第61話 南蛮王に俺はなる。(九州は放置

 中国との交流は、知識面での成長があった。

 1406年に書かれた『救荒本草』というのは『食べられる野草図巻』みたいなもので、飢饉の時に役立つ情報がある。

 また医学による国民寿命の増加、淡水魚の養殖技術とかも不足しがちな栄養素を補う意味で助けとなる。

「でも、食糧事情を改善するほどの作物ってないんだね」

 今回欲しかったのはジャガイモやサツマイモの様な繁殖力に優れた食物探しだったのだが、これに関しては当てが外れた。

「考えてみれば、そんな便利なモノがあればユーラシア大陸に広まっているでしょうからねぇ」

 と、さねえもんも後出し孔明のような事を言う。

 現在食卓に上っているトマト、かぼちゃ、とうもろこしなども中南米発祥の作物だ。


 救荒本草が『コストカットで限られた予算を切り詰めて使う』方法だとすれば、救荒作物は『大量の予算を取ってきて、潤沢な資金でさらなる発展をする』方法である。

 国が発展するには食料増産は必須である。

 ところが、それに使える作物はさねえもんによると「最速で1597年、あと40年たたないと日本には入って来ないですね」との事だ。

 そこまで考えて俺は、民の生活を守る大名として、ある決断をする。


「南蛮王に俺はなる!(九州は放置)」


「まてや、九州の大名」


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 このあいだ読んだ中国の歴史書『史記』の孟嘗君伝に、一芸に秀でたものを迎えると公言している孟嘗君に(ふうかん)という男がいた。

「特技は特にない」と言い放ち、食客となれば「食事に魚がつかない」「外出時に馬車がない」「家がなければ妻子ももてない」との要求を「長剣よ、帰ろうか」と剣を叩きながら怨みがましく歌い続けた、ヒモの様な男である。

 その後、三千人の食客を養うには封邑(ほうゆう)からの租税では足りず、薛の民に銭を貸し付けたが、一年余り経っても返ってこない。

 孟嘗君は「誰か、薛の人たちから貸した金を取り立ててこれる者はいないのか」と問えば弁才に優れること口だけは達者な事を買われて馮驩が取り立てに向かった。

 だが馮驩は「孟嘗君が銭を貸したのは、資金のない民が家業を営むことができるようにするためである。利息を求めるのは、食客を扶養する銭が無いからである。今、富裕な者に対しては返済の期日を約束し、貧しい者の証文は焼き捨てた。諸君、大いに飲食して欲しい。わが国には、このような立派な主君がいるのだ」という。

 財産を失った孟嘗君は激怒したが、馮驩は

「嘘をつかせないために領民を一カ所に集めるための宴会でした」

「返済能力がある者には完済を約束させましたが、返済能力がない者は何をしても取り返せません。厳しく取り立てれば夜逃げする者も出るでしょう。そうなれば『領主は領民よりも金を大事にし、領民も領主を裏切って逃げ出す』と悪評が立ちます。私は証文を使って領民の忠誠と諸侯の名声を買いました」と釈明すれば、孟嘗君もその考えを受け入れたという。


 これ、誰かの訳文では「国に不足している物を、借金の返済金で購入してきました」という洒落た口上で書かれていた記憶がある。

 統治者と言うのは国民の税金を集めてインフラ整備をするデザイナーだと思っていた。しかしこの話を思い出して、この時代に不足している物を考えてみたのである。

「それと、南蛮王になる事職務放棄と何の関係があるんですか?」

 とさねえもんが疲れた顔で聞いてくる。まあ、聞いてくれ。

「戦国時代ってのは『自分だけ豊かになって他人は貧しくする事に血道をあげる最悪の』だよな?」

「まあ、他人が自分より強ければ領地を奪ってくるのが常識の弱肉強食世界ですからね」

「そこだよ、そこ」

 そのような、誰かが豊かになる事を許さない時代に便利グッズを作っても『橋を作っても戦争になれば壊される』し、『田畑を整備しても戦争になれば「焼き働き」とか言って燃やされる』し『「神社や寺なら壊されないだろう」と思ったら敵の拠点にされて作った側が壊す羽目になる』し、投資家としては最悪の時代なのだ。

