コントラクトプリセンス
十朗
こればかりは許されじ
僕はごくごく普通のサラリーマンだ、恐らく。だって、ごくごく普通のサラリーマンってのは、仕事帰り、路地で、複数の、黒服の、ヤンキーじゃない男達に囲まれたりしない。しかもそのうちの一人は、最近転部してきた新人君ときた。あとの二人は知らない。
彼は相変わらず曇りなき笑顔を向けてくる。安心してくださいよ先輩、カツアゲじゃないんですよ、とかなんとか言ってる気がするが、こちとらそんなことをちゃんと聞いてあげられるほど落ち着いてない。知らん二人のうち若いのがさっさと処分しちまいましょう、といい、もう一人の老人が待ちなさい、まだなんとかがなんとかと言った。処分。ほら新人君、やっぱりカツアゲじゃないですか。
パシン、と何かが鳴った。その音は自分のほおが叩かれた音で、呆然と突っ立っていた自分の体が倒れかかっているということを認識するのには時間を要した。ハッと我に返る。
「ちゃんと聞いてました?ほらこいつ絶対今呆けてましたよね」
「やめなさいトキさん、あくまで私たちの仕事は彼を捕まえることです。まだ手を出していいとの許可は降りていないッ」
やんやと騒いでいる二人を尻目に、新人君は足がすくんで動けなくなった僕の顔をあの笑顔で覗き込んで、瞬きひとつせずこう仰る。
「ていうわけなんです、先輩。大人しく、それを渡してもらえませんか」
何かを指差す男の顔が、恐ろしくて見られない。
「や、やっぱりカツアゲじゃないか」
やっと絞り出すように声が出せた。
「今そこは別に重要じゃなくないか?ほらヨンジョウさん、今のこいつに交渉とか絶対無理ですって。黙ってもらってけばいいじゃないですか」
「だから、実力行使はやばいんですよ!下手をすれば我々の相手は
トキと呼ばれた男はため息をついて僕を睨んだ。凄まじいビル風がわさわさと彼らのコートを揺らしている。
「下手に刺激するなってか、今んとこはただの指輪なのにな」
指輪。その一単語がトリガーになって、何かのピースがはまっていく。硬直していた体に少しずつ血が巡って行くような感覚。やっと頭が回ってくる。
ははあ、なんとなく今の状況はわかったような気がした。
でも僕は、僕の女神に誓って、こいつを手放すわけにはいかないんだ。
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