第4話 ネットを挟んだアイツが嫌い

夏の体育館は暑い。

直射日光に直火で焼かれるグラウンドとどちらが苦しいかは人によるだろうが、釜の中にいるようなむせ返る湿気は、体育館で長時間練習しなければ味わえないだろう。

長期休暇を返上してこんな釜の中で身体を動かすなど物好きなものだ、とかつては思っていた麻子も、今はバドミントン部の一員として、トレーニングに励んでいる。

そんな湯気が出そうな体育館の中のバドミントンコートはさらに熱気に包まれていた。



右へ、左へ、少し手前へ、また後ろへ、とショットを打ち分け互いを動かす。

幸香のコートに、夜月のスマッシュが矢のように突き刺さる。幸香はリストバンドで汗を拭い、拾ったシャトルを再び戦いの中に押し出した。

また前後左右に振り回したと思ったら、今度は体の正面へ。裏をかかれ夜月は絶好球を返してしまう。すかさず幸香の手から鋭く雷が落ちる。と見せかけて緩やかにネット際に。

難なく拾い相手コートに押し込んだ夜月だったが、幸香が手首を返し、シャトルを高くはね上げた。

左手を上げシャトルとの距離を測り、ラケットを振りかぶったのも束の間、夜月は目を細め動きを止めた。その一瞬で、幸香の打ち上げた羽根は地面に軽く着地した。


「ぬははははははは!!この程度に引っかかるようじゃ力不足やな夜月!!」

照明に重なった羽根を見失った夜月を、幸香はネット越しにラケットで指した。悪役でも今どきそんな笑い方しないと、麻子は思った。

「そっちこそ勝った訳でもないのに調子に乗ってると、痛い目見るよ、幸」

点を落とした夜月は既に左足を前に出し、次のサービスのモーションに入っていた。

「抜かせ!」

乱れた髪をかき上げて、幸香が吠える。そのコートに、夜月のサーブが舞う。

夜月とネットを挟んでいる時の幸香は、教室とはまるで顔が違った。



「まーたアイツらは」

「これ、練習なんだけどね」

自分たちの打ち合いを終えた2,3年生が、暑苦しそうに苦笑いを漏らす。まあ真剣なのは良いことだ、とまとめると部長は麻子の横に腰を下ろした。

「で、麻子はずっとアレ、見てたの?」

「はい。なんだかんだ言っても、やっぱり勉強になりますから」

「真面目だねえアンタは」

大会が近づく初夏に途中入部した麻子を受け入れてくれた先輩たちには感謝している。今も塩分を含んだ飴を差し出してくれる。

その先輩たちが言うには、この2人はそれはもう入部した時からこうらしい。




桜の木に、緑に混じって花がまだ少し残っていた頃。実力を見るために1年同士で軽く打ち合ってみろ、という指示で体育館に2人1組で散らばった初々しかった新入部員たち。


夜月と幸香は目が合った瞬間、何か通じ合うものを、否、何も通じ合わないことを感じ取った。

絡む視線は、数分前和やかに先輩と談笑していたとは思えない鋭さだった。


軽く、などと言いながら、幸香は多種多様な球種を夜月側に叩きつけた。

ウィップ、ドロップ、クリアー、ドライブと、夜月の前後左右にシャトルを飛ばす。

なんとも大人気ない、と思いつつ止めない部長も部長だが、夜月はそれらをその長い手足と体力で拾いきってみせた。

それどころか、狙っていなかったとはいえ幸香の足元に1本落としたのだ。


中学の頃は個人で全国まで行った幸香からすれば、センスがあるとはいえ未経験の夜月に喰らいつかれたことがよほど腹立たしかったらしい。


以降も2人は練習のたび、こうして白熱した戦いを見せている。




「そういや個人戦のダブルス、どーする?」

2,3年はある程度ペアが固定されてきているが、1年生は実験段階だ。春の大会の様子も含め、夏のペアは検討中。

「七海と飛鳥は練習した時よかったよね。幸香は突出してるからなあ。どうするか」

「案外、あの2人でも面白いかもよ」


コートを示す視線に従い、再び幸香と夜月の熱戦に注目が集まる。

ダブルスか。幸香と夜月が同じコートを守る姿を、麻子は想像した。


「今のはアンタの守備範囲だろ幸」


「ハァ!?アンタの腕なら届くやろサボんなや夜月!」


「そっくりそのまま返すよ」


「じゃあもう私の球取んなよ」


「そっちこそ」


敵以上に味方で衝突する様が浮かび、呆れ半分笑い半分。

とはいえ麻子含めほかの1年生は初心者揃いときているので、実力の拮抗している2人のペアは妥当なところだった。


「まあ、2人ともあれでワンマンって訳じゃないし、なんとかなるなる」

深い考えがあるのか何も考えていないのか、部長はドリンクを飲み干した。


まだコートでは、相手の首を狙い飛び交う矢の音が響いている。

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