ギャルゲー、その非情なる裏側
名取
クール・ジャパンの成れの果て
目の前に映し出されたスコアに、私は思わず膝から崩れ落ちた。
「そんな……っ」
計256801点。
ランクD。
足りない。足りない。足りない。
圧倒的に、足りない。
「お疲れ様でございました、天音様」
「いやっ、いやあ!!!」
「これより最終フェイズに移ります。算出されたスコアに基づき、各プレーヤーに適切なクリアランスが与えられ……」
機械音声の、淡々とした死刑宣告。
そんなものにまともに向き合えるはずもなく、私は規則も忘れて部屋を飛び出した。ビーッ、ビーッ、ビーッ。鳴り響く警報。
「ひっ!」
「天音様。ルール1-82に対する違反行為です。プレーヤーはゲームの全フェイズが終了するまでの間、ゲームマスターの許可無く自室を出ることは禁じられています。5秒以内に部屋に戻らなかった場合、自動的に麻酔拘束プログラムが起動します」
「い、嫌だ、誰か……お願いだから誰か助けてっ!」
5、4、3、と無機質な声がカウントを始める。私は狂ったように壁を叩いた。
「……2、1。プログラムが作動します」
その声を聞いた瞬間、断末魔を上げることさえ許されず、私の意識は闇へと吸い込まれていった。
[——……]
[システム起動中……]
[対象:桐生天音]
[付与:クリアランスレベルD]
[階級:
[肉体を廃棄しています……]
[
[接続が完了しました]
[
[注:閲覧および変更にはクリアランスレベルB以上の権限が必要です]
[出荷先決定が完了しました]
[桐生天音を『この夢は、永遠に覚めない。』に移動しています……]
[移動が完了しました]
[桐生天音:現在保有ポイント_0pt]
[全フェイズが終了しました]
[次回のポイント概算は3年00日後です]
------
『私、あなたのこと、ずーっと待ってたんだよ? 約束すっぽかすなんて、ひどいじゃない!』
あれから三年後。
私は頬を膨らませ、腰に手を当て、かわいいポーズをとってみせた。最高音質の蝉の声に、ポップなBGM。4Kの太陽は燦々と輝き、SEに合わせてひらりと腰のプリーツスカートが揺れる。
「はは、ごめんごめん」
ニヤけた笑みを返してくるのは、画面の向こうの知らない男。不意に頭部をクリックされ、電撃のような感覚が走る。神経回路をねじ切られるような痛みを表情に出さぬよう、ローファーの中で足の指をぎゅっと握った。
『もお! 頭撫でてごまかすなー!』
私の反応を見て、男は不快な笑みをいっそう深めた。気を良くしたのか、何度も、何度もクリックをしてくる。頭は言わずもがな無数の爆撃を受けているかのようにガンガン痛み、首筋と眼球までもが痛み出す。手足は震え、涙が滲み出ててきそうになる。私は必死に身をくねらせ、決まった台詞を読み上げた。
『も、もお……。そんなに撫でられたら、わ、わたし……マサトのばかっ!』
するとようやく満足したらしく、クリックの嵐はぴたりと止んだ。私はひそかに安堵の息をついて所定の動作に戻り、男はゲーミングチェアの背もたれに深くもたれて、タバコを吸い始める。
「しかし、最近のクールジャパンはすごいよなぁ」
ぼそりぼそりと、独り言。
こいつはいつもそうだ。誰とも遊びにもデートにも行かず、いつも部屋で一人きり。身体に悪そうなジャンクフードばかり食べて、暴言多めの独り言を私達に聞かせるように延々と語る。向こうは無意識なのだろうけれど、こちらからすればそれはまるで、母親に聞いてもらおうと一生懸命に話をする幼子の姿そのものだ。けれど中年男性がそれをしても、一つも可愛いはずがなく、こちら側からするとただただ気持ち悪く醜い光景でしかない。
「どんどん進化してきやがる。今作の女キャラなんて、まるで本物のような動きに、この表情……マジで最高。このために毎日クソみたいな会社に行ってるわ」
ねっとりと、舐め回すような視線がディスプレイ越しに私をなぞる。
「さーて、続きをやりますかね。そういえばちゃんと攻略サイト調べてなかったわ。ゲームタイトルは『この夢は、永遠に覚めない。』っと。検索。……よし出てきた。このゲームの舞台は2020年の日本の夏で、あなたは気になる女の子に……」
現実世界の2020年夏の日本がどんな状況だったのかも知らない、無学の男。
