002: Happy Birthday (1)

 こんにちは。水地みずちとおるです。元気やった?


 実は今日、十一月十八日はアキちゃんの誕生日なのや。


 俺はそれを事務所の書類業務の時に確認した。


 出会って最初の年のアキちゃんの誕生日は、ドサクサのうちに過ぎてもうてな、アキちゃん本人も、今日が誕生日ですよていうアピールを全然せえへんもんやから、俺はよう知らんまま、気づいたら通り過ぎてたんや。


 アキちゃんの出生については謎が多い。


 アキちゃんのおかんの秋津あきつ登与とよさんは、戦後、半世紀もの間、ずっと妊娠しとったらしい。しかもそれを隠し通せてた。


 人間技やない。そんなアホなと思うし普通ではない。


 まあ、この俺の存在自体も他人のこと普通でないとか、とやかく言えたもんやないけどな。


 でも、アキちゃんの普通でなさは、この俺でも、ちょっと訳わからんほどや。


 しかしな、誕生日は誕生日や。ケーキとか食って盛大にお祝いしようではないか。俺はそう思ったんや。


 けどな。その日も当然、仕事やったわ。


 なんでって? 月曜日やからやわ。


 うちの事務所、アトリエAはなんと年中無休なのや。


 うちにご相談においでになるお客様には月曜も日曜もないしな、祝日も仏滅もない。思い立ったらすぐ相談や。


 こっちの迷惑もかえりみず。鬼やら、きつねやらが押しかけてくるんやで。


「先生、おめでとうございます」


 陽気な京都弁ボイスで、キツネ色のスーツの中年男が事務所の応接間に鎮座ちんざしていた。


 秋尾あきおや。言うまでもない、化け狐や。


 レトロ風味の丸眼鏡の奥の糸目で笑い、秋尾は小さな紙包みをスッとアキちゃんに差し出してきた。


 金や! ぜったいに金や。金封きんぷうに紅白の水引みずひきがかかっている。


 御誕生おたんじょう御祝おんいわい大崎おおさきしげると、恐ろしく力強い筆文字で書かれてた。


 大崎おおさき先生か。リッチやな。その金封の厚みに俺は引いてた。


「いや……秋尾あきおさん、こんなの頂けないですよ。お気持ちだけ頂きますて、大崎おおさき先生にお伝えください」


 アキちゃんが応接セットのソファで苦笑いして、もうすっかり板についた大人語でしゃべった。


 えっ、返すんかって驚きながら、俺は無表情にアキちゃんの隣で粗茶そちゃを飲んでた。


「御誕生祝いですやん、もろうとかはったら? お固いなあ、坊は。中身、チョコレートかもしれませんやろ?」


 秋尾あきお粗茶そちゃに手を伸ばし、清水焼きよみずやきの客用湯のみから緑茶をすすった。


「チョコレートなんですか?」


「いいえ」


 アキちゃんが聞くと、秋尾あきおは即答した。


 なんでこの狐はそんな無駄な会話をするんや。俺はジト目で秋尾あきおを見つめた。


「でもねぇ先生。おおさめいただかへんと僕も困るんですよ。大崎おおさき先生、怒らはるさかいに。なんやとォ⁉︎ 突っ返してきよったやてェ⁉︎ 恥かかせおってェ! とか言うてキレられたら僕も困るんです」


「どっかに寄付でもしといてください」


 アキちゃんは苦笑いでそう言うてた。秋尾あきおはそれにニヤニヤしてた。


「ほな、そないしましょか。無欲やなあ、先生は」


 ごそごそとチョコレートではないものを、またふところに戻し、秋尾あきおはさっさと帰るみたいやった。


「早いねぇ、坊。この前、生まれたとこやのに、もう大人や。おもしろうないわ」


 そう言う割に、まだニヤニヤしながら、秋尾あきおは席を立った。


「これからとおるくんとデートですか? ええねえ。ええわあ。僕もお供したいなあ」


 秋尾は意地悪イケズに言うとったけど、アキちゃんもますます苦笑やった。


「帰れぇ、この狐。悪霊退散!」


 俺が我慢しきれず言うたった。はよ帰れ。この妖怪め!


