第70話 大散財。これがマネーパワーだ。

 豊後領主である、佐伯、朽網、田北、志賀達は府内に参内していたという。

 1日と15日の評定には参加するようにという通達があるので多分合ってると思われる。

 そんな彼らは政務を弟に放り投げて飛びまわる宗麟に不満を持ち大友家当主とは如何にあるべきか抗議してやろうと思っていた。

 そんな彼らが呼び出されたのは4月に入ってからだった。

 なんでも珍しいものを食わせてやるとのことだった。嘘です。珍しいものが入ったので御馳走しますと下手に出てます。彼らあっての大友大名なので。

「しかし、五郎様はなっておりませぬな」

「左様。由緒ある府内に珍妙なものを作るだけで、神社への行事もなおざりにし節句の儀式にも身が入っておらぬ。」

 要は飲み会とか地方のイベントの挨拶をもっと心をこめてやれという茶番の強要である。現代でもこんなアホな事を仕事の一環と勘違いして『仕事とは~』とドヤ顔で語る人間も、テレワークで仕事が可視化されるにつれ実はたいした仕事をしてなかった事が判明しているようでざまあと言いたい。


 すいません。話がそれました。


 そんな大人の社会(笑)の空気の読めない宗麟が珍しく食事会をするというのだ。

 色々と難癖をつけてマウントをとってやろうと、意気揚々と参加した。


 当時、九州一大きかった庭園と、その横を流れる大分川を横に座る一同。

 そこには大友3老に大友八郎晴英、大内義隆、大内輝弘と錚々たるメンバーが揃っている。

 他国の客がいれば舌鋒も鈍ると考えたのか?といぶかしんだが、日本一の大大名とはいえ、今は国覆われた落ち武者も同然。そんなもんでビビるものかと身構える。

「おお、おぬしが田北殿か。以前の和睦の際にお名前はかねがねお聞きしていましたぞ」

 と、義隆が1537年に大内大友で和睦を結んだ際に署名した田北親員へ、親しみを込めて話しかけると

「ひっ!ひゃっ…ひゃい!きょ、きょうえちゅ至極にぞんじまひゅ!」

 噛んだ。

 むっちゃ噛んだ。

 当時2国半しか支配できない大友家の3倍の国を治めていた大大名から名前を覚えてもらっていたのである。今なら大臣クラスに地方市議が名前を覚えてもらっていたに等しい。

 周りの領主から嫉妬の眼で田北は見られたが、有頂天となって気がつかない。

義隆はさらに楽しげに話しかける。

「今日の膳は、なんでもそちらに関係する食材を使うとか。楽しみですなぁ」と。


 は?


 なんだ?それ。聞いてないぞ。あの若造は一体何を我々に食わせるものなのか?

 そう困惑していると、飯と汁物の椀が運ばれてきた。

 何気なく、ふたを開けてみる。


「・・・・・・・・・」


 中を見て、すぐにふたを閉じた。見間違いだと思ったからだ。

 室町時代の汁物には似つかわしくないモノが入っている。

 いや、存在はしているのだが、あまりにも高価過ぎて食べられるものではないモノ、ぶっちゃけ高すぎて食えるはずがないと思っていたものが入っていたのである。


「いや、ワシも色々と珍味を食してはいたが、食べるのは久々でしてな。うむ。良い香りじゃ」と語る義隆。

 それほどの高級食材を振舞うという散財っぷりに「明日、大友家滅びるの?」との声が、ぽつり出た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「伊予の米価格でました!」

