で僕の黒髪にハサミを入れていく。

 髪を切りたい、と思ったことに大した動機は無かった。夏だから。推しはショートカットだから。前々からそうしてみたかったから。自分の着ているお姫様みたいな洋服にそれが似合わないとか、そんなことは考えていなかった。

 思い返せば、僕は昔から可愛い女の子として扱われてきた。髪が長くてさらさらだったから、女子生徒のおもちゃになっていたっけ。母親も僕の髪で遊んでいたものだ。続けていたダンス教室も辞めて、学校もあまり行かなくなって、そんなふうにする人はいなくなったけれど。

 この年になってもまだ、王子様のように格好良い女の人が好きだった。たった一度、女性らしい女の人を好きになったが、それっきりだ。夏でも黒い長髪の僕はたいそう女の子らしかっただろう。それを分かっているからこそ、そういう王子様の隣に立つとき、僕は女の子らしい服を着たものだ。

 今となっては、その試行は形骸化して、隣には王子様が立つことなど無くなった。あるのはただ、お姫様気取りの無性別人間だけ。

 じゃあ、なんで目の前に映る人間は、昔愛したバンドマンにそっくりなんだろう。

 彼女はとにもかくにもギターが上手かった。彼女の奏でるギターは啼いていた。彼女を引き立てるためにも、僕は髪を切ることができなかったはずだ。背の大きい彼女と、背の小さい僕。理想の王子様とお姫様──

 彼女の勝手でバンドが解散してから、彼女は髪を伸ばして濃いメイクをするようになって、その面影は消え失せたのだけれど。

 濃い眉毛、きりっとした吊り目、赤い唇。凛々しく、決して女性として美形ではなかった。だが、ただただ漆黒の炎の如く美しかった。

 あのギターを奏でる孤高のバンドマンは一体どうしているのだろうか。彼女もまた、女に成り果てた一人なのだろうか。それとも、今も懲りずにクール気取りな王子様をやっているのだろうか。

 でも同時に、こうも思えてしまった──王子様になるのは、案外簡単だ。いろんな王子様が僕の隣に立ったけれど、どいつもこいつも皆揃って人間のクズばっかりだった。そりゃそうだ、僕がクズなんだから。

 其奴らとは縁を切った。切りきれてなくても、そのつもりだ。僕を護る騎士はもう雇わない。目の前に映る、不細工で不格好な無性別人間こそが、僕を護るのだ。

 髪が女の命というならば、僕は喜んで僕の「女」を殺そう。もう「女」でいる必要が無いのだから。ハサミを一つ入れるたびに、僕の中にあった「女」の記憶が切り落とされていく。それはとても爽やかで、涼しい気持ちだった。

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