ガンコイ

三八式物書機

第1話 恋より銃だろ?

 鏑木哲也

 成績優秀で運動も出来て、顔も良い。家は武家の家系で資産家。

 それでいながら、本人がそれを鼻に掛けるような言動を一切しない。

 周囲から一目置かれる存在なのは間違いが無い。

 だが、そんな彼はいつも一人だった。

 別にイジメられているって事では無い。

 彼自身が他者との交流を求めないし、第一、近付き難い雰囲気があった。

 彼の唯一の欠点と言われる事が所以だ。

 

 哲也はいつも通り、急いで家路に着こうと昇降口へと向かっていた。

 彼は委員会や部活には所属しない。根本的に学校が嫌いなのだ。学校に居る時間は苦痛でしかない。

 急ぎ足で昇降口に並ぶ下駄箱の扉を開く。

 「んっ?」

 靴の上には封筒があった。哲也は面倒臭そうに封筒を手に取る。

 封筒は愛らしい絵柄が躍る物だった。ハートのシールで封がされている。一目でそれがラブレターだと解る。

 哲也はそれを手にしたまま、靴を取り出し、上履きと履き替える。それから、昇降口の出る所にあるごみ箱にラブレターを捨てて、家路へと着いた。

 彼にとって、恋愛などどうでもよかった。

 そんな事より夢中になれる事があるからだ。

 

 彼が昇降口から出た時、突如、背後からの衝撃で地面へと転がる。

 「何をしとるんじゃー!」

 哲也が受け身を取りながら、衝撃を受けた方を見るとそこには一人の女子生徒が立っていた。

 「何をするんだ?」

 哲也は彼女に突き飛ばされたと思い、珍しく感情を露わにする。

 「お前、今、ラブレターを捨てただろ?」

 腕を組み、仁王立ちする女子生徒は哲也を見下ろしながら、そう告げる。

 「ラブレター・・・あの封筒の事か。すまないが、俺には関係が無い物だと思ってね」

 「仮に興味が無くても、あの場で捨てる必要は無いじゃろ?」

 怒りの形相で睨む女子生徒の気迫に哲也は少し怖気る。

 「そ、それは悪い事をしたね。だけど・・・本当に興味が無いんだ」

 ズガッ

 哲也の顔面に女子生徒の前蹴りが躊躇無く、叩き込まれる。その一撃で哲也は背後から崩れ落ちる。

 「黙らんかい!」

 女子生徒は握り拳を作りながら怒りを高ぶらせる。

 「き、君、暴力はダメだよ」

 哲也は倒れたまま、怯える。

 「五月蠅いわぁ!とにかく、ラブレターを読め!」

 彼女は破れたラブレターの残骸を哲也に叩き付け、去って行った。

 一体、何だったのだろうか?卓也は突然の嵐にでもあったような状況で破れたラブレターの残骸を手にして、家路に着く。


 翌日。

 哲也は恐る恐る登校をした。

 昨日の女子生徒の姿を探る。

 昨晩、ラブレターを何とか貼り合わせて、解読を終えた。

 内容はあまりに普通で、明日の放課後、校舎裏で待っているという事だった。因みに明日と言う事は今日の事である。そして、名前の記載が無かった。この送り主が昨日の暴力女である可能性は高い。だとすれば、危険過ぎて、この要求に応える事は出来ない。

 確かにこれまで観て来た映画やアニメで強い女性ヒロインってのは憧れるものではあったが、それはあくまでも劇中のヒロインって事だけだ。現実に強い女と付き合うなど想像も出来ない。そもそも、本当に恋愛などに興味は無いのだ。

 「休めば良かったのか・・・いやいや、ズル休みは・・・・」

 真面目な性格が災いをしていると自分を評価する。だが、登校した以上、ちゃんと授業を受けて、いつも通りに帰るしかない。むしろ、要求は放課後。危険は帰る時だけだろう。

 そう思いながら教室へと行くと、そこに昨日の女子生徒が立っていた。

 「よう」

 後退る哲也。

 「逃げるなよ。あたしの足は50メートル10秒を切るぜ?」

 あまりに素早い動きで迫られ、哲也は驚く。

 「それより・・・放課後・・・解っているな?」

 「ほ、放課後・・・用事があるなら、ここで構わないだろ?」

 哲也は迫る女子生徒にそう告げる。

 「ああん?あたしはお前に用事は無いよ。用事がある奴は別だ」

 「べ、別?」

 「ああ、とにかく・・・ちゃんと来いよ。見張ってるからな。場合によっては・・・」

 そう言って、彼女は拳を握りそれを反対の手で覆い、指を鳴らす。

 「ああ・・・」

 そう返事をすると、彼女は満足したように去って行く。

 大変な事に巻き込まれてしまった。

 何が起きるか。どんな人物が待っているのか。

 まさかと思うが、突然、レイプされるんじゃないだろうか?

