第7話収入

「鹿がいる。

 かなり大きい鹿だ。

 上手く狩れれば四万小銅貨になる。

 逃がして追いかけるようなことになれば、熱がこもり悪い血が全身に回って肉が不味くなるだけじゃない、今一番必要な薬の材料としての価値が下がる。

 私たちの狩り方ひとつで生死が分かれる人がいるんだ。

 イヴァン!

 ダニエル!

 この前みたいに腕自慢で追いかけたら殺すよ。

 ニカ、どんな魔法を使っても構わない。

 命令に反したら殺しな」


「はい、おばあ様」


「エマは鹿を狩るんだよ」


「はい、おばあ様」


 ダニエルが目を伏せています。

 昨日の狩りで、ドウラさんの待機の命令を無視して、鹿を狩ろうとしました。

 イヴァンはそれを止めようとしただけです。

 ですがその気配を鹿に気づかれてしまいました。

 鹿は逃げ出してしまいました。

 私たちなら、追って狩る事はできたと思います。

 

 ですがドウラさんは鹿を追いませんでした。

 怒髪天を衝く勢いで、ダニエルとイヴァンを殴り続けました。

 ダニエルは抵抗しようとしましたが、全く手も足も出ませんでした。

 イヴァンは無抵抗で殴られ続けました。

 私が止めなければ、殴り殺していたと思います。


 今のドウラさんの言葉で、ようやくあれほど激怒された真意が分かりました。

 私には痛いほど分かります。

 厄竜のまき散らす病で、家族を失った私には……


 まあ、今のダニエルとイヴァンには鹿を追う事はできないでしょう。

 普通に歩くのも辛そうです。

 死ぬ寸前まで殴り続けられたのです。

 並の人間ならベットから起き上がるのも不可能です。

 今ここに立っているのは、元騎士家の矜持なのかもしれません。


 私たちはドウラさんの指示通り、鹿に悟られないように、気配を消して、当然臭いで気づかれないように、風下から鹿を追いました。

 さっき怒られたばかりです。

 ひりつくような雰囲気です。

 自分の未熟さで、鹿に存在を知られたらどうしよう。

 そんな不安が心によぎります。


 エマが呪文も唱えず魔法を放ちます。

 大道芸の見世物魔術ではありません。

 宮廷で己の技を貴族に見せて立身出世を狙う魔術でもありません。

 実戦魔術です。

 発動までの時間は短ければ短いほど役に立ちます。

 人間相手に戦うことになった場合は、呪文の邪魔をされたり、呪文から対抗策を用意されてはいけないのです。

 無詠唱魔術こそ最強なのです。

 鹿が斃れました。

 全く身動きすることなく、その場に倒れたのです。


「イヴァン!

 ダニエル!

 麻痺しているだけでまだ生きている。

 急いで足を縛って吊るしな。

 血も薬の材料になるからね。

 一滴も無駄にするんじゃないよ!」


「「はい」」


 何故でしょう?

 ダニエルとイヴァンがチラリと私に視線を向けます。

 分からない事は深く考えない。

 死んだ実父の教えです。

 それくらいでないと、冒険者は続けられないと聞いています。


 そんな事よりは分配金です。

 半分はドウラさんの取り分です。

 これは当然です。

 ドウラさんが教えてくれなければ、通常の倍で買い取ってもらえるような狩り方はできません。

 そもそも鹿を見つける事すらできません。


 残り二万小銅貨を五人で分けますから、私の取り分は四千小銅貨です。

 宿泊費などを差し引いて、今日までに溜まったのが十二万小銅貨です。

 義父上の年収が四万小銅貨ですから、ドウラさんの凄さが身に染みて分かります。

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