魔法世界にたった一人の剣使い

ミヤイリガイ

学部戦篇

プロローグ「旅の支度」


 カタカタとヒールを地面に叩き付ける音が静寂の城内に響き渡る。東の方角から太陽が照らし始めている中、一人の少女、リア・イスカリアは、血相を変えて走っていた。無我夢中で走っているせいか、額には少し汗が滲み出るが今の彼女にはそんな事は、関係なかった。

 ここは、日本から太平洋へと離れた孤島の国――イスカリア共和国。日付変更線に近い巨大な島には、イスカリア王が存在する。彼女はその王の娘で、五人兄妹の長女だ。上には、四人の兄がこの城で生活をしている。

 ――お父様、どうして……

 彼女は、心の中でそう思っていた。リアが王の容態を急変させたことを聞かされたのは、小鳥のさえずりが綺麗に響き朝を告げていた早朝のことだ。いつもの様に目を覚ましたリアは、着替えを済ましてから化粧台の前に座った時だ。見回り役の衛兵が突然部屋へと入り込んだ事がきっかけだ。ブロンドの髪をも手直しする事も忘れ、直ぐさま部屋から飛び出したリアは、自室から広い廊下を駆け抜け、肩で呼吸するくらいに息を切らし、ようやく王の寝室まで着くと休む間もなく、その扉を勢いよく開ける。

「お父様!!」

 思わず声を張り上げるリア。人が集まっている割に静かな寝室には、寝る間も惜しんで何日も愛する夫の為に付き添っていた王妃と4人の兄達が息を殺しながら刻々と弱まっていく王を見つめていた。リアは、そんな部屋の風景を眺めるとそれが現実だと突きつけられる。ゆっくりと、横になっている王に近づくと雪崩れる様にその場に座り込み意識の無い父の手を取る。

「お父様、リアです!お気を確かに!!」

 涙を堪えながら王に声をかけるリアだが、むなしくも王からの返事はない何度も言葉を投げかけるも返ってくる気配がない状況に胸が苦しくなり、瞳から溢れた涙を隠す様に王の手に顔を伏せる。兄達からは、

「もう諦めろ」

「言うだけ無駄だ……」

 といった兄達の声がリアの耳に刺さる。彼らは、リアよりも前から寝室に居て状況をしっているせいか、そんな言葉が王の横で泣いている彼女の心を締め付ける。

けど、最後に……。

 ――どうか、一言だけでも言葉を聞きたい……

 その一心で泣き叫ぶ。彼女の心からの泣き声にその大粒の涙に王妃を始め兄達も何も声が出なかった。末っ子とは言え、十六のリアには早すぎる父の死だからだ。成人を迎えてない娘を置いて旅立つのがどれだけ辛いか……。それは、父であるイスカリア王しか分からない辛さなのかもしれない。そう思うと誰も何もすることが出来なかった。

 そんな中、泣きながら呼びかけるリアの声に応えるかのように、王の口がゆっくりと動き始めた。「ウッ……アァッ」と言った微かな声から始まった王の言葉に誰もが驚き、耳を傾けた。中でも最初に王の声を聞いたリアは耳を王の口元へと近づけ彼の言葉を聞く。

「――剣王を、探しなさい」

 剣王とは、かつて欧米諸国からの独立戦争時に手助けをしてくれた伝説的英雄だ。太陽に照らされる頃、西の方角から姿を見せ、多くの連合国軍を瞬殺し、太陽と共に西の大陸へと向かい姿を消した。その助力がなければ今のイスカリアはないと言われている。そんな英雄を探せとイスカリア王は言った。

 それが、自分の父の最後の願いなら……。そう思うとリアは、強く頷き父から離れ再び立ち上がる。あれだけ流していた涙を流していた少女がたった一言聞いただけで泣きたい気持ちを消してその願いを叶える。そう言った誓いの意味がこもった表情を彼女から感じられた。

「分かりました、お父様!このリアが剣王を探しに行きます!」

「――頼む、リア……。最後にもう一度、我が友に、会いたい……」

 そう言い残してイスカリア王は、また意識を失う。正直見ていられない、こんなに弱り切ったお父様を見るのはとても心苦しい。だからこそ、早く願いを叶えなくてはならないとリアは、使命のように感じた。

