第12話

 プレハブの用務員室を後にした私と海藤兄妹は、日暮れ間近な校内をポプラの並木道までやってきた。


「いったい何がどうなってるのか、ちゃんと私にも分かるように説明して!」


 いい加減、私は腹にえかねていた。

 並んで私の目の前を歩く双子は、こちらが何をどう尋ねてみても、さっきからずっと黙ったまま、さっぱり答えてくれなかったからだ。幸也君も雅美さんも、悪戯いたずらっぽい微笑みを私に向けては、話す役目を互いに押し付けあうような、じゃれ合うような仕草を繰り返していた。

 サヤマミユキと用務員さんの関係をはじめ、問いただしたいことはいくつもあるというのに。

 洋子と座った、あのベンチまで戻ってきた。周辺に他の生徒の姿はなかった。そこまで来てようやく、幸也君がまともに私の方を向いてくれた。


「そろそろいいかな。ここなら誰の耳もない。何から話そうか」


 今までのは、話を人に聞かれないようにという配慮はいりょだったらしい。けれど、そうと分かっても、私の不満は消え去るものではなかった。ベンチに腰掛けた双子の前に立って、私は強く問いかけた。


「結局のところ、あなたたち二人って何者なの?」

「まあ、かっこいい。何だか哲学的な問いかけに聞こえない?」


 雅美さんが幸也君に笑いかけた。ここへ来てもマイペースぶりは健在。私は脱力しそうになった。


「あの、ちゃんと答えてほしいんだけど」

「僕たちは」


 幸也君が長い脚を組んだ。


「僕たちは、この盗難事件を、事を荒立てないように収めるという役目を負わされた、問題の処理係だ」


 エージェントよ、と雅美さんも私を見つめる。


「エージェント? 問題処理係? そんな役目……。誰に指示されたの?」

「それは言えない」

「学園長先生とか?」

「依頼者のことは明かせないわ」


 双子は揃って微笑んだ。何だか悔しくなって、私は鈍い頭を懸命に働かせた。


「大きな事件にしたくない誰か……。やっぱり、大安堂家の関係者?」

「考えなくて良いよ山崎さん。聞いたってつまらないし、君が傷付かないとも限らないからさ」


 私が傷付く? どういう意味だろう。余計に混乱して、いよいよ不満顔になる私に、ごめんなさいね、と雅美さんが形の良い眉を寄せた。


「私たちの立場と依頼主のことは、どうかこれ以上、詮索せんさくしないで。私たちには話せないの。他に、聞きたいことはある?」


 私はしばらく考え込んだ。聞くべきことがたくさんあって、上手く言葉になってくれない。そんなもどかしさがあった。私たちの上には茜空。嘘のように鮮やかなオレンジの雲が浮かんでいる。

 私は、二人に聞きたいことを自分の中で整理して、つとめて冷静に尋ねた。


「……用務員室に行く前、幸也君、容疑者は早い段階で浮かび上がってたって言ったでしょう。その容疑者が、用務員さんだったの?」

「ああ、そうだよ」

「どうして、早々に用務員さんを問い詰めなかったの?」

「問い詰めて、いいや違うと否定されたらおしまいだったからさ。下手に刺激して無用な警戒心を抱かせた場合、盗まれた絵がされない保障はなかった」

「今日までずっと、私たちは、彼が反論を諦めるくらいの、力のあるアイテムを探していたの」


 言いながら雅美さんがポケットから取り出したのは、見覚えのある、少しだけ黒く汚れたガーゼだった。気付いた私は、思わず自分の制服のポケットを探った。今朝、私が用務員さんからもらった、あのガーゼに違いなかった。


「いつの間に」

「気付いてなかったのね。生徒会室で、山崎さんが拘束されていたときに拝借はいしゃくしたの」

「でも、何のために」

「このガーゼの本来の用途、山崎さんは知ってる?」

「本来の用途?」

「たとえばデッサンなどで、描画した木炭の線を擦って濃淡を表現するために、こういったガーゼを使うことがあるの。このガーゼに付いている黒っぽい汚れは、付着した炭なのよ」

「……つまり?」

「つまりこのガーゼは、美術の教師だった用務員さんが、今も絵画に対する執着を失っていないことの、何よりの証拠。これを使って攻められる、求めていた強力なアイテムがようやく見つかった、そう思って私、内心すごく興奮したわ」


 雅美さんが無邪気に笑う。隣で幸也君は苦笑い。私はひたすら戸惑うばかりだ。


「そのガーゼが、強力なアイテム」

「ええ。山崎さんが生徒会室を出てから、私も外に出たの。校内で用務員さんを見つけたわ。このガーゼに見覚えがないかと尋ねたら、今朝、転んだ女の子に自分が握らせてあげたものだ、と言われた。私は首を振って、これは美術部の部室で見つかったものだと嘘をついた」

「ええ⁉︎」

「春休みに入る前に部室の大掃除があって、しかも最近、木炭を使った生徒は一人もいなかった。にもかかわらずこれが落ちていた。これの持ち主と絵の盗難との間には何か関わりがありそうだと思いませんか、なんて嘘を並べて追い詰めたの。そうしたら用務員さん、作品を盗んだのが自分だということを、あっさり打ち明けてくれた。きっと、長く罪の意識にさいなまれて、疲れていたのね」

「偽の証拠で告白させたということ?」

「そう。虚偽の物証で自白させたの」


 必要なことだったのよ、と雅美さんは晴れやかな笑顔を浮かべた。

 何て強引な手段。私は信じられない思いで首を振る。ほとんど綱渡りじゃないか。上手くいったから良かったようなものの、万が一失敗していたら、盗まれた絵はどうなっていたことか。


「盗まれた絵は、明日の朝には美術部の部室に戻っているはずよ。それが、私が用務員さんに出した、事を表沙汰にしないための条件」

「これで一件落着か。約三週間、長かったなあ」


 お疲れ様、と仲の良い双子は私の前で微笑みを交わした。唖然あぜんとする私をその場に残したまま、揃ってベンチを立って歩き出す。ハッとした私は、慌てて二人の背中に問いかけた。


「ちょっと待って、落着してないじゃない!」


 クラスの皆に疑われたままの、私の立場はどうなるの⁉︎ それに……。


「サヤマミユキはどこへ行ったの!?」

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