「備後も情報届きました!」

 ここは、瀬戸内海の中心地、能島。

 外界からの進入する者を拒む海賊の根城として機能してた場所なのだが、ここは今、青果売場や東証株取引所のような活況を呈していた。

 東西南北に並べられた机には3人の文官が待機し、各地の米価格が伝えられるたびに図を書き込まれている。

 その中心には南蛮渡来の時計が設置され、30分おきに価格が書かれていく。

 その報告を見て、中心に座るのは賭事にだけ能力を発揮する公家 九条晴貞(架空人物)である。

 彼は、南の机にある『伊予』と書かれた紙を見て、

「明日にでも三空叩き込み(三日連続の価格暴落)が来そうでおじゃるな。買い時でおじゃる。金を2000貫もって買い占めるでおじゃる」とか

「津の価格、下がっております」と報告を受ければ、北の机をざっと見て

「これはひっかけでおじゃるな。下髭つけて陽線(価格上昇)になるでおじゃろうから最初は下は200で買い、翌日からは上は500の売りで取り引きするでおじゃ」

 と指示をとばす。

 彼がやっているのは、米の売買指示。

 各地の港から鏡による光で情報を送られ、山頂からは狼煙といった塩梅で、ここは西日本各地の米価が一番早く集まる場所となっていた。


 陸上生活に慣れていると瀬戸内海は各地の通行を妨げる大きな谷に見えるが、船を中心に日本を見ると能島は四国、中国、堺、九州の中心にある土地であり、情報の要所である。


 その事に気がついてから「朝は起きたい時に起きるでおじゃる~」と布団から出てこなかった九条さんは、ほぼ毎日職場に寝泊まりして指示をだしている。布団にくるまりながら。

 最初は『瀬戸内海の孤島なんて行きとうないでおじゃるぅぅぅぅ!!!!』と絶望的な悲鳴を上げていたのが嘘のようだ。

「堺。米価格がどんどん釣り上がっております」

「予想通りでおじゃる!米は昨日 豊後から大量に到着しているはずでおじゃ!売って売って売って売って売って売って売りまくるでおじゃる!!!これで今月1割の儲けは確実でおじゃぁぁぁぁあああああ!!!!」


 食糧不足の時代の米取引というのは早い者勝ちの世界である。

 いくら米を持っていても、その隣で同じ品質の米が10文安く売る人間がいれば皆そちらを買うだろう。

 安売りの米がなくなれば米がない人間は高い米を買わなくてはならなくなるが、その前に客へ十分米が行き渡ると商人は在庫を抱えることになる。

 そうなれば一日無駄となるので自然とその日一番の安値に米価格は落ち着く。

 客にしてみれば、安い米は他の客もねらっているので安い値段の所が見つかれば、売り切れる前に必要分は買い切らないとならない。

 まさに需要と供給のバランスで値段が決まる世界となっていた。


 そこでこの米相場を利用して、大阪では米価が一定以上に高くなると米を投入し、値崩れを起こさせようとすれば購入する取引を行うことにしたのである。


 投資金額は日本円にして50億円。


 月に2%の利益で1億円が入る。1割なら5億だ。

 そんな途方もない額のギャンブルが当たったのだ。

 どんなクズ人間でも興奮して布団から飛び出しても仕方がない。博打狂いのクズ人間も一発当たれば億トレーダーとか投資家と名乗れるのはいつの時代でも変わらないらしい。労働の尊さが乱れる。


 そんなにうまく行くはずがないと思うだろうか?


 筆者自身もうまく行くはずがないと思うのだが、最近株を始めた母親が月に10%の利益を叩き出しやがったので、認めざるを得ないのである。

 ………こっちなんか10年やって、今年やっと赤字が消えたのに…コロナショックで50万も損をしかかったりしたりもしたのに……………


 大名の財力という反則級の資本と、普通なら7日かかる航路を半日で情報が届き、荷物も一日で送れるという様々なチートを駆使しての金儲け。

 現代でいうなら新聞で株価を見て電話で取引指示を出す昭和の株取引をみんながする中、ネットでリアルタイムに株価を見て売り買いする平成の取引をしているようなものである。めちゃくちゃ卑怯だが、経済戦争なのよね これ。

