お池のある公園の入り口に、大きな運動場がある。

 日々、三々五々地元の人々が集う場だ。

こんなに空の広い場所は、周辺の街にもまずあるまい。


 400mはあろうかというトラックを走る人。レジャーシートを広げお弁当やおやつを食べる人。ボール遊びをする子どもたち。スチロールで出来た飛行機をゴムで飛ばす子たち。


 冬になっても人が絶えることはない。季節になると凧をもった子どもたちや大人が凧をあげる。


 三角形や菱形の今風の凧がもっともメジャーだ。隣の友人と凧の糸が絡まってしまうのもお約束。


 凧を組み立て、掲げて、走ると凧が飛ぶ。凧が上に上がれば、力が掛かる。力が緩まないように気をつけながら糸を繰り出していけば高く上がる。


 たったそれだけのことだけど、地上では、たまの風にあおられはしても飛ばない凧が、上空では


 地上と上空では違う風が吹いていて、強さも向きも全く違う。それが凧が飛んでゆかないように引っ張り支える私の力が証明する。


 何事にもプロ——極めようとする人はいるらしい。

 何人か、手作りの凧を飛ばしている年配のおじさまがいた。風がなければ、竹とんぼを削って飛ばし、子どもたちに配ったりしているおじさまもいる。


 凧を手作りして飛ばすおじさまは本格的だった。釣りのリールのようなで、蛍光色の糸を出し、昔ながらのスタイルと思しき凧を、悠々と泳がせるのだ。


 全てがおじさまの手作りのようで、木と紙を材料に、手づからひとつひとつ作った凧と糸巻きは一際輝いて見え、威容を誇るのだ。


 私はそんなおじさまの凧や、操る手元をみるのも好きだ。

 でも、その洗練された、手作りの凧と糸巻きが力強すぎて、しばらく眺めたあと逃げてしまうのだった。


 あるとき。

 「あなたにもできるよ。」

 おじさまが言った。

 「難しくないよ。」


 私が「その糸巻き、手作りなんですか?」「全部手作りなんですか?」と聞いたときだったと思う。

 「そうだよー。ぜんぶ、いちから手で作ってるよ」

 そうして、振り返って言ったのだ、自分でも作れるよ、と。


 私は「子どものおもちゃ百科」のような本を幾つか持っていた。昔ながらの遊びがたくさん載っていて、作り方なども載っていた。


 私は息を飲んだ。私は木を削ったこともない。竹ひごを折ったりやすりをかけたりしたことくらいしかない。碌に木を切った、のこぎりでうまく切れたこともない。釘を打つなんてトラウマものだ。刃物は好きだけど、好きなだけに簡単じゃないことだけはわかってる。想像がつかない。

 それを、「」「」と、そう言ったのだ。


 目の前の、ひとり、自分で凧を作り揚げているおじさまが、何か酷く恐ろしいものに見えてしまって、私は振り返り走り出して逃げてしまった。

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