 つまり、作るだけ無駄。

 職人の技術レベルは上がるかもしれないが、その職人が戦争で死ぬと言う『人間を苦しめるためなら何重の悲劇を用意している』のがこの時代なのである。

「だから、作るなら人力で壊したり盗んだりできない大型の建築物か、平和な孤島への投資が正解だと思ってたんだよ」

 だけど、実際に作ってみたら土地問題はあるし、鉄道は山賊が破壊したり、反対勢力が嫌がらせで妨害するし最悪だった。

 なので、治外法権である海に救いを求めた。

「五郎様はもしかして人間が嫌いですか?」

 嫌なやつは大っきらいなのは否定しないよ。


 流通を増やして、銭も手に入れて国は少しだけ豊かになったが、その恩恵は領民全てには行き渡らない。

 自分の命令ができない部下の領地では、粗末な木の家で満足に食事もできない領民はいるし、数は減らしたものの生活苦からの子殺しや堕胎も多い。

 その原因を考えると、初歩的な回答としては『食糧不足』が挙げられる。


 当主になって思ったが、この時代の食糧事情は最悪である。


 米の収穫量は乏しく、便利な道具も無いから生産性が低い。

 一つの土地から取れる食料は少ない。なので多くの土地を得ようと武士や坊主は土地を奪い取ろうとするのである。

 つまり、土地を取ったり武力を集める最終目標は『』だ。

 現代社会での社会生活の目標がお金を集めて会社や生活を維持したり、様々なモノを購入するためだとすれば、この時代だとそこまでのレベルに達していない。

 そもそも、田舎では金があっても食べ物が買えない。

 なのである。


 だったら田圃や畠を増やせばいいじゃない。と思うだろうが、大分の市街地を外れると全く手つかずの山々が現代でもあるように、食糧を栽培するのに適した土地と言うのは限られているのである。

 おまけに日本では異常なまでの米崇拝主義があり、年貢制度のように税金だって米で納めている。

 つまりなのである。

 ただ、食糧は腐敗する。なのでお金のように蓄えるのが難しい。

 だから毎年安定した食料(財産)を生産する『土地』をたくさん持とうとするわけである。

「『ころしてでもうばいとる』って感じでな」

「まじめな話してたんですよね?て言うか、好きですよねそのフレーズ」

 おや、ロマ●ガはお好きでない?と聞けば「好きですけど」と答えながら

「まあ戦国時代の領地争いって、現代のヤクザがみかじめ料の多い町を巡って縄張り争いしてるようなもんですからねー」

 だから博多のような貿易港や交通の要所を外せば、襲撃箇所は穀倉地帯が多い。

 何の収益も無い土地は固定資産税や管理費を取られなくても無視される。


「と言う事は、はずだよな」

「つまり?」

「南蛮貿易で、40年はやく救荒作物を手に入れる。日本で栽培できないならフィリピンやカンボジアで栽培して輸入する」

 普通なら無理だが、冷蔵庫に蒸気船があれば採算は取れるはずだ。

 その意図を汲み取ったのか、さねえもんはしばし思案して、

「じゃあ、そのためにはですね」

 と言った。


 次回、『とある死亡フラグをヘッドハンティングでへし折ってみる』に続く。


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 日本では1594年に伝わったサツマイモ。

 中国ならもっと早く入っていると思って見切り発車で話を進めていたのですが、あちらでも入ったのは遅く5年程度の誤差しか無かった説もあるようです。

 話の筋的には目算が外れましたが、このような試行錯誤がリアルさを実現できたのではないかと思いながら『これからの展開どうしよう』と頭を悩ませている次第であります。

 まあ部族によっては戦いの理由が怨恨だったりしますが、多くの村人は生きるだけでも精一杯で満足な食料が一番求められていたと『略奪で豊かになった途端に戦いたくなくなった薩摩兵をぼやく島津家久』の話を聞いてると思うのです。

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