 ――だから、待っていてください。お父様

 リアは、意識のないイスカリア王を見て胸の中の自分が言うと、涙で滲んだ視界を拭い、呼吸を整え、視線を母親の方へ向ける。

「お母様、行ってきます!」

「リア……、頼むわね」

「はい……必ず、必ず剣王様を連れてきます!!」

 そう言い残してリアは、王の寝室を後にした。





 ◇◇◇

 王の寝室から離れたリアは、まず蔵書室へと、立ち寄る。まずは、情報収集からだ。彼女は、『イスカリア独立戦争』に関する情報が欲しいと思ったからだ。

三年前に起きた独立戦争。この大戦でどれほどの人が死に至り今もなお傷ついている人が居るのだろうか……。リアは、知る由もない。今はただ、王の友である剣王の情報が欲しい。その一心で彼女は本棚にある数多くの中から一冊を取りだして読み始める。

日頃から本を読む事を日課としていたリアにとって本は、友達みたいな物と言った認識があり、すんなりと読めるも……。

どの蔵書に目を通しても剣王がどこの国から来たのかは、書かれてなかった。丁度、10冊ぐらい読み終えた頃だった。リアは、本を机の上に置き両手を伸ばして一休みする。

「見当たらない……早く手がかりを探さないと」

 情報が少なすぎる……。

 いくつかの本には、体は中学生ぐらいの背丈で黒髪の少年としか書かれていなかった。能力を発動する際に、右目が赤くまるでルビーの様に輝くとしか書かれていなかった。黒髪の少年など太平洋を挟んだアジアと言う大陸に行けば、山ほど居る。そんな中でたった一人を探すのは困難だ。

「何か、ないかしら」

 リアは、そう呟いて蔵書室を見回すと奥に机が用意されていたのを気づく。昔から父が日記を書き記す時に使われていた机だ。その日記にならと思い、埃が積まれた机へと近づく。そこには、三年前に起きたイスカリア独立戦争時の日記を見つけた。日記帳に積もった埃を払い、リアは日記の中身を読み始めた。

 そこには、かつて勇敢に戦い抜いたイスカリア軍とそれを率いる王の苦悩が綴られていた。

『太陽が昇る方向から欧米の連合軍が押し寄せてきた。

 その数は、何百万と言った軍勢で我が軍隊は、全小隊を含めても数十万程度……。

 幾ら歯向かってもこのまま行けば、全滅する。

 何か策はないのかと私は、常に考えて夜も寝ては居られなかった。』

 父の記された日記を読むとその戦争がどれほどの物か思い知らされる。それでも自国を守る為に奮闘した父の有志に自然と涙が垂れ落ちる。しかし、その後に剣王の事が書かれている文を見つけるとリアは、涙を拭き取り再び読み始める。

『今日も撤退戦を余儀なく送っていた。そんな日の夜に彼らと連盟を組んでいるとある国から来た一人の少年が私の所へとやって来た。かの者は、日本という我が国から来たのだ。西の方角にあり、領地占領に走った欧米諸国を許さんと言って我々に力を貸してくれたのだ。正直、最初はこんな少年に何が出来るのだろうか、誰もがそう思った。けど……。

「リアが泣いているからこの戦争を終わらせなきゃいけないんだ」

 と海の向こうの少年が言うのだ。

 私は、咄嗟に少年の名を聞いた。

 彼はシンイチ・ナガミヤと言う。

 それが、私と剣王の最初の出会いだ。』

 リアは、覚えのある名前を目にして思わず日記帳を落としてしまった。そして、自身の記憶と照らし合わせる。

「まさか……、あの時言った約束を真一が?」

 剣王の事の正体は、分かった。まさか、異国の幼馴染みだったとは、予想外だった。日本は世界屈指の魔法が盛んな国。優秀な魔法戦士が数多く輩出してきた言わば、魔法大国だ。幼い頃のリアは、そんな日本の東京湾に浮かぶ関東平野並の巨大な人工島日室島に住んでいたのだ。巨大な学園機関、聖魔学園がありそれを囲う様に住宅があると言った街だ。開戦前、身の危険を案じた王が身分を隠し私と母を日本へと向かわしたのだ。そこで出会った黒髪の少年が永宮真一だ。

日記を読み終えてリアは、激闘がしるされていた日記帳を片手に自室へと戻った。そこから、あっという間にスーツケースへと服を入れ旅の準備をする。

これから、どんな事が待ち受けているのか不安で仕方ない。けど、必ず父の友人であり、自分と幼馴染みである真一を探し出すと言った強い使命感でその不安を押しのけるように気合いを入れる。

「――真一、元気かな」

 それに、楽しみがないと言ったら嘘になる。幼いときに離ればなれになった仲良しの幼馴染みに久々に会える。それがこの不安を消してくれる一番の動力源だ。

 リアは、剣王の事を思いながらふと昔の事を思いだしながら日本へと旅だった。

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