「僕は悪霊ちがうで、とおるくん。伏見稲荷ふしみいなり権現ごんげんさんの、ありがたーい御使おつかいの狐さんなんやで。大事にしてな」


 狐はそう偉そうに言いながら帰っていきやがった。


「なんで来るんやろうな、あいつ。今日がアキちゃんの誕生日やって、なんで知ってんのや」


 俺は事務所の戸締りをしながら愚痴愚痴ぐちぐち言うた。


 セキュリティシステムを作動させてから、ガチャガチャって入り口の鍵をかける。


 ほんまは鍵なんかかけへんでも、いつでも無料のセキュリティシステム、黒ダスのポチ以下、ポチ2号、3号、4号5号6号7号……何号かわからへん号までが居って家を守ってるんやけど、鍵開けっ放しはなんとなく無用心やしな。


 それに、鍵かけたほうが、お出かけの気分も高まるやんか。


 俺が事務所の鍵束かぎたばをポケットにしまい、ほな行こかって、後ろで待ってたアキちゃんを見上げると、アキちゃんはもうすっかり夜になってた祇園ぎおんの街を見て言うた。


「今年はぬくいなあ。もう冬やのにちっとも寒くならへんわ」


 確かにまだコートも秋物や。


「そんなことないわ。俺めっちゃ寒いねん。アキちゃん腕組んで」


 俺がふざけた調子で言うて、アキちゃんにドーンてぶつかる勢いで腕を組みにいくと、アキちゃんは照れ笑いしながら、一応、腕組んでくれた。


 しめしめ。いいぞぉ! いちゃつこうか‼︎


 俺は俄然がぜんヤル気出てな、アキちゃんと四条通りをグイグイ歩いていった。


「アキちゃん何がいい? プレゼント」


 俺が笑って聞くと、アキちゃんはまだ照れ笑いやった。いつまで照れとるんやコイツ。はよ慣れろ。


 けどアキちゃんは、ますます恥ずかしそうになって言うた。


「お前は何欲しい?」


「え。俺の誕生日やないやん。アキちゃんのやろ?」


「お前も、もうすぐやで」


 アキちゃんはあきれたふうに俺を見て、笑って言うた。


 えっ……? 俺、誕生日あるんか⁉︎


 一個も知らんかったやんか。考えたこともなかった。


 そういえば俺って一応、実在の人物なんや。戸籍こせきがあるんや。パチモンやけどな。


 そこにはパチモンの誕生日が記載されてんのや。


 でも俺、そういえばそんなもん、今まで考えたこともなかったわ。


「何がいい? 誕生日プレゼント」


 アキちゃんはそれがめっちゃ普通のことみたいに俺にいた。


「わからへん。欲しいもん無い」


「何でもええんやで。別に高いもんでもええし……」


 アキちゃんは歩きながら、考えてるふうに、通りかかった花見小路はなみこうじの、みやび石畳いしだたみを見て言うた。


「俺、アキちゃんと同じもんがええわ。毎年、同じもんにしといたら、いい記念になるし。それにな……」


 怜司れいじ兄やんが、アキちゃんのおとんとおそろいのライター持ってるやんか。


 あれがな……とおるちゃんちょっとうらやましいんよ。


 ちょーっとだけな。ちょーっとだけ。


 ほんまにちょっとなんやけどな。一ミリぐらいやで。ほんのちょっと。


 でもうらやましいな。


 俺が顔熱いなと思いながらブツブツそう言うと、アキちゃんは何かがよっぽど可笑おかしかったんか、珍しく声上げて笑ってたわ。


 紅葉観光シーズンの祇園ぎおんの街は人だらけで、四条通りもぎゅうぎゅう詰めやった。


 歩いててもガンガン人が押してくる。下手すると、アキちゃんとはぐれそうや。


せまい街やなあ、とおる。危ないわ」


 アキちゃんは腕組んでた俺の手を引き寄せて、俺よりずっと上背うわぜいのあるアキちゃんの胸に、ぎゅっとかばうように抱き寄せた。


「まあ……せまいけど、悪うないな。こうやってお前と抱きうて歩けるもんな」


 アキちゃんはめっちゃ小さい声で俺の耳にそう言うた。


 俺もアキちゃんの手を握り返して言うた。


「ほんまやな。こうやって歩かなしゃあないよな」


 寒くもないけど、抱きうてな。


 めっちゃ混んでんのやし、くっつかなしょうがないやんか。なあ?


 けど、その人混みが切れてもアキちゃんは、ずっと俺と抱きうて歩いてくれた。


 それはまあ、いつも奥手おくてなアキちゃんにしては、お誕生日の奇跡みたいなもんやったな。


――つづく――

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