第2話 お嬢と荒野と竜

凶弾に倒れた筈の私は、何故か痛みも何も感じないのを不思議に思った。

恐る恐る瞑っていた目を開けると……そこに見えたのはだだっ広い青空と燃えるような太陽。

私は当然叫んだ。


「何で!?」


身体を起こして周りを見ると、辺り一面荒涼とした大地が。

これを一般的には荒野と言うのだろう。

荒野は地平線の向こうまで果てしなく続いていて、見渡す限り建物も人も植物も何もなかった。


「ウソでしょ?どこ、ここ……」


私はとりあえず座り込み事態を把握しようと努めてみた、が!

とても信じられない事態に頭は混乱するばかりだった。


考えても仕方ないなら、取りあえず動くか。

そう考えて、私は何もない荒野を歩いてみることにした。


……そして、ほんの十分ほど歩くと早々に諦めた。


見渡しても荒野。

どこまでも行っても荒野。


茶色と青の二色だけが私の目に虚しく映った。


広い荒野で、ただ一人、私は珍しく途方にくれた。

こんな所に着物の女が一人。

どうしたらいいのか、まるでわからない。

夢なら覚めてくれればいいのにと思ったけど、覚めていきなり振り下ろされる刀の前だったら笑えない。

良いように考えれば、命拾いをしたとも思えるけど、結局何の解決にもなっていないのだ。

うーん、八方塞がりか……。

立っているのも疲れるので、取りあえず体育座りで地べたに座った。



何もすることがなく空を見上げると、青い空に細い雲が流れている。

どうやら、この世界に時間は流れているようだ。


あれ?

待って、これ、日が暮れたらどうなるの?

こんな街灯も何もない所で、日が沈んだら真っ暗……。

そんな不安が頭を過った時、不意に目の前が真っ暗になった。

何もわからない世界のことだから、おかしなことが起こっても不思議じゃない。

でも、真っ暗になった視界の端に、バサッバサッと揺れるものが見えて、私の緊張は高まった。


「ギュゥーーーグルゥーーギュゥー」


……頭上で変な鳴き声がした。

大型の爬虫類のような、あ、そうだ昔見た怪獣映画の……うぇえええええ!?


私はすぐさま走りだし、影から離れ声の主を確認した。


それは……大きなドラゴンだった。

黒色のドラゴンは、翼を大きく羽ばたかせるとじっと私を見つめ、何故かまた真上にやって来て旋回し始めた。

ドラゴンの風圧はとても激しく、舞い上がる荒野の砂塵が私の目や耳や鼻に容赦なく入り込む。


「ちょっ、ちょっとー!目が、目が痛い!」


喰われるかどうかの瀬戸際というのは重々承知している。

でも、その恐怖よりも目に入る砂の方が痛くて耐えられなかった。


私の声が聞こえたのか、ドラゴンはホバリングを止め、五メートルほど離れた場所に降り立ち翼を畳んだ。


「女か?」


あら?日本語喋った……。

へぇ、ドラゴンって和製だったんだー。

見たことないし、興味もなかったから知らなかっ……そんなわけあるかっ!!

大体ドラゴンって架空のモノであって、現実にはいない。

いるのは小説のファンタジーの世界だけである。


「なんとか言え」


ドラゴンはイライラしたように前のめりになり私を見る。

……「女か?」という問いよね?

見てわからないなんて、自信無くすわー。

多少ムカつくけど、ここはちゃんと答えるべきかな?

でも、女と答えて食べられたら嫌だ。

男よりきっと女の方が、脂がのってて美味しいはず……いや、知らないけど。

私は様子見で答えることにした。


「……男です」


「じゃあ喰おう」


しまった!間違えた!

ドラゴンが大きな口を開けて近づいて来る中、私は身振り手振りで訂正した。


「ウソです!ごめんなさい!実は女ですっ!ほら、ちゃんと見て!」


ドラゴンは大きな口を開けたままこちらを値踏みするように見て、それから、大きな鼻息をフンッと噴いた。


「仕方ない、女は貴重だ。オレの背に乗れ。砦に連れていこう」


「砦?そんなものがどこに?」


「ここからでは見えんさ。もっと先にある。さぁ、日が暮れたらこの辺りは物騒だ。乗れ」


乗れと言われても……。

私は自分の姿を見た。

着物である。

相当はしたない格好をしなければ、ドラゴンの背には乗れない。


「早くしろ」


うっ!これ以上待たせたら、気が変わるかもしれない。

仕方なく着物の裾を捲し上げ尾に足をかけると、ドラゴンは体を低くして登り易くしてくれた。

外見は厳ついけど、案外優しいかもしれない。

私は少しほっとして、固い鱗を掴みながら翼の近くまでよじ登った。


「その辺りで良い。振り落とされぬようにしっかりと掴まっていろ!」


「あ、はい。ええと……ドラゴンさん?」


「レギオン」


ドラゴンはギロリと黒曜石のような瞳を向けた。


「それ、名前?」


「そうだ。これより名を呼ぶことを許す」


許す……て、何様だ!コラ!

あ、ドラゴン様ね。

と、軽いノリツッコミをしてから、私も名を名乗ることにした。

良好な関係は、まず挨拶から!

これ、基本よね。


「私は亜沙子。よろしくね」


するとレギオンは、やたらとモゴモゴし、言いにくそうに発音した。


「ア、アサコ?」


「そう、亜沙子!」


「……ふむ。覚えた。それではアサコ。飛ぶぞ、しっかり掴まれ!」


身を起こしたレギオンは、ゆっくりと2、3度翼をはためかせ、頭の近くまで大きく広げると勢いよく大地を蹴り飛び立った。


私は落ちないように必死で鱗にしがみつき、かかる風圧に耐えた。

耳の横でゴウッと羽ばたく音が繰返し聞こえ、やがて青い空の中に私は溶け込んでいた。

果てしない地平線を目掛け、弾丸のように飛ぶと、眼下の景色が目まぐるしく過ぎる。

荒野と空と狭間で、自分が覇者になったような気がして、私は思わず叫んだ。


「うわっ、すごーい!キレイ!」


「人は空を飛べないのだな。どれ、もっと高く飛んでやろう、落ちるなよ」


レギオンは体をだんだんと垂直にし、翼の回転を早めてグンッと上昇した。

まるで、太陽に向かって飛んでいるみたい。

眩しさに目を細めると、レギオンは体を水平に戻し、ゆったりと翼を動かした。


「どうだ?遠くまで良く見えるだろ?」


「うん!まるで、空の王になったみたいだね」


「ははっ!王か!それは良い。しかし、アサコは変わってるな。ドラゴンの女達でも高すぎる所は怖いらしいぞ!」


「そんなの勿体ないよ。こんなに素敵な景色を怖いだなんて。私は大好きだけどな」


私の言葉に、レギオンは頗る機嫌を良くした。

何が彼の機嫌を良くしたのかは全くわからないけど、喰われる可能性が減少したということで、私は胸を撫で下ろしていた。


「ふむ。そうか、大好きか」


そう呟くと、レギオンは嬉しそうに咆哮をあげ、更にスピードを増して地平線へと向かっていった。

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