第7話 ショタコンホイホイ

 その後、しずくに礼を言った後、俺は自分の部屋に戻った。

 俺の椅子(元魔王の玉座)に座ってとりあえず一息つく。


「ふぅ……しかしまぁ、この20年で俺はなんてものを創ってきたんだろうな……」


 犯罪者予備軍の触手。

 男でムキムキなのに巨乳のインキュバス。

 本物のOPPAIに見えるスライム。

 オナ〇そっくりの生き物。

 思考回路が真っピンクのリッチー。


「ずっとサキュバスを創ることに夢中で、今まで自分がどんな魔物を生み出してきたかについては、全く考えもしなかったからなぁ……」


 正直言って、この数日はとても疲れた。

 だいぶ久しぶりに部屋の外に出たら、いつの間にか自分が魔王になってて。

 なんか勇者が来たらみんなで返り討ちにしちゃうし。

 仲間たちも、20年の間に色々と変わってたし。


「アロマなんか、生み出してから1年くらいは普通の純粋な女の子だったのになぁ。まぁ、お前は全く成長してないよな」


 俺はそう言って、俺のベッドで寝ているドラゴンに話しかけた。


「ムニャ……魔王サマ、ソレ以上ハダメデス……アロマガ再起不能二……」


「おいマジかよ。人の夢の中でもやらかしてんのかよアイツ」


 ドラゴンが寝言でアロマの失態を教えてくれた。

 夢の中でも、俺はアロマを叱らずにはいられないようだ。


「……ン? モウ朝デスカ、魔王サマ」


 しばらくして、そのドラゴンが目覚めた。

 まだ眠いのか、寝ぼけながら目をこすっている。


「魔王サマデスカ? オハヨウゴザイマス」


 ドラゴンは俺を見ると礼儀正しく挨拶をしてきた。


「おはよう。人様のベッドで寝るのはさぞ快適だっただろうね」


「魔王サマハ何ヲ言ッテイルノデスカ? ココハ私ノ寝床デスガ」


「周りをよく見てみろ」


 俺にそう言われて、そのドラゴンは周りを見渡した。

 周りに置いてあるのは、ドラゴンには使いにくいはずの人間サイズのクローゼットや本棚。


 そう、ここは俺の部屋。そしてこのドラゴンが寝ているのは本来俺が使うはずのベッドだ。

 それを見て、そのドラゴンは自分のしたことにようやく気が付いたようだ。


「モモモ、申シ訳アリマセン! 魔王サマノ寝床デ寝テシマッテイタトハ!」


「本当だよ、昨日の夜から今日のこの時間までぐっすりとね。もう4時ですが?」


「ホホ、本当二申シ訳ゴザイマセン!」


 そう言って、グライドはその巨体で土下座をした。


 ドラゴンのグライド。

 魔王側近八人衆の一人。

 基本的にアロマやしずくのようにとがりすぎた個性はない。

 俺の仲間の中でも特に常識的な一人だ。


「はぁ……まぁいいよ。あーあ、お前のためにお前のだーい好きなを用意してたのに、あげられなくなっちゃったなぁ!」


「ソ、ソンナ! アレガナイト私ハ生キテイケマセン!」


「……じゃあ、もうこういった失敗はしないって約束できるか?」


「ハイ! 約束シマス!」


「じゃあ……」


 俺は背中に回していた手を前に出して、


「お前にやろうじゃないか!」


 持っていたプリンをグライドに差し出した。


「わぁい! プリンだ! いただきまーす!」


 グライドは俺からプリンを奪うように受け取り、そしてそれを美味しそうに頬張り始めた。

 もちろんプリンは市販の人間用のサイズである。

 ……え? ドラゴンの体格に合わないって?

