第142話 大義名分という呪縛
皆さまのお陰で30万PV達成できました。
読んで頂けた事が、じゃあ続きはもっと斬新な視点で書こうというモチベーションに繋がりました。
本作が今も続いているのは皆さまのお陰です。
ご愛顧、誠に感謝いたします。
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「この書物はおもしろいですね」
そういいながら仮名文字で書かれた源氏物語を読んで奈多さんが言う。
各種ある本の中で面白そうな本を女性にも読んでもらっているためだ。
「私は、土佐日記ね。同じ女性として非常に気持ちが分かるもの」
と、なにげに田舎にきたといっている一色さん。
まあ、それ書いたの男性なんだけどね。
俺は空気を大事にしてるので、あえて言わない「それ書いたの実は「いやあ!二人とも楽しんでくれてうれしいのう!」」
空気を読まない無月さんの指摘を妨害する。
どうやらウチの奥さんは文学作品にはあまり縁が無かったようだ。
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今まで高価と言われていた書籍が安価で手に入るとなり豊後では読書ブームが起こっていた。
なお、書籍を作るにあたり、以下の部分を改訂した。
・段落は一文字空ける。
・改行を行う。
何を当たり前な事をと思われるかもしれないが、この時代の候文は改行がほぼ存在しない。
紙が勿体ないためか、中国の書物と同じテンプレなためか、専門家でも解釈が分かれるような迷文がいくつも生まれている。
例を挙げれば(※読まなくても問題ありません)
『今度氏貞事改先非向後可被励懇忠之趣飜宝印以神載承候尤肝要候既不可有隔心之段申出候上者縦如何体之讒人雖有之為宗麟諸神八幡天神照覧不可有別儀之条自今以後無疑心忠貞之御覚悟専一候猶年寄共可申候恐々謹言』
のように、どこまでが一文か全く分からない、読む人に厳しい書式が一般的だった。
それを改めた。
これにより、内容のまとまりがわかりやすくなり、どこまで読んだのかも理解しやすくなった。
こうした、今当たり前の書式というのも、人類の創意工夫の積み重ねで生まれたものなのだと、改行もクソもない読みにくい書状を見ながら思ったものである。
普段書を読まない彼女たちも楽しめるのなら、まあ今回の試みは成功したと言えるだろう。
田舎でも坊さんは文字が読めるだろうし、それで語り聞かせとかすれば、多くの人間が物語りにふれる事になる。そうなれば少しだけ世界は変わっていくだろう。
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物語や書物に何の力があるのか?
そう思われる人もいるだろう。
ただ物語によって社会を変えようというのは日本人の気質としては間違っていないとさねえもんは言う。
「大友宗麟さんと幕府の関係を調べていると、おもしろい記述があったんです」
日本人というのは大義名分に弱い。
そのため、足利幕府は書籍を通じて『どんなに現政権に不満があっても、反乱を起こすには足利家のため、という大義名分が必要だと武士の心に根付かせた』のだという。
「それって、どういう事だい?」
室町、つまり足利幕府は建武の新政の後に、朝廷に反逆して生まれた幕府である。
公家や貴族中心の政策に不満を持って決起した武士たちも、いざ戦うとなれば朝敵になる事を恐れたという。
そのため、足利軍は光厳上皇の院宣を獲得して大義名分を入手。さらには光明天皇を即位させ自分を支持させた。
このため日本に2人の天皇が存在する南北朝時代が発足する事となる。
お互いが正当で大義名分を持った事となる。
まあ、ロシアのウクライナ侵攻で、単なる侵略だからネットで情報を得ている若者の志気は低い、という説もあり戦闘には大義が必要なのだなぁといった感じれである。
…と思ったら爆撃中に笑顔で記念撮影をしていて、捕まったらしおらしく自分は何も知らなかったと言う兵士もいたという情報もあったりするので、どこまでが本当なのかは分からないのだが…。
「要するに、今の時点では足利家は天皇と同様に神聖不可侵の存在となってるんです」
……ちょっと何を言っているのかわからない。
神聖不可侵ならそこまで没落してないだろうし、滅びる事もなかったのではないだろうか?
「たとえば1500年や1530年に大友家が大内を攻めた際には足利幕府に逆らう罪人を討つ。という大義名分を掲げて戦闘を始めているんです」
これには九州の大分・佐賀・福岡だけでなく岡山や鳥取、四国の伊予の大名も巻き込んだ包囲網となったという。
「こいつは悪人だから倒しても良い」
というお墨付きが有った方が戦いやすいのだろう。
「あれ?ちょっと待てよ。だとしたら、大内さんはとっくに滅亡してないとおかしくないか?」
それに、足利幕府って周囲の大名から攻撃されて何度も比叡山や朽木谷って所に避難したと聞いたことがあるぞ。
大義名分が大事なら足利家に攻撃なんて出来る訳がないのではないだろうか?
「ああ、それは足利将軍を攻撃するのは、足利家のためと思っての事だからですよ」
なんだそりゃ?
