ボリウッド式意識改革

蒼狗

感情表現

 ボリウッドを知らない。

 そう友人に打ち明けたら、一枚のDVDを渡された。

 結論から言えばインド映画のDVDだった。宗教の対立に翻弄される物語。パッケージ裏を見ての印象はそんな感じだった。

 私の好きな現代社会に視点を当てた作品だ。おそらく数ある作品から私にはまるものを選んでくれたのだろう。友人とは映画談義に花を咲かせることがしばしばあるが、こうやって映画について無言で渡されたのは初めてだった。

 インド映画。映画が好きと公言しているのであれば通らなければ行けない道であるとは自覚していた。だが、なかなかほんのちょっとの踏み出す勇気が出ないのが人間である。突然踊り出す映画。そんあ印象がどうしても強かった。背中を押してもらう形になってしまったが、これでようやくその実態を知ることができる。

 久しぶりに、未知の物に対する好奇心がうずくのを感じた。




 踊った。

 シリアスな作品だと思っていたら踊り出したのだ。

 しかしそれ以外は私の中にあった映画像と何ら変わらなかった。笑いあり、涙ありのエンターテイメント作品。それが笑いあり、涙あり、ダンスありのエンターテイメント作品になっただけ。それだけだった。

 よくよく考えればそうだ。私は映画を通して違う国の文化を違和感なく取り込んでいる。アメリカのダイナー然り、イギリスの料理然り。

 そこにインドの感情表現の一つが追加されただけだ。何故今まで触れるのをためらっていたのかすら疑問に思える。

 気がついたら二回目を見ていた。はまってしまったのだ。

 物語のテンポも、題材も全てが気に入った。

 暗かった外も、気がついたらブルーアワーになり、あと少しで朝日が顔を出そうとしている。

 この心の内に沸き立つ感情を押さえられずにはいれなかった。

 すぐさま私は友人に電話をかけた。時間も何も考えていない。それほどまでに興奮していたのだ。

 コール音が消えると同時に眠そうな友人の声が聞こえてきた。

「こんな時間にすまない。でもこの気持ちをすぐに誰かと共有したくて」

 私は友人の返答も待たずに映画の感想をまくし立てた。要所要所で友人の眠気に満ちた相づちがあったが、聞いていようが聞いて無かろうが関係なかった。

「気に入ったようでよかったよ。勧めたかいがあった」

 眠気が完全に抜けきったタイミングで友人がようやく口を開いた。

「本当にありがとう。見るのを渋っていた自分をぶん殴りたいよ」

「まぁすごい違和感だったもんな」

 電話の向こうで友人のあくびをかみ殺すのが聞こえた。

「自分の国の映画くらい何個かは知っておこうぜ。それじゃなくてもお前結構感情表現が身振り手振りに出るんだから」

 部屋の隅の姿見は視界のはしに映る。

 朝日に照らされ、映画のホームメニューの音楽で振り付けを軽く踊る姿がそこにいた。

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