第43話 忠臣の帰還

「今更やめられるわけないでしょう」


 ベッキーからそう言われたのは8月の20日位の事だったと思う。

 戦国大名という職業は暴力団か忍者なのだろうか?助けて!労働基準監督署!

「まあ、なにはともあれ菊池討伐お疲れ様でした」

 冷たい麦茶を出しながらさねえもんが言う。

(食料が不足しているので煮出した麦はスタッフがおいしくいただきます)


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 8月15日付けで予定よりも早く肥後の菊池義武が逃亡したらしく、その報告に一足先に帰ってきたのだという。

 えらくあっさりした顛末だけど、史実でも大局的に不利と判断した菊池はあっさり逃げているしびっくりするような逸話もない。

「大友興廃記で森迫という人が死んだ逸話が書かれてますけど、あれ創作みたいですからねぇ…」


 ちなみに菊池はそのまま泳がせておいた。

 彼が生きている限り豊後の領主は報復を恐れて大友家を頼るだろうし、反乱を計画している領主なら彼の存在を無視できないだろう。

 無能な敵。これほど頼もしい存在はないのである。

「実際の歴史だと血眼になって探してたんですけど」

 そうなのか?俺としては戦にならなければ、あのうるさい領主たちの押さえとして菊池義武に資金援助したいくらいだぞ。反乱起こせない程度に。

 と、思ったが、その菊池の反乱で大変な目にあったベッキーが「八郎様、五郎様に拳骨を捧げたてまつってもよろしいか?」とか物騒な事を言い出しそうなので自重しておいた。


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「第一、退任されるのは大内が滅亡した後の対策との事ですが、あの大内が滅ぶなど信じられませぬ」

 と臼杵が言う。外交担当として相手の国力を良く知っているだけに、この反応なのだろう。

「逆に未来を知っている立場としては、今年の8月24日には陶が毛利元就と隆元へ『義隆を廃して息子の義尊に跡目を継がせたいので援助してほしい』という書状を出していることを知っているからもどかしいですね」とさねえもんが言う。

 いや、そこまで細かい内情一般人は知らないよ。

「というか、毛利は反乱を知ってて黙ってたの?」

「吉川元春(元就の次男)にも送られていて、江戸時代の文書録に残されているみたいです」

 偽造じゃないだろうな…。

 まあ、そんな事を言っても信用されないだろうからもう少し確かな証拠人を出そうじゃないか。

「なあ、近江よ。お主から見て大内はどうだった?」

「はい。義隆どのは主に相良の意見を尊重し、家臣の不満が貯まっているようでした」

 パンパンと俺が手を叩いて合図をすると、カミソリのような視線の男が入ってきた。

「貴様…田原か」

 田原近江守親宏。国東半島の領主の血筋の男である。

 十代の頃に親が大友家に反乱を起こしたとして討伐され大内家に逃亡していた男だが、3月に罪を許して帰還を認め、反乱もケリがついたため豊後に一旦戻って来たのである。

「ひさしぶりだな八幡丸、いや今は伯耆か」

 と田原がベッキーに言う。

「八幡丸?」

「戸次道雪の幼名ですよ」

 この時代、元服するまでは幼名という名前を名乗る。

 大友宗麟なら塩法師、なお織田信長は長男に『奇妙丸』次男に『茶筅』、ほかにも『人』などの奇抜すぎる名前が目白押しだったりする。これにはデーモン小暮閣下もびっくりだろう。

「戸次は1513年生まれですが、田原は1579年に死亡したときに70歳を越えていたと宣教師が記録していましたから1509年頃の生まれで4歳以上年上なんですよ」

「へー」

「何故、貴様がここへ!」

 この裏切り者が。と言わんばかりの表情でベッキーが言う。田原家は四代くらい連続で大友家に謀反を起こしているので『絶対許すな』と祖父の大友義長さんは書き残しているらしい。

「フム、それがしは御館様より呼ばれたのだ。何故も何もないだろう」

 挑発するように親宏が言う。

 たとえ許されたとはいえ裏切り者一族という烙印は消えないのだろう。

 だが、この親宏は養子がその後に反乱を起こしたので誤解されて現代にも伝わっているが、存命時は大友家を裏切らず豊前方面の反乱討伐に尽力した人らしい。

「彼は三国志でいうところの魏延みたいに、忠誠心にあつく有能な人物ですが当時でも現代でも誤解されている不遇キャラなんですよ!大体、劉備が好きで門を開けようと暴走したり、劉備からも張飛並の抜擢をされるようなキャラが裏切るわけないじゃないですか、あれは孔明と羅漢中の…(長いので省略します)」とさねえもんが熱心に言うので早めに帰ってきて貰ったのである。

