28.困ったときの、隼人さん😉


「心美さんならできますよね。あれだけしっかりされているし。朝田がフラワーガールのドレスは、こちらで準備するので是非――と言っています。自分もそのつもりですので、引き受けていただけるなら嬉しいです」


「ふ、ふ、ふらわーがーるって。ヴァージンロードを花びらをまきながら花嫁の前を歩く女の子だよ……な?」


「はい。心美が好きそうだとおもいませんか。絶対に引き受けてくれると朝田と言っているんですよ。もう、彼女がドレスを選びそうな勢いで……」


 そこでエミリオは小脇に抱えてきたパンフレットを城戸准将の目の前へと、テーブルの上に広げる。


「参考までになんですけれど。これですね。彼女が北海道でレンタルをしようとしているショップでは、このようなものを準備しているようですね」


 そこには、花嫁に負けない白くてふわふわのドレスを着ている金髪の女の子の写真が掲載されている。手には籐の籠を持って、こぼれそうな花びらをまいている姿もあった。


 それを見た城戸准将の表情がほわっとパパの顔になったのをまた見る。パンフレットを手に取って、顔まで近づけてまじまじと眺めている。


「めっちゃ……、かわいいじゃないか……」


 あ、娘が着ている姿を思い浮かべたんだなと、エミリオもふっと頬が緩んできた。


「ですよね。もちろん、心美が着たいというものを選んでいただきたいです。ドレスのカタログを朝田が取り寄せますので、出席してくださるなら、お父様とお母様と一緒に心美にも選んでほしいと思っています」

「う、かわいいのばっかり……。み、心優……じゃない、園田と相談してみるな」


 でも城戸准将はそのパンフレットをずっと顔の真ん前に持ってきてじっと見つめている。


「准将のスケジュールもあるかと思いますので、そちらの負担になるようでしたらおっしゃってください。心美の気持ちに添える他の方法を朝田と考えます」


 そこでやっとパンフレットをテーブルにおき、城戸准将は申し訳なさそうに眼差しを伏せる。


「結婚式か……。懐かしいな。自分が結婚しようと思うようになれるまでが長かったもんだから、ついこの間のようなことだけれど……。そうか、末娘が部下の結婚式でお役目ができる年齢になってきたのか……」


 この人は明るくて愛嬌がある兄貴のような人だけれど、たまにこうして翳る眼差しをすることがある。そこに重い過去があることは、彼に近しい部下になった者は理解していて、彼の向こうに透けて見えてしまうことがある。いまがそれだった。


「結婚式どうするとか、俺なんか、どうしていいかわからなかったな。心優もだ。なのに、あるとき、妻の心優のほうがなにかを見出したようにビシッと決めて、とんとんと進み出した。俺たちも島の外で結婚式をしようとしていたんだけれど、彼女が選んだのは島のみんなと一緒に――になった。皆に祝福されて夫と妻になる。大事な瞬間だと思うよ。エミリオと藍子さんにも、そうあってほしいと思っている」


「キャンプの教会で式を挙げられたと聞いています。披露宴もキャンプの食堂でされたのですよね」


「披露宴は、立会人になってくれた御園のご夫妻が準備してくれたんだ。美瑛で家族式を挙げて、島で職場の仲間と上官を招待して披露宴でもいいんだぞ。そうだ。俺がボスとして準備してやるよ。心美もそれで納得するんじゃないかな」


 一時、娘を招待されたことで美瑛に行くことを思い描いてくれたようだったが、そこはやはり准将で父親。思い改め、最初に決めていた家族だけの式をしてほしいとばかりに、娘の気が済むようなことは、こちらで準備すると言い出した。


「ですが、心美は朝田の実家のオーベルジュ……」


 あいちゃんパパのお花のレストラン――を夢に描いているに違いない。そう告げようとしたら大隊長室のドアからノックの音が聞こえてきた。


 秘書官がドアを開けて、訪れてきたその人を確認して、こちらへとむかってくる。


「御園准将です。本日のデータの時間だそうです」

「え、もうそんな時間か。あ、そっか」


 御園准将と城戸准将は大佐時代から基地に入ってくる飛行データは毎日ふたりで確認をしていると聞いてる。

 工学科気質の御園准将がデータベースを精密に管理して、空からやってくる飛行データや撮影されたものの『航空的な判断』は城戸准将が見極め、アグレッサーへと入ってくる流れになっている。