 そんな不安が過る。

 これまで女性には興味が無かったが、まさか恐怖を与えられるとは思いもしなかった。

 多分、あの女子生徒はこちらの動きを監視している。

 しかしながら、相手の思うようになっていてば、最悪の事態しか浮かばない。

 

 5時限目が終わり、哲也は速攻で帰る支度をする。

 周りの生徒は普段、あまり慌てる様子を見せない哲也が慌ただしく帰る様を見て、驚いている。

 教室を飛び出し、廊下を早歩きする。別のクラスのあの女子生徒の姿は無い。まっすぐに昇降口を目指しては、廊下などで追いつかれる可能性がある。その為、すでに靴を確保しており、昇降口以外から校舎の外に出ることを画策した。

 相手はこちらの姿が無いと知れば、すぐに昇降口で待ち伏せするだろう。その裏をかくつもりだ。

 校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下の切れ端から靴を履き替え、上履きを靴を入れていたビニール袋に入れて、歩き出す。

 学校から出るのも昇降口から見える校門では無く、裏門からだ。

 あまりに完璧な作品に酔いしれてしまいそうな卓也。

 颯爽と歩き、裏門へと向かう。

 「よう」

 裏門からサラッと姿を現したのはあの女子生徒だった。

 「なっ!」

 予想外の展開にただ、驚くしか無かった哲也。

 「何でここにって感じだな?」

 女子生徒はニヤニヤしながら哲也に近付く。

 「悪いが・・・あんたの事は完全に監視しているって言っただろ?」

 そう言って、彼女が見せたのはスマホの画面だ。そこにはSNSサービスの画面がある。そのやり取りの中で哲也の位置が次々と報告されている。

 「悪いけど、あっしの交友関係は広くてね・・・あんたの事はこの学校の殆どが見ていたわけだ」

 「なっ・・・なんだとぉ」

 哲也はたじろぐしか無かった。まさかの周囲の目が全て自分に向けられていたなんて事を突然、言われて、唖然としない奴は居ないだろう。

 「さて、諦めて、校舎裏へと来て貰おうか」

 女子生徒は哲也を掴もうとする。だが、哲也はそれを避ける。

 「悪いけど・・・女の子と戦うつもりは無いが・・・身を守る為なら仕方が無い」

 哲也は構えた。それは米軍が採用するマーシャルアーツの構えだ。

 「へぇ・・・心得でもあるのかい?」

 女子生徒は面白そうに卓也を見る。

 「ふん・・・僕の趣味の範疇じゃないが・・・将来を見据えて、多少はね」

 「悪いけど・・・素人の付け焼刃は・・・危ないよっ」

 女子生徒は飛び込んできた。あまりの速さに哲也は追い付けない。女子生徒の肘鉄が哲也の胸を強打する。一瞬にして、哲也の身体が吹き飛ぶ。

 「軽い軽い。手加減はしたけど・・・」

 女子生徒が倒れた哲也を見た時、彼は気絶をしていた。


 哲也が目を覚ますと白に黒い点々が目立つジプトーンの天井が見える。

 「ここは?」

 周囲を見渡すと隣に女子生徒が座っていた。それはさっきの暴力女じゃない。清楚で大人しそうな眼鏡の似合う理知的な雰囲気を漂わせる少女だ。

 「き、君は・・・」

 「あ、あの・・・まぁ、冴島さんが迷惑を掛けたみたいでごめんなさい」

 「冴島・・・あのぼう・・・女子生徒か・・・あいつは?」

 「あの、席を外して貰っていて」

 「席を・・・ひょっとして、君があの封筒の送り主?」

 唐突に哲也は思い出し、尋ねる。その問い掛けに少女は顔を真っ赤にした。

 「す、すいません」

 あまりの恥ずかしさに立ち上がる少女。

 「どぉあほぉおおおお!」

 突如、扉が開かれた。この時、哲也は初めてここが保健室で、自分がベッドの上に寝ているのに気付いた。

 「ここまでセッティングしてやってるんやから、ちゃんと告白せんかい!」

 さっき、哲也を倒した女子生徒が眼鏡の女子生徒に喰って掛かる。

 「で、でもまぁやちゃん。恥ずかしいよぉおお」

 眼鏡の女子生徒は泣きそうになりながら、言う。

 「恥ずかしいよぉじゃない。可愛いな。いやちゃう。おまえ、唐突にラブレターの送り主なんて、聞くなや。ぼけぇ」

 突然、文句を言われて、哲也は驚く。

 「ぼ、僕は関係ないだろ?」

 「おおありじゃ、ぼけぇ。お前はこれからこの鷺宮詩織の告白を受けるんじゃ」

 「こ、告白?」

 「まぁやちゃん!恥ずかしいよぉ!」

 「可愛い声を出すな!ほんまに可愛いな。いや、答え出さんかい!」

 詩織に抱き着かれながら冴島が卓也に向かって怒鳴る。

 「こ、告白って・・・僕は・・・銃にしか興味が無いし」

 「はぁ?・・・今、何て言うた?」

 「んっ?だから・・・銃だよ。銃。僕は昔から銃を愛でるのが好きなんだ。その為に全てを投じているし、将来は銃を手にする為にアメリカへの移住も考えている。だから、恋愛などに興味は無い。だから、鷺宮さんだっけ?諦めてくれ。今の僕は銃の事で頭がいっぱいなのだ」

 哲也は平然とそう告げた。その一言に二人の女子生徒が凍り付いた。

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