不良だと自称するなら、拳で闘え! 野良犬根性見せてみろや!【前編】
──ピーンポーン
夜に家のインターホンが鳴った。応対したタケさん(兄の悪友)が「あげはちゃんお友達だよー」と言ってきたところからおかしかったんだ。兄の友達がなんでうちのインターホン応対しているのかってことも十分おかしいけどね? 今日も今日とて兄の友人らはウチに入り浸っている。
それよりも私に来客とな。
茉莉花や学校の友達は私の家を知らない。だって不良がたむろっているからそれを知られたくないのだもの。小中の頃は仲いい友達がいなかったので、友達らしい人が私を訪ねてくることはありえない。
自称舎弟の輩のことかな…と顔が渋くなってしまったが、夕飯時なので早く帰ってもらおうと玄関の扉を開けた。
扉の向こうには、中学指定の制服の上に、濃桃色の……いわゆる特攻服を身に着けた少女が一人佇んでいた。
髪は金髪に染めている。背は160もない。あどけない顔つきで、瞳がキラッキラ輝く子犬みたいな女の子だった。
だけど、申し訳ないが全く見覚えがない。
……誰だ?
「三森あげは! あたしとチーム組もうぜ!」
単刀直入すぎるだろ。何だよ、チームって。サッカーでもするのか。
戸惑う私がこう返しても悪くないと思う。
「……どちら様でしょうか」
「あたしはサンダースのちえりだ!」
彼女はそう言ってドヤ顔で背中を見せてきた。特注の特攻服には蛍光イエローで刺繍がされていた。…【桜桃】?
「…おうとう? さくらんぼ?」
「ちえりだよ!」
読み間違いをすると、桜桃さんから鋭く突っ込まれた。こりゃすまん…だけどどう頑張ってもその漢字じゃちえりと読めないと思うんだ。
「紅蓮のアゲハの娘、今こそサンダースの復興を目指そう!」
「……ポケモンか何かでしょうか」
「はぁぁ!? あんたの母親が率いていたチーム名だよ! 娘なのに知らないの!?」
知らんよ。サンダースならケンタッキーのおじいさんを出しても良かったんだぞ。
お母さんの過去関連の人か……どこで私のこと聞きつけたのやら。なんで私にばかり集中して変な人が寄ってくるのか……私はため息を隠さずにげんなりしてみせた。
「……ごめんけど、私と母は全く別の人間だから……そのサンダースを従える気もない」
私は非行に興味ない。そもそもそんな事したら退学になってしまう。うちの雪花女子学園はそういうとこ厳しいんだ。そうなったら何のために女子校に進学したかわからなくなるだろうが。
「なんで!?」
「私は不良になりたくないの。普通の女の子だもん…もう遅いからお家に帰りなさい。どこの子? 家は遠いの?」
言い聞かせるように説明してあげた。蛙の子が蛙というわけではないのよ。私はむしろ家族の功罪によって被害を被った側だから、不良とはできる限り距離を置きたいタイプなんだ。
この子は多分悪いことに魅力を感じてしまう年頃なんだ。きっと高校生くらいになったら夢から覚めるはず。
「…見くびった…! 母親の意志を継ごうとは思わないのか…!」
わなわな怒りに打ち震えて、私を射殺すような視線を向けてくる桜桃さん。
そんな事言われても……不良って世襲制じゃないし。親の影響を受ける子どもは多いけど、全員がなるものじゃないのよ。
「うちのお母さん、私に不良になれって言ったこと無いよ。意志もなにもないよ…」
何故この子がそこまで【紅蓮のアゲハ】に固執するのかは知らないが、不良に夢を見すぎじゃないのか。世間から見たら爪弾きものだぞ。不良になった過去なんて何の役にも立たんぞ。現に私は両親の過去にドン引きしている。兄がどう思ってるかは知らんけど。
この子が何を言おうと私の意志は変わらない。私は普通の女の子、不良なんかにはならない。それから離れたくて女子校に通っているのだ。頼むからそっとしておいてくれ。
ボソボソ、と桜桃さんが何かを呟く声が聞こえた。だけどはっきり何を言っているのかがわからないので、「ごめん、なんて?」と聞き返す。
「アゲハはアゲハでも、所詮羽根虫。羽根をもがれた醜いアゲハ蝶なんだ!」
名前をディスられた。
人が気にしていることを…!
