*(アスタリスク)~小さい星

no.name

第1話 誰が為に

 眩しいスポットライト


 劈く歓声の波


 星々の様に煌めくサイリウム


 鳴り止まぬアンコール


 ステージに寄せられる熱い情熱


 それは誰が為に……


 ◇



 ピピピッ―ピピピッ―ピピピッ―ピピ―ガチャン


「ううーん」


 目覚まし時計を止めてダルい体と重い頭で状況を判断しようとボーとする。


「あー。今日から学校だった。ツラタン」


 ダラダラと朝の支度をする。シャワーを浴びて制服に着替える。


「きちんと朝食べないと辛いよね。うう、食欲無。とりあえず牛乳だけでも」


 コップに入れて飲み干し、流し台でコップを水に浸けておく。


 適当に三つ編みにして黒淵メガネをする。鞄を抱えて準備万端。


「行ってきます」


 誰も答えない部屋に向かって声をかける。いつもの日常。


 セキュリティー管理が為されたマンションを出ると、うっすらと肌寒い空気が頬を撫でる。


「さて、行きますか」


 イヤホンを耳に付け、若干の気合いを入れて自転車を漕ぎ出す。


 最寄り駅まで10分ほどの道のりを走り、改札口を潜り抜ける。


 プルルルルル―「発車します。ドアにご注意下さい」


 スーツ姿の人達


 他校の制服の人達


 私と同じ制服の人達


 ごちゃ混ぜの空間


「あ、篠塚アリス、ポスターに載ってる!」


「格好可愛いよなー彼女!」


「へへー!実は俺、昨日の武道館ライブ観に行ってきた」


「なっ!」


「お前、チケット当たってたの?羨ましい過ぎなんですけど」


「まあ、ちょっとしたコネがあってねー」


「なんだよ!俺らのも取ってくれても……」



 何処からともなく聞こえてくる会話のざわめきを掻き消す様に自然とスマホのボリュームを上げる。


 駅から学校まで誰とも話さず教室までたどり着く。


 いつもの自分の席に座り小説を取り出し時間を潰す。


「おはよう」


「あ、真理ちゃん、おはよう」


「ちーす」


「おー、おはよう」


 周りが段々と騒がしくなってくると、しばらくして先生が入って来る。


「起立!礼」


「着席」


「おはよう、じゃあ出席取るぞ。朝倉」


「はい」

 ・

 ・

 ・

「篠塚」


「はい」


 ◇


 今日もいつもの様にボーと授業を聞いていく。


 つまらない授業。


 知っている事を延々と聞かされるのは、いつも拷問かと思わされる。


 いつも思う。音楽を聴いていた方がマシだ。


 そして思い付いたフレーズを譜面にして歌詞をノートに書いていく。


 やりたくないと心が叫んでも、手が勝手に書き起す。


 目を閉じると昨日のスポットライトとサイリウムのプラネタリウムが瞼の裏に甦る。歓声と心臓の音だけがその場を支配していた。


「……づか」


「篠塚!」


 はっ!と目を開けると先生が黒板をチョークでコツコツと叩いていた。


「篠塚、ボーとするな。この問題解いてみろ」


 教室内でクスクス笑う声が聞こえる。


「はい」


 黒板には、問題単項式 −5ax2y について、次の問いに答えよ。


(1) 係数と次数を答えよ。


(2) a について着目したときの、係数と次数を答えよ。


(3) x とy について着目したときの、係数と次数を答えよ。


 と書いてあった。


「(1) 次数は 4、係数は −5、(2) 次数は 1、係数は−5x2y、(3) 次数は 3、係数は −5aです」


 一度その場で立ってすぐに座る。


「うむ、正解だ。(1)だけで良かったんだがな。まあ、いい。きちんと聞いていた証拠だな」


 教室がざわめく。


「皆も篠塚を見習ってきちんと予習しろよ」


 同時にチャイムがなる。


「よし、日直」


「起立、礼」


 ◇


 放課後、食料を買って帰路につく。いつもと変わらない日常。


「ただいま」


 静寂を湛えるその部屋にため息を吐きつつ上がる。


 食料を冷蔵庫に入れて自室で着替える。


 リビングに置きっぱなしのノートパソコンに電源を入れてから冷蔵庫から食料を取り出す。


 一人暮らしになってから自炊しなくなってしまった。一緒に食べる人が居ないと作るのが億劫になったからだ。


 出来合いの食糧を摘まみながらパソコンに今日思い付いたフレーズを打ち込んでいく。


 これも日常。


 時折ふと思う。


 私、何の為にこんなことしてるだろうと。


 そして、今日も誰が為に曲を作る。





























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