 だが、ベッキーは裏切り者として見ているらしい。

 威嚇するライオンのような目で田原をにらみつけている。怖ぇえ。

「あー、旧交を温めるのは後にしてそなたの見た大内の内情を教えてくれるか」

 話をうながす。

「失礼しました。それがしの見たところ、杉、内藤、陶たちが意見をしても認可されず、相良や大内殿の悪口をはばかりなく言うようになっております」

「現代社会で言えば、常務派閥が専務と社長の悪口を社内で言い触らしているような状態です。はっきり知って社内の雰囲気は最悪でしょうね」

「わかりやすい解説ありがとう。さねえもん」

 陶だけでなく杉、内藤という人間も不満を持っているのか。やっかいだな。

「特に京都から避難してきた公家や朝廷への献金で財政が傾いている。と、あやつらは領民たちの不満を煽っているとか…。あくまで噂ですが」

「確か、謀反を起こした時に避難してきた公家は皆殺しにされてます。浪費かは分かりかねますが恨みに思われていたのは確かでしょうね」と、さねえもん。

 公家たちは助けなくても良いか…。いや、会ってみないとわからないな。

 まあ、助けられるなら助けとくか。

「あと、天竺から不思議な僧が訪ねて来た際に一悶着あったそうですが、布教を許したらしく国内の僧から文句を言われておりました」

「フランシスコ=ザビエルが日本で一番権力のある大名として大内に面会したそうですが、同性愛は犬畜生にも劣るとキリストの教えを説いたので顔色を変えて怒ったそうですよ」

 え?大内さん男の人も好きなの?

「むしろ男の方が好きだったと言われてます。だから義隆の息子、義尊は別の男が実の父親だったけど誰も指摘できなかったとか大内義隆記には書かれてますよ」

 うーん。ちょっと助けたくなくなって来たぞ。貞操の危機的に。


「ちなみに反乱を起こした陶は大内義隆の相手をしたと言われています(※諸説ありますが大内が20代、陶10代の話と言われています)」

「もしもし、おまわりさん?」


 現代と当時の価値観は違うのは理解できるし、衆道としては基本的な年齢差とさねえもんは言うけど、これ児童虐待じゃん。

 今なら即刻通報ものだぞ、これ。


「話が盛大にそれておりますが、その大内家の滅亡と殿が当主を辞められる事とどんな関係がおありなのですか?」

 と、臼杵鑑続が言う。

 おお、そうだな。

「まず一つ目は、八郎を当主にすることで傀儡にされるのを防ぐためじゃ」

 そういって実際に起こる事を説明する。

 さねえもんと俺は事実と知っているが戦国時代人からしたら、この『予測』はどう思うだろう?


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 今回登場した田原親宏は20話で吉岡長増が大内家に交渉に行った際に出会った豊後の領主です。

 彼はその後国崎領主として大過なく領地を運営しますが、豊後で一番の力を持ったため宗麟から警戒され、1577年に田原紹忍という豊後で蛇蝎の如く嫌われるようになった佞臣の働きかけで領地を奪われます。が、その後、大友家が壊滅状態になった1579年に残った領地へ突如帰還。

 多くの領主が大友家を裏切ろうと算段している中、豊前の叛徒を鎮圧しその功績で領地を返還されます。国政から外されたフロイスは親宏が謀反を企んでいると考えたようですが、その後も宗麟と親宏は書状や贈り物の交流を行い関係は改善されたように見えます。

 ところが9月に親宏が病死して養子の田原親貫が反乱を起こすと、親宏が反乱の準備をしていて息子がバトンを受け取ったかのように語られている気がします。

 彼自身、大友家をどう思っていたのかは分かりませんが、行動だけ追ってみると豊後一の大領主として、国を守ろうと考えていたのに現代で誤解されている不遇な人と言う気がします。

 こうした人の名誉回復をするのが筆者は大好物です。

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