キミの正体=キス×俺

リリィ

第1話「Kiss me」

「みんなー!準備はいいー?」

歓声とサイリウムが会場に広がる。観客が見ているのはただ一人。

「みんな、ボクに恋してね☆」


大音量で音楽が流れるビルの大型モニターには、マシュマロピンクのふわふわロングに透き通った白い肌、カールが最大限かかったまつ毛、目を合わせれば誰もが恋してしまいそうなうるっとしたターコイズブルーの瞳に…と言い始めたらキリがなくなるくらい、超絶可愛い今大人気のアイドル、ハルが映っている。どれくらい人気かって?それはもう、ダウンロードランキングに再生回数、CD・アルバム売り上げランキング、デビューから一ヶ月(現在まで)全て1位。そして、今流れているのが今日発売の新曲「すキスぎてツラいっ!」。今まで通ったCDショップには、買えなかった客でプチデモ状態。その光景を横目に自転車で通りすぎる俺は、普通の学校に通い、平均的な頭脳を持ち、平凡な生活を送る現役高校生、比良悠音ひら・はるね。残念な話、俺はハルが好きではない。あのアイドルスマイルが作り笑顔に見えるのは俺の目がおかしいのか。ハルの音楽がジャックする通学路を気持ち速くスピードを上げてしまうのは、俺の無意識なクセだろう。


ーー俺は普通でいたい、本当の自分に嘘をついてでも。


HRのチャイム10分前。少し酸素を欲しがる自分を遮るように、マスクをつける。いつも通り。

「今日の時間割、なんだっけな…」

そんなことを思いながら、下駄箱に手をかける。すると、いきなり背中に誰かがのし掛かる。いや、誰かではない。

「…その登場やめろよ、奈月」

「悠音がおっそいからじゃん。暇なんだよー、俺」

悪びれることなく、眩しい笑顔を向けるこいつは、琴平奈月ことひら・なつき。幼なじみっていうか、いわゆる腐れ縁だ。成績優秀、運動神経抜群、おまけに顔もいい。どんだけ男子諸君を敵にまわすのか。普通でいたい俺の天敵でもあるんだぞ、お前。

「おっと、今なんか悪口が聞こえてきたんですけど」

「はいはい、気のせいだって」

廊下を曲がった瞬間。

「うわっ」

「きゃっ」

痛ってぇ…。よくある運命の出会いってやつなら、俺は頼んだ覚えはないぞ。上体を起こそうと目を開けると、

「だ、大丈夫、ですか…?」

心配そうに俺の顔を覗きこむのは、究極可愛い女子…ではなく、前髪の間から覗きこむ右目、髪がクセ強すぎと突っ込みたくなるほどのくるくるグレーロング、丈が長すぎるスカート、気味悪女と認識するには充分な条件を持った女子だった。

