第42話 大友宗麟は怪しい新宗教を興すようです

 Q;半年も大名なんてクソみたいな仕事をがんばったから「辞めたい」といったら暴力を振るわれました。

 どこに訴えたら良いでしょうか?

 A;アホなこと言ってないで仕事してください。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いったい何でまた大名を辞めるなんて言い出すんですか」

 さねえもんが聞いてくる。

「むしろ、何で辞めたいと言わないと思ってるかの方が不思議なんだけど」

 大名は毎週どこかの儀式にはかり出されるし、誰かが死ねば箔付けの為に顔を出さなければいけない。

 特にやる事があるわけではないので5分くらいで抜けようとすれば「あの若造はうちを軽んじている」とか陰口をたたかれる。

 自分の時間が無駄なことに費やされる徒労感がハンパない。

 はっきり言って「大友家当主」と書いた張りぼてでも作って置いてても大差ないと思うぞ。あれ。

「そういえば大分市長も大友宗麟関連のイベントに、顔は出すけどすぐに別イベントに移行してましたねー」とさねえもんが言う。

 『偉い人が来ていると立派な会に見える』という理由で貴重な時間を奪わないで欲しいな。まあ、市長さんは支援者確保のために『参加させていただく』という態度でないといけないんだけど、こちらは『当主なら参加して当然』みたいな感じで呼ばれるのでムカつき度も違うのだが。


 あと接待で毎日酒を飲むのもつらい。

 この時代の酒ってアルコール度は低いから、まだ体力的には大丈夫だけど、その分、量が多い。樽から樽に水分を移動させている気分になる。

 酒の技術向上だけは絶対にしないでおこうと思った。

 でないと糖尿病か肝硬変で死ぬ。

 飲みたくも無い酒を飲んで、食いたくも無い量の飯を食べて、貴重な資源と時間を潰して体を壊す位なら、家で新技術の構想を練りたいものである。

 他にも一色さんと奈多さんと飯を食べたり、ゴロゴロとねっ転がったり、当主権限で造らせた布団で寝たりやるべき事はたくさんある。

「とまあ、一つ目は技術の伝搬のために自由な時間が欲しいんだよ」

 と自分の境遇をさねえもんに訴えると

「……それは私たちが頑張りますので、御屋形様は人身御供として犠牲になれば良いではないですか?」

「日本人ならもう少し、歯に衣を着せようよ」

 正直なら何を言ってもいいと思わないで欲しい。

 まあ、その程度なら納得はされないだろう。なので本命を出すことにした。


「あともう一つは、山口の陶。それに来年(1551年)来豊予定のザビエル神父対策だな」

「と、いいますと」

「さねえもんは言っていただろ。大内義隆を討伐した後に陶は家をまとめきれずに八郎(晴英)くんを新当主に迎えるって」

 1551年9月に大内家を乗っ取る陶晴賢。彼も大内家の血筋だが周りの領主の支持は得られず1552年2月に大内義隆の姉の息子(といわれている)大友晴英を傀儡にするために呼ぶのだ。

 かつて『大内家の猶子だったのを反故にされて笑い者になっているから恥を注ぎたい』と言っていたので望みが叶った形にはなるのだが、1555年に厳島で陶が破れると領主たちは次々と毛利に味方し、2年後に八郎くんは毛利家に殺される。

 後に記録される大内家の歴史では八郎くんは『偽王』と書かれ、正式な当主とは認められ無かったらしい。

 わざわざ大分から呼ばれたのにひどい話である。

「それはわかりますが、それと大名を辞めることと何の関係があるんですか?」

「次の大友家の大名は八郎君にしようと思うんだ」

 武家の当主となりたくてもなれなかった八郎君の名誉回復にはこれがベターだろう。おまけに『大友家を告げない穀潰しを当主にしてやる』程度にしか考えてない陶の計算も狂うだろう。

 ちなみに兄である大友宗麟も4代前が大内家の娘と結婚しているので遠縁の跡継ぎにはなるのだが、頼まれてもお断りである。

「見知らぬ大内家の連中が自滅するのはかまわないけど八郎君が不幸になるのは、これで防げると思うんだ」

「だから肥後の補給部隊の指令につけたのですか」

 俺も八郎君も当主としての引継はされていない。

 なので実務経験で言えば八郎君の方が上だろう。

 宣教師が記録したとおり八郎君は素直で深く物事を考えない性格だった。その鈍感さは当主としての責務に押しつぶされないだろうし、深く考えるのは吉岡やベッキーやさねえもんが担当すればいいだろう。俺はどちらも無理だ。

「…一部納得がいかない部分がありますが、なるほど。ではザビエル対策とは?」

「大名を辞めたら、

「あなた、何を言っているんですか?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この時代の日本宗教の乱行は、イエズス会宣教師の記録だけでなく信長公記や天文法華の乱などで確認できる。

 天台宗の偉い坊さんが法華宗の一般宗徒に口論で言い負かされたら徒党を組んで戦闘となり京都の半分近くを燃やしたり、治安が乱れるから領地内で言い争いは止めるよう散々信長が止めたのに衆論と呼ばれる「どちらの宗教の方が正しいか」を言い争う喧嘩をしたりしている。

 ここまで生臭だと信者は居なくなりそうなのだが、神罰を信じているのか一定の信者が居るのである。

 こうした日本の既存宗教に「弱者救済(汝の隣人を愛せ)」と説いて炊き出しをしたり無償の病院をつくるイエズス会がやってくると、新しい者好きな人間だけでなく貧者や病人からの支持を得た。

 これだけなら、美談というか戦国らしからぬ良いお話なのだが、イエズス会は基本的に他宗教を邪教として排斥する。

 だから、どんなに相手と分かり合おうとしても権力者と仲良くなれば、仏は燃やすべきだし寺院は破壊して教会にしろと進言し長崎の離島では当たり前に実行している。……とさねえもんが言ってた。