 ……ああ、一つ言い忘れてた。

 うちのドラゴンは人間になれるんだよ。



「うまいか? グライド」


「はい! とっても濃厚で舌の上でとろけて……」


 グライドはうっとりとした表情をする。

 それだけ美味しいのだろう。

 俺も食べたくなってくるほどだ。


「まぁ、なんせ今回のは特別な卵を使ったプリンを取り寄せたからな。なんと、あの黄金鳥おうごんちょうの卵を使っているらしいぞ」


「ええッ!? 黄金鳥ってあの10年に一度しか卵を産まないっていう伝説の!?」


「そう! 超高級卵を使った贅沢なプリンだ! たっぷりと味わえ」


「はい! う~ん! 甘くておいしい!」


 よっぽど美味いのか、目をキラキラとさせながら全身を震わせている。


「俺もティーブレイクとするか」


 ポットに水を入れて、火の魔法で温める。

 それをカップに注ぎ、カップを温める。

 ある程度したら、カップの中の水を捨て、ティーパックを入れる。

 こんなときアロマなら、『ティーパックじゃなくてTバック入れまーす!』とか言いそうだな。

 そんなバカなことを考えながら、カップにお湯を注ぐ。


「……いやまぁ、しかし、俺も最初は驚いたなぁ。なにせ、あーんなに巨大な体でいつも厳格っぽいキャラなのに、突然お菓子大好きな少年になるんだから」


 今俺の目の前にいるグライドは、人間でいうところの中学1年生くらいの容姿をしている。

 唯一ゆいいつ、人と違うのは頭に2本の角が生えていることくらいだろうか。

 聞いたところによると、レベルの高いドラゴンは人に変身することができるらしく、グライドも例に漏れずレベルが500を超えたときに初めて変身した。


「ぷはぁ~……おいしかったです! まだ同じものってありますか?」


「あるよ、お前が食べると思って10個くらい取り寄せておいた」


「わぁ! ありがとうございます!」


 そう言って、グライドは俺が差し出した2個目を食べ始める。



「ジー…………」


 それを扉の隙間から、アロマが覗いていた。

 まるで何かを疑っているかのような視線だ。


「……なんだアロマ」


「いや? なんだか魔王さまがとても楽しそうだなぁって思って」


「いや、まぁ楽しいと言えば楽しいけど……」


「ふーん?」


 俺は休息のためにさっき淹れた紅茶を一口、口に含んで――――――


「……もしかして、魔王さまってショタコン?」


「ゴファッッ!?」


 それを盛大に吹き出した。


「ゴホッ……ゲホッ! お、お前急に何言うんだ!」


「いや、魔王さまったらグライドが食べてる姿を見てニヤニヤしてるんだもの。完全にショタコンじゃない」


「いや、ニヤニヤっていうより微笑んでただけだと思うんだが」


 そう、確かに俺はグライドが食べている姿を見て微笑んでいた。

 でもそれだけでショタコン呼ばわりされるのは……。


「なんかな、グライドが食べてる姿を見てるとな、ほっこりするんだよ」


「え? なにそれ、気持ち悪い……病院行く?」


「ドストレートに言うなぁ……お前。まぁお前もここに座って眺めてれば分かるよ」


「うーん……本当なの?」


 そう言いながらも、アロマは俺の隣に座った。


「わぁ、このプリンすごいですよ! さっき食べたやつとカラメルソースの味が違います! さっきのはただのカラメルだったのに、これはほんのりオレンジの味がします! さっぱりしててとてもおいしいです!」


 グライドがプリンの感想を細かく説明してくる。

 興奮しているのかしきりに手をパタパタと動かしている。


「おう、そうか」


「うーん、甘くてクリーミーで、とってもおいしいです!」


 グライドは満面の笑みで食べ続ける。

 スプーンを口の中に入れては、私服の表情を浮かべる。


「うーん、んふふ♪ んーふー♪」


 目をキラキラさせて、頬を抑えながら足をバタバタと動かす。


「……どうだ、アロマ。分かったか」


「ええ、分かったわ! これがショタコンの気持ちなのね!? たしかに小さい男の子を愛でたくなってきたわ!」


「ちがう、そうじゃない」


「え? 何が違うっていうの?」


「そうじゃないんだよ、俺は、なんかこう……グライドを見てると胸が暖かくなるというか……」


「私もそんな感じになったわ。なんでかしら……」


 2人で考えこむ。


「あれじゃないか? ショタの可愛さっていうのがあるだろ? メイドインヘブンの〇ナチとか」


「ていうか、女の子っぽい男って、人気があるわよね。男の娘ってやつ? あれに近いんじゃないかしら」


 言われてみれば、確かにグライドは女の子と見間違えそうな顔つきをしている。


「ああ! シュ〇ゲのあの子とかか! 確かに近いかもしれない」


「でしょ?」


「はぁ、おいしかった……あれ? 魔王さまとアロマさん? 何をしているんですか?」


「ん? ああ、お前がかわいいなっていう話をしてたんだ」


「ちょっ……! 魔王さま!」


「あっ、しまった」


 自然と口から心の声がれてしまった。


「え……? 私が、かわいい……?」


 グライドはちゃんとした男だ。

 男というものはかわいいと言われるよりカッコいいと言われる方が嬉しい人が多い。

 むしろ、かわいいと言われることに抵抗を感じる人だっているだろう。

 だから、グライドだって、嫌に違いない。


「そ、そんなぁ……わ、私なんかが、かわいいだなんて……」


 だが、グライドの反応は想像とは真反対のものだった。

 嬉しそうに頬を赤らめながら、恥ずかしそうに下を向いて指をもじもじと動かしている。

 まるで、年相応の少女みたいに。


「「だからそういう仕草がかわいいんだってばああああああッッ!!」」


 珍しく、アロマとハモった。

 この日から、グライドに『ショタコン製造機』の異名がつけられたのはまた別のお話。

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