「うわぁ!!…ぇと、あの、だ、大丈夫です…」

後ろで笑い声が聞こえたが、今はツッコんでいられる余裕がない。

脂汗がにじみ出る。幽霊を見ても同じ反応をするだろう。

「…あの」

「はいぃっ!」

情けない声だ。

がないなら、よかった…私は、これで」

あの女の姿が見えなくなった瞬間、無情にもHRのチャイムが鳴ったのであった…。


「はー、朝は面白いものを見せてもらったよ!」

中庭で昼食中、奈月は今朝の話を掘り返す。嫌な奴だ。

「その話はもうやめろよ…食欲失せるわ」

「ごめんごめん!…あの女の子、何年生なのかな?会って、また悠音を驚かせてほしいなー」

なんて嫌な奴だ。

「お前も同じ目に遭えばわかるぞ、目を開けたら至近距離であの気味悪女がいる恐怖…。トラウマだわ、ほんと。」

「そんなに気味悪いかなー?もしかしたら、意外とそういう女の子が超絶可愛いかったりするもんだよ」

「あの女が美少女とか…冗談だろ」

そう言いながら、パンを噛る。

そういえば。

あの女、「がないなら」じゃなくて「がないなら」って言ってたような。…まぁ、どうでもいい。忘れよう。

この時は、思ってもいなかった。あの出会いが、俺の平凡だったの日常を狂わせる「運命の出会い」だったなんて。


「…さん、至急職員室に来てください。〇〇先生がお呼びです。2年C組…」

お呼びだそうですよ、誰かさん。…さて、帰るか。弓道部の奈月と軽い別れの挨拶を交わし、自転車置場に向かう。

「えっと、鍵は」

ポケットに手を突っ込むと、

「…ぁの、あの!」

ん?俺を呼んでるのか。

「なん…うわぁ!」

ここでビックリ仰天。

「お前…気味悪女!!」

俺の背後に居たのだ、あいつが。いつから?なんで話しかける?まさか呪いをかけ…など非現実的なことまで考え込む。またまたパニック状態。

「き、気味悪女…?私、そんな名前じゃない…」

不審そうに俺を見る。どっちが不審なんだか。

「ぁあ、すんません!!」

ここは謝るが勝ちだ!そして、呪いをかけられる前に逃げろ、俺!

「あのー、俺、ちょっと急い…」

「そんなことより…私、急いでる!」

あいつが俺の言葉を遮る。え?それ、俺が言おうとしたセリフですが…。

「それで、俺に何か用件でも…?」

最大限の笑顔(引きつってます)で問いかける。

「一生のお願い…!私を乗せて自転車で逃げてほしい…先生から!」

待て待て待て。なにその、青春シチュは…!それより…

「聞きたいんだけど…なんで、俺?」

一番の謎、何故俺に頼むのか?自転車通学の男子なんていくらでもいる。お前とのエピソードなんて今朝のことしかないぞ。

「それは…」

ごくり。

「話せる男子がキミしかいないから…」

いや、嘘だろ…!今朝のアレが話したことになるのか!?俺なんて、ほとんどまともな日本語話してないぞ!?全力で脳内ツッコミをしていると…。

「あ、後でお金なら払うから…!い、急いで!」

100mぐらい向こうから声が聞こえる。

「いたぞ、柏木!!逃げるなー!!!」

げ。あれは…。

「生徒指導に追いかけられてんのかよ…!まさか、放送で呼び出しくらってたのって、お前か…」

「き、来ちゃった…。どうしよ…!」

仕方ない。捕まったら、俺まで訊問されそうだ。

「か、柏木っていったか?乗れ!スピード出すから、離すなよ!」

「う、うん!」

柏木を乗せ、俺はおもいっきりペダルを踏み込む。後ろから怒鳴り声が聞こえる。…あぁ、明日は呼び出し確定かな…。マスクの下でため息が出る。

「なぁ、どこに向かえばいいんだ!?」

「あ、えっと…テ、テレビ局」

はぁ?何の用があるんだか。

「よくわかんないけど、分かった!」

自然と速度をあげる。風が制服を揺らした。後ろに鼻歌をする変な奴を乗せて。

「呑気だな」

「? なんか言った?」


景色が明るく見えた。空が綺麗。澄み渡った青がどこまでも広がる。いつもなら気づかないはずなのに。


楽しいなんて思ってしまった俺が心の中にいた。


ーーーキキィー。

ブレーキ音で着いたことを知らせる。

「はぁ、あっちぃー…」

汗で制服とマスクが肌にひっつく。

「あ、ありがと…」

「別に」

戻るか。リュックから新しいマスクを取り出し、進行方向を逆にして、帰ろうとする。が。

「ま、待って!」

まだ何か用があるのか?足を止め、振り向く。

「まだ何か?」

すると、足早にこっちに向かってくる。

すたすたすた。

いつの間にか壁に追い詰められていた。

「…え、な、何…?」

柏木は上目遣い(前髪で隠れてるから謎だけど)で言った。

「…あ、あの。一生のお願い…。私に…キスしてほしい!」

「…… え?」

「…だから、私に、キスして!」

一瞬の沈黙。からの、

「はぁぁぁぁぁ!!!!?」


普通であったはずの俺の日常はこの日、崩れ去ったのであった…。

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