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人間というのは大義に弱い。
正確に言えば、大義という名の『正義』に弱い。
マンガ『氷室の天地』という本で語られていたように、人間は『正義の側に立った』と思った時に加虐のブレーキが壊れるのだと言う。
正義という名のこん棒で悪人をぶちのめすのは、非常に『正しい』事だからだ。
「そのため、足利幕府に対して反逆を起こす場合、別の足利関係者を御輿に乗せて『今の将軍は足利家の頭領にふさわしくない。正当な主を立てるために自分は偽の頭領を倒すのだ』と言う正義を掲げて反逆するというのです」
あくまでも自分は忠義の臣であるというツラで反乱を起こすのだという。
万民恐怖と呼ばれたくじびき将軍 足利義教を暗殺した赤松氏は足利直冬の孫とされる足利義尊を新将軍に奉じて、将軍殺害の理由にしているし、京都から足利義晴を追いだした三好家は、義晴の弟 足利義維を擁立している。
面倒くさいね。
「でも、その言い訳と物語となんの関係があるんだ?」
「その大義名分を武士に植え付けたのが足利幕府が編纂した物語、太平記と言われているからですよ」
南朝と北朝の戦いを書いた太平記。
そこでは、足利家の敵は様々な理由を付けて悪人として書かれている。
たとえば、後醍醐天皇は徳を欠いた天皇だから足利家は正しい天皇を立てたと主張しているし、足利家に討伐された足利家の執事(家の事を取り仕切る幹部)だった高師直は仏像や教典を焼いたり、非道の限りを尽くした大悪人として書かれている。
江戸時代初期頃に書かれた大友記でも『宗麟が寺社を焼いたのは高師直の悪事に並ぶ程の無法だった』と引き合いに出されているという程には高師直=日本一の悪人というイメージができあがっていたらしい。
こうした物語はやがて
『足利家に敵対する者』=悪
というイメージを定着させることに成功し、反乱を起こす際には別の足利家を神輿に載せるべき、という風習を一般化させたという。
昔は情報の流通は少なく時間もかかったため、一度入った情報は100年200年残るのだ。
この時代の印象操作ってマジでタチが悪い。
「太平記は分かりやすい勧善懲悪の話で、足利家に逆らう武士は悪である。という観点を徹底的に書いてます」
こうした共通認識は足利家を天皇に準ずる神聖化に成功したという。
実力があるなら別に幕府を滅ぼして自分がトップになっても良いのである。
だが足利幕府の中期までは、各地の武士は本音はともかく体面上は『足利家のため』という名目で戦いを起こしていたという。
反乱は起こっても足利家の統治は安泰というわけだ。
「あれれ?じゃあ、何で足利幕府亡ぶの?」
「それは、まあ足利家が弱体化し続けたのと、空気を読まない奴が現れたからでしょうね」
足利家は義輝の時代に、三好長慶という足利幕府から暗殺者を送られてブチ切れ『別に足利家が頭領じゃなくても問題ない』と、当時の空気を読まずに主権を握った大名が出現したり、将軍が京都から5年以ほどいなくても政治が回っていたり、さらには代わりの足利家を立てずに義輝を暗殺したりしたことで、足利家の権威や物語性は薄れたのではないか?という
「この『足利家がいなくても良いんじゃないか?』という視点は織田信長にも受け継がれ、折り合いが悪くなった将軍は信長に追放されました」
催眠商法で騙されかかっていた客の中で一人だけ空気読まずに帰った事でみんな正気に返ったような状態になったのだという。
「まあ200年も幻想が続いたんだから十分でしょう」
とさねえもんは言い
「つまり、農民には人間は平等であり本来武士と民に大きな差はないという物語を流していけば、大なり小なり影響はでるでしょう」
そう結論づけた。
まあ、大企業の社長とかも社員が全員辞めたり、会社を追放されたらタダの人間だもんな。
部長が会社を辞めて肩書が無くなったら、人づきあいが激減して鬱になったという話があったが、人間社会と言うのは物語性で維持されているのかもしれない。
「それに、物語に力がないなら『プロパガンダ』なんて言葉が生まれて現代まで残るわけがないじゃないですか」
さねえもんはすました顔で言った。
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身近な物語として『歴史教科書に書いてある事はただしい』というのも鎌倉幕府成立が1192年から1185年になったり、聖徳太子が厩戸皇子になったという話で消滅したのではないでしょうか?
なお足利家について調べてたら明治から昭和の前期までは足利幕府という表記が多く、戦後からは室町幕府という呼称が主流になったという記述がありました。
研究が進み『間違っていた事は間違っていた』と認める姿勢は正しいし、むしろ『本に書いてある事は絶対正しい』という物語を信じられていた昭和時代の方が不健全な時代だったといえるのかもしれません。
余談ですが江戸幕府は徳川幕府とも言いかえられますが、鎌倉の場合、源幕府だと3代だし北条幕府も違う。鎌倉幕府という呼称だけは変わることがなさそうだなぁと思いました。
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