 これに勝負師としての目利きが加われば赤子の手をひねるように利益が出せた。

 こうした相場は、しばらくしたら対策も練られるだろうが、今のところ取引は月5%位の利益を目標としている。

 これにアムウェイ…もとい化粧販売などの利益が加わるのである。

 豊後の米倉庫と船はフル回転で物資を運んで行く。

 出ていくのは米と化粧品。入って来るのは各地の特産品である。


「え?」

 利益の半分は九条さんをはじめ従業員さんに配る。

「あの…残りの儲けた分はどうされました?」

 と臼杵が聞いてくる。

「8割は使った」

「8割は使った?」

 日本円にして2億円を?という顔で聞き返された。

 米相場で儲けた残りは市場での売れ残りや遠方の特産品にあてた。

 どうせあぶく銭だ。売った米は別の取引所で安値で買いなおしているし、珍しい物や投資に使っても罰はあたるまい。

「よその土地で利益だけ持ち逃げしたらいつか刺されそうですもんね」

 それもそうだが、金というのは人間が作ったものを交換するための道具だ。

 一定の収入と蓄えが確保できたら、やりたいことのために使ってこそ意味があるんじゃないか。

 美味しい食材とか、温かい布団とか布団とか布団とか。


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「というわけで、相模産のみかん。京都からはしいたけとかを買ってみましたー」

 次々と運ばれてくる日本の珍味に重臣たちは目を丸くする。

 一汁一采が当たり前の食卓に満漢全席クラスの料理が運ばれてきたのだ。

 そりゃまあ、カルチャーショックの10や20は受けるだろうな。

  

 特に汁物に入っていた『』は今では近所のスーパーでも買える食材だが、当時は大名の贈答品にも使える高級品である。


 椎茸。大分を代表する特産物であり、一時期は『しいたけヨーグルト』というヨーグルトにしいたけをぶち込んだだけという悪夢の商品まで生みだされたが、実はこの時代、日本では

 逆に松茸は庶民の食べ物で安物だ。

 松茸はやせた土地に育つ赤松の根本で、栄養が少ない状態だと勝手に生えるからだ。山から資源をとりすぎる程育ちやすい、蕎麦のような作物と言えるだろう。

 なので山林資源を未だに収奪している某北●鮮では松茸が多く取れるのだと言う。


 それに対し椎茸は腐葉土が多く、肥えた土地の広葉樹の枯れ木に育つ。

 おまけに『菌糸で増える』と言う知識など明治になるまで分からなかったので栽培もできない。

 だから戦国だと収穫できるのは まれで高級品だった。

 自由にとれないレアものと言うのは価値が高い。それこそ一本1万円はする国産松茸レベルの希少品である。それを4つほど50人ほどいる家臣に提供したのである。


「このような贅沢品を買ってどうするのですか!?」

 と他の重臣よりも先に堅物そうな戸次が言う。

 あー。質祖倹約という言葉好きそうだもんねーベッキー。

 将来100円で簡単に買える時代を知っていると滑稽二見えるが、言いたいこともわかる。

 それに同調するように田北はじめ口うるさい領主たちがブーイングを飛ばしてくる。しっかりと椎茸を喰い終わった後で。

 欲望に忠実なそのスタイル、嫌いじゃないよ。


 なのでさっさと本題に入ろう。


 このクソ高くて黄金と同等の価値がある山の幸をどうするのか?

 そりゃ答えは一つである。


「栽培する」


 その言葉に、領主たちの目に欲望の炎が走ったのを見逃さない。

 この時代のシイタケ栽培はビットコインの製造とか黄金を錬金術で造り出すのと同義だからな。

 なのでダメ押しするようにいつもの呪文を唱えた。


「科学様からお告げがあった。この高級食材を豊後にだけ育つようにしてやると」


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筆者は椎茸ヨーグルトという狂気の産物を見た事は無いですが、『県立地球防衛軍』という大分を舞台にした漫画や古老たちの証言により書きました。

当然、在庫の山ですぐに販売停止となったそうです。 



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