第157話 ちょっと変わった御手紙
「なるほど。たしかにこれは延焼はしにくいようですな」
モルタル塗りの外壁が最後まで残り、煙突のようになった火事跡を見て家臣たちは納得したような目で見る。
こちらに来た時に作ったコンクリート製の建物はセメントを多く使うし作るのが大変だが、モルタル塗りは在来工法の住宅の壁に2cmほど塗るだけなので、そこまでの量を必要としない。
これで放火をある程度防げて延焼しないなら大歓迎な技術だろう。
「ついでに、火事が起こる原因をもう少し減らそう」
戦国時代、火と人間は密接なつきあいをせざるを得なかった。
食事、風呂わかし、タバコを吸う時、夜間に移動するとき。
そのため、モルタルとガラスを使ったランタンや行燈を試作したり、食事をまとめて作る施設と、その熱で風呂を沸かす施設を新城にも要所に配置することにした。
竈で炊事をするというのは、不完全燃焼で一酸化炭素中毒の危険もあるため他人が済ませてくれるのは便利と言えば便利だろう。
ついでに服や布団の貸出も定額制で行う事にした。
これは一人暮らしで、生活していたときに「朝8時から夕方8時まで働いていたら、洗濯は出来て部屋干しはできても布団が干せねーじゃん!!!」と、思ったのが原因だ。
炊事、洗濯、布団干し。これらを職業として纏めて行うことで住民の空き時間が増えるし、燃料も節約できる。
ついでに言えば衛生面も向上する。
「これで電気が通せれば、火事の発生率も格段に減るのになぁ…」
ガス灯から一足飛びに電気に変更できたら良いのだが、水力発電は現在開発中なので、ちと難しい。
まあ電線は電線でショートして火事になったり、外国では大雨で感電死とかもあるし焦りは厳禁である。
食事は食中毒に気を付ける必要があるし、風呂はレジオネラ菌が発生しないよう管理する必要はあるが、それを補って余りあるほどの恩恵はあるだろう。
そう思いながら、女性の視点からも意見を聞こうと奥さん2人を連れて下見に訪れた。
「ここは、景色がとても良いですね」
とは、奈多さんの感想である。
周りに高い山が無いので、四方を見渡せる。住宅もまだない今だから見る事が出来る絶景である。
「ここなら海も監視できるし、敵が攻めてきても足場はぬかるんでるから守るにはよさそうね」
と、一色さんもまんざらではないようだ。
完成の暁には天守閣でも作って、信長さんみたいに入場料でも取ろうかな?
「城なのに他者を入れるのですか?」
奈多さんが驚いたように言う。
「ああ、どう攻めるか考えて考えて考え抜いて、攻めるのが面倒だと思ってもらうためにな」
この時代の九州には大きな城が無い。
加藤清正が作った熊本城は秀吉以降のモノだし、名護屋城が出来るまで天守とか石垣城という概念も殆ど無かった。
秋月種実が秀吉の大軍を見た事が無いため、無謀な戦いを部下に押し付けて自分はちゃっかり降伏したという事が有る。
だから、大戦力をあえて見せて戦争を抑止するというのは効果的だと思うのである。
「たしかに、これだけ大きな町が全て塀で囲まれているとなると、攻める気なんてなくなりそうね」
周囲に高い山はない。
城は川で囲まれている。
登るだけでも30mの崖を登る必要がある。
地面は湿地帯でぬかるむから野営も難しいし、船も運河を閉めれば入れない。
城の規模が大きいので、内通者を作っても簡単には落ちない。
「この島の住人達全員がそう思ってくれると、こちらとしても助かるね」
これを真似して生活レベルが上がるならそれは歓迎すべき事だし、城の規模に恐れをなして臣従してくれるならめっけものだ。
小田原城、大阪城、熊本城を観光して『こんなの攻めないといけなかった武士は大変だっただろうな』と思ったものだが、そんな想いを各地の領主が抱いてくれたら幸いである。
それはそれとして臼杵にも城は作るけどね。
あそこは立派な観光地になるし、野上弥生子さんの実家とか九州を代表する醤油メーカーが2つもできるし。
いざと言う時の避難所として使ってもらおう。
そんな事を考えていると、部下から変わった報告が来た。
・・・・・・・・・・
「加賀から手紙と忍者から報告が来た?」
あれから、選挙を2度ほど行ったそうなのだが、合議制がそれなりに機能していたのか、大きな争いはなかったらしい。
それぞれの分野で優れた人間が推挙され、効率良い活動が始まったそうなのだが、その中で都に居る坊主たちを批判する人間がいたという。
『実質的に戦いはしないのに口は出してくる本家は仏の教えとしては正しいのかもしれないが、人間として民の上に立つ者としてはどうなのか?