そんな人間でも、客であることには違いない――滅亡寸前の日本という国にとっては。
2020年、感染症の流行によって起こった世界恐慌。
それから日本は落ちに落ち、期待されていた21年のオリンピックも突然のテロでグダグダな終わり方となり、あとには借金の山と大量の高齢者、そして年金を払えず金も食料もない、パニック寸前の国民だけが残された。そこで最後の頼みの綱となったのが、ゲーム産業……俗に言われる『クールジャパン戦略』だった。
オリンピックの翌年、日本政府は二度目の非常事態宣言を出し、全国民を、
[クリアランスレベル]
という階級で分ける政策を発表した。
レベルAは、クールジャパンの基本戦略を決めるエリートたち。
レベルBは、それを支えるエンジニアやプログラマーなどの現場スタッフ。
レベルCは、第1次・第2次・第3次産業を担う、選ばれた優秀な一般市民および全ての未成年者。
そしてレベルDは……
「ま、いっか。どうせゲームだしな」
説明書を放り出し、男が再びマウスに手をかける。私は己の全身を構成する全データが、無数の痛みを予感して強張るのを感じとる。
肉体を剥奪され、ゲームデータのひとつとして、その精神だけを生身の時と同じまま生かされ続ける私達ランクDの日本国民は、日々学習する。この世界は、けっしてゲームなどではない。すべてが非情に管理され、綿密に計算された生存戦略。その中にゲームが組み込まれているというだけのこと。そこに娯楽性などひとつもない。私達にとっては何もかもが、掛け値なしの100%の現実でしかないのだ。
「——……大変お待たせしました。ただいまより、ランクマッチを開始いたします」
ふと耳に蘇るのは、あの運命を分けたランクマッチのときに聞いた自動音声。
「なお、このランクマッチでランクD降格となりました場合、再度ランクマッチの権限を得るには、
日本で生まれた子供は18になると、人生初のランクマッチに参加させられる。これは政府主催の、多種多様なゲームの形を模したVR能力テストであり、このスコアによって以後のランクが決まる。そして政府は3年のスパンで、ランクC以上の者を対象にまた同じランクマッチを設けている。確実に優秀な者を上に、劣った者を下にふるい落とすためのシステム。それがランクマッチなのだ。
一般市民に戻るのに必要な国家貢献ポイントは、合計1000京点。
いくら肉体と寿命を持たぬ電子の魂とはいえ、それはあまりにも気の遠くなる数字だった。一回のゲームソフトで稼げるポイントはせいぜい100か200が関の山だし、そもそも一度ソフトがリリースされたらたとえ売れ行きが不振でも、数年間は販売され続けるので、その間は新しいゲームにキャラとして参加することはできない。
「あー、やっぱ日本って、素晴らしい国だよな」
ディスプレイの前で、男が恍惚のため息をつく。
「俺もいつかは金貯めて行くんだぁ。日本語も勉強して、日本人の友達も作るんだ。楽しみだなぁ……」
私はにっこりと偽りの微笑みを作った。
こんな生き地獄が続くくらいなら、いっそ生身の人間に戻るのを諦めて、一ゲームキャラとしてプレーヤーに愛されたほうが、きっと幸せになれるのだろう。そうは思うけれど、でもおそらくそんな奇跡など一生起こらない。だって彼らは移り気だ。新作にすぐ目を奪われて、心も奪われて、旧作のことなどすぐ忘れてしまう。それに第一、彼らは私達が心を持った存在であることなど知らないのだ。リアルさを売りにしているゲームキャラクターが、実は元人間だった、なんて。政府が公にするわけがない。そうしたら、それこそ国の終わりだ。
でも、それならいっそ、すべて終わってしまえば――
「日本は諦めません! 皆様に、ゲームで夢とワクワクを届け続けます!」
その矢先、聞こえたテレビコマーシャルの声に、私はこらえきれず失笑した。ああ――それも叶わぬ夢なのだろう。諦めないのだろう。いつかは必ず勝てるはずと、いつかの戦争の時のように。繰り返し繰り返し、終わることのないニューゲームを。
この
ギャルゲー、その非情なる裏側 名取 @sweepblack3
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