「やかましいわ! 私かて改名したいわ!!」
私がそう怒鳴り返すと、ズバーンと玄関の扉が放たれた。
「今何時だと思ってんだいあげは! ご近所さんにご迷惑だろ!」
「だってお母さん!」
そもそもあなたが私に「あげは」なんて名前を付けなければこんな事にならなかったんだよ!? 子どもの人生なんだと思ってんだ!
「嗣臣君は夕飯の準備を手伝ってくれるってのにあんたって子はいつまでも落ち着きなく…」
ちくりと嫌味を言われた。
だがちょっと待って欲しい。
家にたむろう不良らはタダ飯喰らいだぞ? お客様の度合いを超えた存在だぞ? それくらい手伝って当然でしょうが。むしろもっと奉仕しろって話。
「いや、いつも無料でご飯食べてくんだからそのくらいして当然じゃない?」
「いいからあんたも夕飯作るんだよ!」
「やだ! 包丁怖いもん!!」
「レタスでもちぎってな!!」
先端恐怖症の気がある私がお手伝いを拒否すると、レタスをちぎる係に任命された。一応譲歩してくれたみたいである。私はお母さんに腕を掴まれて無理やり家に戻された。
外に桜桃さんを放置したまま。
──彼女が勝手に私に期待して、勝手に失望した後、悔しそうな顔で悪態ついていた事を私は知らない。
「友達と喧嘩でもしたの?」
「嗣臣さん、それわざと聞いてます? 私、地元に友達いないんスよ」
兄らのせいでな。
何故心の傷のかさぶたを剥がすような質問をしてくるのか。私は夕飯のおかずを突きながら隣に座っている嗣臣さんを胡乱に見上げた。
今日の夕飯は豆腐でかさ増ししたハンバーグだ。不良共が入り浸っているせいで我が家のエンゲル係数が大変なことになっているので、夕飯時は節約メニューなことが多い。
……不良共はお世話になってる分金を出すとお母さんに言っているが、お母さんが「子どもからは金を取れない」と断っているようだ。
週の半分以上は不良共を交えて食卓を囲む。……血の繋がりが無いのに大家族みたいになってて、それに慣れてしまっている自分が怖い。
「ていうかなんで私のハンバーグ2つに割れてるんですか?」
「蝶々型にしようとしたらひっくり返した時に割れちゃったんだ。ごめんね?」
せんでいいわ。普通のハンバーグでいいです。やること女子か。
形はともかく味は美味しい。やだ…私、嗣臣さんに女子力負けてんじゃん……蝶々型のハンバーグだと?
「あんまり調子に乗らないでくださいよ?」
「ごめんね?」
首を傾げて謝られた。サラリと黒髪が流れてそのご尊顔を晒す。なんだか無性に腹がたった。
このナルシストのオトメンが。
■□■
「誠に申し訳ありませんでしたぁ!」
「したぁ!!」
ザッと横一列に土下座する派手頭集団。
中央にいる赤モヒカンは菓子折りを差し出しながら平伏していた。
「あ…あげはちゃん……」
「茉莉花が怖がってるでしょ! そのお菓子だけ置いてとっとと帰りな!」
男性恐怖症の茉莉花にはそれらが恐ろしくてたまらないらしい。恐怖で震える茉莉花の視線が定まっていない。ただでさえ前回こいつらに拉致されて怖い思いをしたというのに…コイツらは馬鹿か!
背中に隠れた茉莉花を庇いながら私が赤モヒカン達に帰れと命じると、奴らはオロオロしていた。
「ですがあげはさん…」
「茉莉花はどうしたい? コイツらの謝罪受け取る? それとも二度と顔を見たくない?」
私が被害者である茉莉花の意見を聞こうと彼女に問いかけると、茉莉花は眉を八の字にして困った顔をしていた。
茉莉花は優しいから本人目の前にして本音は明かせないか。
「よし、わかった。後は私がなんとかするから茉莉花はもう帰って」
「あげはちゃん…」
「大丈夫。私が強いこと、茉莉花は知っているでしょ?」
不良男たちに囲まれること自体が恐ろしくてたまらないであろう。茉莉花の手に菓子折りの入った紙袋を握らせると、先に帰宅するように支持した。
彼女は心配そうだったが「後でメッセージ送って」と言葉を残して小走りでその場から立ち去っていった。
「茉莉花さん、可憐ですね…」
「茉莉花に近づくなよ? 近づいたら潰すからな?」
「えっそんな!」
「あの子は男性恐怖症なんだよ。しかもあんたらにもトラウマがあるの。あの子のために近寄るんじゃないよ」
毒蠍リーダー・赤モヒカンの隣にいる金髪黒マスクがポヤーンとした顔で茉莉花が立ち去る後ろ姿を見送っていたので、念押ししておいた。
ただでさえ男が苦手なのに、あんたみたいな物騒な男が近づいたら可憐な茉莉花がショックで倒れちゃうだろうが。
ガクンと項垂れる金髪黒マスク。恨むなら自分たちの行動を恨め。
「頼むから、学校付近で待ち伏せするの止めてくれない…?」
そもそも人の帰宅時間を見計らって待ち伏せとはどういうことだ。学校の人に見つかったらどうしてくれるんだコイツら!