「私事にて、お時間をいただいてしまいました。自分はここで失礼いたします。ご検討のほど、よろしくお願いいたします」


 エミリオからソファー席の椅子から立ち上がる。


「お、ミミルが来ていたのか」


 なのに御園准将がいつもそうなのか遠慮もなく城戸准将大隊長室へと入ってきてしまった。


「いえ、もう失礼するところでした」


 しかしそこは目ざとい御園准将。雅臣パパが開いたまま眺めているパンフレットに気がついた。


「お、フラワーガールか。あ! もしかして心美にお願いをしたな。いいじゃないか。かわいいぞ、絶対に! それに心美はミミルのことが大好きだ」

「いえ、その、こちらが一方的にお願いをしたばかりで……」


 雅臣さんが困らないようにと、エミリオからその話を回収しようとしたが、もう隼人さんの眼鏡の奥の黒い瞳がきらきらっと光っているのをみてしまう。


「雅臣君、それ。俺にも見せてくれよ」


「はい。どうぞ。なんでも朝田准尉の実家がある美瑛……、旭川地方のブライダル会社のものらしいのですが。心美も美瑛に招待をしたいとのことで、ミミルが来てくれたところだったんですよ」


「うっわー! いいなあ! 花畑の中の白いウェディングドレスの花嫁と花婿が記念撮影のプランがあるのか。あー、いいなあ。美瑛。まだ行ったことがないんだよな」


 さて。どうしよう。エミリオはこのまま失礼をしてしまいたかったが、御園准将のテンションが……。両親に似ているような気がしてきて、ちょっと嫌な予感がしてしまった。


「いいじゃないか。雅臣君。心美を美瑛まで連れて行ってフラワーガールを引き受けたらいいじゃないか。子供のうちだぞ。こんなかわいいお願いをされるのは」

「いや……、いままでも幼児も幼児なので、対象外で、申し込まれたのは初めてですよ」


「そろそろいいじゃないか。しっかりしてきたよ。元からおませのおしゃまさんだったけどな。あ~、うちの杏奈もそうだったなあって心美を見ていると思うよ~」

「杏奈ちゃんはやらなかったのですか?」


「杏奈のころにはまだ日本では、海外のそんな風習が定着していなくてな。それにうちも断っていたくちかな。ほかのお子様もいるだろ。杏奈ばかりさせてもなあ。上官だからと最初に申し込んでくれるんだけれどさ。そういう気遣いもこれからでてくるぞ、雅臣君も。でも、ミミルは違うだろ。心美が大好きなお兄さんなんだから」


 エミリオが黙っている目の前で、どうしたことか御園准将がぽんぽんと説得していくので、唖然とするしかなかった。


「しかし。心美を美瑛までは。うるさい息子がふたりいるので、置いていくわけにも連れて行くわけにも。朝田准尉のご実家に迷惑をかけてしまいそうで」


 きっとそういうことなんだろうなと、エミリオも思っていた。ダメ元で申し込みにきたのだが、末っ子の心美だけではなく、うえの子お兄ちゃんふたりも一緒に招待をしたとして、子供三人を美瑛に連れて行く労力や、家族の負担が大きいのだろう。


 そこは藍子とも話していた。でも、申し込んでみないとわからないからと、ひとまずお伺いに来てみたのだが。


 ここで隼人さんが思わぬ事を言い出した。


「あ、いいことを思いついちゃったな。その日に、うちの飛行機を動かすから、それでみんなで日帰りをしよう」

「え、ええ!? 飛行機を動かすって……」


 雅臣さんが仰天しているが、エミリオも絶句している。つまり。


「うちの谷村の兄貴に頼んだらプライベートジェットを出してくれると思うから。ミミル、海人は招待することが決まっているんだろ」

「はい。彼女の相棒ですから絶対です。それにあちらのご家族も海人が来ることを楽しみにしているので」

「だったら。息子もついでに乗せていくから」


 え? いま何が起こってるんだろう? さすがのエミリオも、『北海道まで飛行機を出す』とか、かーるく言いのける『御園のご主人様』の眼鏡の笑顔に呆然としていた。

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