土葬

「何をしているんだい?」

「あぁ、墓を掘ってんのさ」


 君はそんなことを言って大きなシャベルを地面に突き刺した。

 僕が訊かなくたって、ここが墓場であることは見れば分かった。キリスト教らしく十字架がたくさん立っているから。それでも、君がここにいるのが不思議で仕方無くて、僕は訊かざるをえなかったのだ。

 一息つくと、君は地面に座り込み、軍手をした手で汗を拭った。空気はからっからに冷えているのに、君一人は冬場でも汗っかきだ。


「何を埋めているんだい?」

「記憶だよ」

「記憶?」

「うん」


 そう言って、君は死体袋を指差した。頭陀袋を開けてみれば、そこにはアクセサリーから本まで様々なものが入っている。そのどれもが眩しいほど煌めいていて、僕は思わず目を細めた。

 君はその中から無造作に一つ、携帯電話を取り出すと、ぽっかりと空いた穴へと投げ捨てる。


「どうして記憶を埋めているんだい?」

「必要無いからだね」

「必要無い記憶があるのかい?」

「たくさんあるよ」


 ぽいぽいと投げ捨てては、物が土を被って死体扱いされていく。僕はそれを茫然として眺める。君は全く優しくも無い動作で、記憶の欠片を葬り続ける。


「周波数の合わなかったラジオ。ラブレター。サイズの合わなかったリング。写真。貰ったけど要らなくなった玩具。小説。ヒールの折れた靴。全て要らないものだね」

「それは、大切なものだったんじゃないのかい?」

「そうだね。大切なものだったんだと思うよ、僕にとっては」

「じゃあ、何で埋めるんだい?」


 君は肩を竦め、袋の中からダイヤモンドの指輪を取り出した。そしてそれを無造作に放り投げる。立ち上がって、大きなシャベルを手にして、君はそれらに土を被せていく。だんだん思い出は土に埋もれていき、終いにはただの土の山になってしまった。

 そこに十字架を建てて、君は一礼する。ここまでして、ようやく君は質問に答えてくれた。


「君は法律を知っているね?」

「法律?」

「他人を殺した人間はどうなる?」

「どうなるって、捕まるよ」

「それじゃァ、困ってしまうね。殺したいほど恨んでいる人がいるのに、どうしたって僕が捕まってしまうだろう?」


 僕はふと、並び立つ十字架に目をやる。それらには名前も掘られていない。ただの十字架。ただの墓。そこに個別性が無い。誰の墓なのか、分かりえない。

 君は遠い目をして、青白い空を見据える。無数に続く墓が立ち並んでいても、君にはそれは見えていない。


「ならば、僕の世界で殺せばいいのさ。現実世界では殺せないから、僕の世界から消せばいい」

「何を言っているんだい?」

「簡単な話さ」


 胸ポケットからライターと煙草を取り出し、君は煙を蒸す。いつから君は煙草なんて吸い始めたのだろう。煙は空に立ち上り、薄らいで消えていく。


「人間は死んだらどこへ行くと思うかい、君は」

「天国か地獄、かな」

「いいや。どこにも行けないよ。そうして忘れ去られていく。そこに自分自身がいた形跡もやがては消え去っていく。そうして今まで何十億人という人々が死んでいった。違うかい?」

「そうだね、僕らはやがて忘れ去られる」

「つまりはさ。生きているうちに誰にも覚えてもらえなくなった人間は、死ぬんだよね」


 嗚呼、ようやく分かった。無数に連なる十字架に名前が書いていない理由も、君が宝物の墓場にいるのも。ここは君の集合墓だ。人一人の墓石を作ることすらできない、卑しい人を弔う場所。

 君は僕の方にウインクをすると、シャベルを手渡した。まだまだ空き地に余裕はある。まだまだ人を弔うには余裕がある。


「君には、誰か殺したい人はいるかい?」

「あぁ、いるとも」


 僕は思い立って、惰性で付けていたネックレスを引きちぎった。そうして、君が作ったのよりも小さな小さな穴を開けて、そいつを埋めてやるのだった。

 初恋だった。彼女は僕に似合うネックレスをくれた。彼女は僕を愛していた。されど、彼女にはもう別の人がいた。彼女は僕ではなく其奴を選んだ。

 殺されるにはあまりにも無罪なのだけれど、僕の世界では、君は有罪だから。


「死んでくれ」


 そうして、小さな小さな十字架を建ててやる。そこに名前は彫られていない。僕は君にシャベルを渡すと、帰るよ、と告げた。

 君にはまだまだたくさんの埋めるべき頭陀袋が残っていた。君はまだ墓守を辞めることはできなさそうだ。


「頑張ってね」

「はは、何を頑張るんだい」

「其奴らを忘れることを」


 君は困ったように歯を見せて笑うと、軽く敬礼をして見せるのだった。

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