「すいません! どうしても落とし前を付けておきたくて!」
「うん、今回はもういいよ、だけど今後はやめてね。…じゃなきゃ、私の女子校生活に影が落とされることになるから……!」
怖い人達とつるんでると噂になったら…本当に困るんですよね!
人は見た目じゃないって言う人いるけど、やっぱり第一印象で決まっちゃうよ。特に親しくない人は尚更にね。
そのせいで私の中学時代は暗黒時代だったのだから……ダークネスだよ、わかるか。
「あげは姐さん!!」
そうそう、そんな呼び方されてね……
「お久しぶりです! あげは姐さんが毒蠍を従えたと噂を聞きつけたんで様子を見に来たんですけど!」
兄の通う工業高校と同じ学ランを身に着けたリーゼント集団の姿に私は過去の悪夢を思い出してしまった。
何故ここにいるのか。こやつらの高校は正反対の場所にあるはずなのに。何故どいつもこいつも、人の高校付近に集結するのか。なんか恨みでもあるんか?
決別したはずの過去がぶり返してきた。
「あげはさん、こいつらなんです?」
「おい、てめぇ姐さんに対して馴れ馴れしいぞ」
赤モヒカンがヒソヒソと私の耳元で問いかけてくると、それを見咎めたリーゼント集団リーダー格の男がガンを飛ばしていた。
「あぁ? 何様のつもりだテメェ」
当然のことながら毒蠍のメンバーたちは一斉に殺気立つ。その辺り不良らしいよね。血気盛んすぎない?
「俺たちはあげは姐さんと同中だったんだ。つまり舎弟だ。ぽっと出のお前らとは違うんだよ」
「違いますけど!?」
舎弟にした覚えないから! あんたらが勝手に慕って来ただけでしょうが!
「認められてねぇじゃねーか」
はん、と鼻で笑う赤モヒカン。
おい、やめろ! 煽るんじゃない。あとが面倒なことになるだろうが!! 言っておくけど赤モヒカンたちのことも何ひとつ認めてないからね!?
「偉そうに…お前らはあげは姐さんの何を知ってるってんだ!」
「はぁぁ!? やんのかテメェ!」
沸点低いヤンキー共がイキリはじめて、一触即発状態になった。
「やめろアホども! 近辺の人のご迷惑になるだろうが! 喧嘩がしたいなら人のいないところでやりな!!」
「ですけど姐さん!」
「…白石、私の輝かしい女子校生活に傷でもつけに来たのか? 私は昔の私とは違うんだ。今の私は淑女になるべく女子高に通うか弱い女子高生なんだよ!」
今の私はそのへんにいる普通の女子高生なんだ! 頼むから私のイメージを崩す真似だけはよしてくれないか。
「え。か弱い…?」
赤モヒカンが困惑した声を漏らしていたので、私は奴を鋭く睨みつけた。
「なにか文句でも?」
「いえ、なんでも」
じゃあなぜそんな微妙な顔をする。私の言うことは絶対なんだ。私はか弱い女の子! リピートアフターミー!
奴らはサッと話を切り替えると、『よっしゃあ、そしたらどっちが姐さんの真の舎弟なのか勝負で決めようぜ』と不良共はぞろぞろとどこかへと移動し始めた。舎弟とかいないし、それって順位付けることじゃなくない?
私はそれを見送るとため息を吐く。ドッと疲れた。マラソン大会に参加したあとみたいに疲れたぞ…
──ふと、視界の端に濃桃色が映った。
あの特攻服を来た桜桃さんが電信柱の影からこちらを観察しているではないか。
…なんでここにいるの? 不良共はなにかに呼応してここに集結したの?
桜桃さんがどこの学区の中学生かは知らないが、間違いなく私に会いに…監視しに来たに違いない。
「桜桃さ…」
だけど私が声を掛けた瞬間、彼女はダッシュで逃げていってしまった。
私と目が合った瞬間、彼女は私を睨みつけていた。その目には不満が如実に現れていて、なんだか責められているような気分になった。
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