 京都や大阪ではイエズス会では少数派だったので、信長からは人畜無害な宗教と思われたようだが、九州の長崎の惨状を聞いた秀吉はバテレン追放令を出している。

 それでも、イエズス会の信者は根強く残り江戸時代には壮絶な拷問や処刑が行われ禁教とされた。

「こんな悲劇起こしたくないからな。先手を打っておこうと思うんだ」

「…先手ですか」

「ああ、「」という教義を掲げて適当な宗教をでっちあげるんだよ。

 そして「そこの神様から『大名をやめて行基和尚のように各地を救う旅に出よ』と言われたから大名を弟に譲って引退します」と言う事にしようと思うんだ」

「いや、その理屈はおかしいですよ」

 何ぃ?俺の中では完璧な理論だったのだが、何でダメなのだ?


「だいたい橋渡しになる宗教を作ると言っても、教義はどうするんですか?聖書とか大般若教とか読んだことないでしょう」

 さねえもんが頭痛そうに言う。

「うん。だから新宗教はそういった既存宗教の教義とは一切競合も言及もしない事にした」

「はい?それじゃどうやって二つの宗教を結ぶんですか?」

「そうだな、前にも言ったけど俺たちが信じるのは新しく生まれた神様だ」

 以前、新技術の説明をするために『科学』という酷い名前の神様をでっちあげた事があった。その出任せをそのまま利用しようと思う。

「つまり『時代が殺伐としすぎて従来の偉大な教えでは人間は救えない。だからその教えより一段下。現世利益や、細菌や原始などの新しい世界の見方に対応した使』という事にして、現代科学的な世界の見方だけを教えていこうと思う」

 前にさねえもんが言っていたが、古代の宗教とは科学だった。

 人は病気や災害など人知では理解できなかったものに姿や形を与えることで理解しようとした。

『何故この世界が生まれたのか』『どうして人は死ぬのか』『何故病気になるのか』理解できない事を理解しようとして生み出されたのが神という存在だ。

 ならば、戦国では分からなくても現代科学でわかる範囲の『この世界の仕組み』を「神様の弟子が教えてくれた教え」として宗教にする。

 こうして「病気は祈祷で治る」という迷信は古い教えで、これからは科学的な治療法が正しいのだと主張する。

 何の根拠もないまやかしよりも治療が正しい事が広まれば信者は増えるだろう。

「それやると、仏僧たちが『自分達の領分を取られた』とか言い出しませんか?」

「そうしたら「自分は神の弟子の教えを実行しているだけなのに、おまえは神様に仕えてきて何を聞いていたんだ」と説教すればいいよ。実際に効果がある方を民衆は信じるだろうし」

 新宗教の旗印をあえて『神の弟子』としたのはこのためだ。

 一番偉いのは貴方達の信じている神様ですよ。私はその忠実な部下の言葉を聞いてるだけです。

 だから現代社会でもわからないような部分は「それは科学様の担当外だ」と、それぞれの神に丸投げ…もとい任せます。

 という訳である。

「で、ザビエルが豊後に来る前にイエズス会の大まかな説明を豊後住民に伝えておく。」

 未来予知とか、知るはずもない遠くの国の事を伝えれば宣教師も『この人は神の言葉を聞いているのかもしれない』と思うだろう。

 そこから『他の宗教は邪教と伝えていたが、そのような態度を人が説くのは大いなる悲劇の元だからやめなさい。と神様の弟子が伝言で言ってきた』とか他宗教排斥は禁止だと伝えさせる。

 もちろん疑われるだろうが、自然科学の数々を披露して『うちの神様の弟子は、この世界の法則についてちゃんと教えてくれるんだけど、そちらの神様は病気の原因すら説明してくれてないんですか?信心が足りないのと違いますか?』とでも言えば反論はできないだろう。

 あの世の事は分からないが、この世界の事については(さねえもんが)この時代で一番詳しい自信がある。

「さらっと、人に責任押し付けるの止めてくれます?」

 そのためにも顕微鏡を発明したり、宣教師の常識を根底から覆すような新技術を幾つか造っておかなければいけないのだ。

 とても大名なんてやってる暇はないのである。

「まあ、言いたい事はなんとなく分かりました」

 うん。八郎君の救済とキリスト教の過激化の防止。これを達成するためには大名を辞めるのが一番良い。ついでに大友家に反乱起こそうとする人間も、神輿が変われば大義名分を考え直さないといけないだろう。

 陶晴賢以外誰も不幸にならない実に冴えたやり方である。

「成るほどー。完璧ですねー」

とさねえもんが言う。そして

「あの

と続けた。



 …………そこは何とかさねえもんが説得してくれないだろうか

「前提がガバガバすぎるでしょう。その計画」

 と疲れた目でさねえもんから指摘された。早く大名を辞めたい!


□□□□□□□□□□□□□□□□□

 現代の科学技術って、欧州で披露したら「異端」として火あぶりにされそうですが、流石の宣教師もひとさまの領地でそこまでの無体はできないでしょう。

 ちなみに『インド・ユダヤ人の光と闇―ザビエルと異端審問・離散とカースト』という本によるとフランシスコ=ザビエルはインドで異端審問官を置くようにポルトガル王に何度も訴えていたそうで、彼の死後 設置された異端審問によって200人以上の異教徒が火あぶりで処刑されたそうです。

 そのため、色んな所でトラブルが起こり『キリシタンというだけで殺されたりするよりは、他の宗教も認める形に落ち着いた方がまし』と言う事で、現在では少し寛容さが増えているようです。

 まあ、詳しい話は神様の弟子の管轄外なので よくわかりません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る