今の都の坊主は衆中におもねって我々の救済は二の次になっているのではないか』
と、強い口調で糾弾し、同じ仏は拝むが、祭礼以外 加賀の一向宗は中央の指示は受けない。と絶縁状を出そうと提案したのだという。
やっちまったー。
「カルト集団が、もっと孤立してしまったよ。たすけてさねえもん」
「いえ、これは面白いかもしれませんよ」
と、さねえもんは言う。
武士が民衆を治めるこの時代、京都に居る本願寺の坊主は世の中の摂理をひっくり返したテロリストの首魁として権力もあったが、肩身の狭い部分があったという。
そこで、本家とのつながりを『表向きは』切断すれば、都の方も加賀の方も指揮系統がはっきりし自由に動けるようになる。
しかも、裏で本尊を救援してたとしてもそれは加賀の勝手な行動であり、坊主たちは暴力団で言う『鉄砲玉が勝手にやったこと。自分たちには何の関わりもない』のだと主張できる。
むしろ、織田信長が徹底的に弾圧するまでしぶとく残っていた集団が手綱を自分たちで噛みきったのだ。
こうなると彼らを利用しようとする勢力が出てくるかもしれない。
信長が脱落した今、武田とか北条が手を組めば早期に日本統一だってされるかもしれない。
まあ、その逆も起こりえるのだが…
「ここで将軍が農民の主立った者に侍の身分をやるから助けろとか言えば大勢力を取り込めるんだけどな」
「その代わりに全国の大名から将軍家がつぶされますよ」
さねえもんが冷静に突っ込む。
そうだよなぁ。
武士の身分を担保する将軍が武士の位を乱造したら、武士は将軍の資格なしとしてそいつを抹殺しなければならない。
そのくせ、将軍家を積極的に助けようとする奴はいなくなり、追放したり新将軍を擁立しようとするやつだけはいる。
僻地とか日本国外とかさんざんに言われ放題な豊後だが、中央の争いに関わらなくても良いぶん実に平和である。
足利家に転生しなくて本当に良かった。
そんな事を考えながら、俺は返信の為に筆を走らせた。
一向衆は、なかなか扱いの難しい連中であるのはたしかだ。
だがまあ、九州からは遠く離れた土地の事。
とりあえず、お祝いの品とか物語風にしたフランス革命からナポレオンの台頭、そして失脚まで書いた本とか渡しておこう。
むやみにギロチンで殺しまくるとだめだZO☆って教訓のために。
あと、モルタルによる防火技術やサイディングも教えておこう。
殺人兵器はさすがに門外不出だが防衛技術なら問題はないだろう。
うまくいけばフランスよりも先に日本で、民主制国家が出来るかもしれない。
それはそれで面白いだろう。と完全に他人事として俺もさねえもんも考えていた。
対岸の火事にロケット花火を飛ばしたり、火薬を供給する気持ちだったのである。
だが、俺は忘れていた。
火事と言うのは風向きと強さ次第で、どこまでも火の子が飛ぶのだと言う事を。
それを後悔するのはまだ、少し先の事である。
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