キサラギが死ねばいい、と思っていた時期もあったけどとりあえずまだ生きてる

朝霧

そろそろこの帚星荘に転がり込んできて一年が経つのだと、今更のように気付いた。

 そろそろこの帚星荘に転がり込んできて一年が経つのだと、今更のように気付いた。

 なので日記代わりのメモ帳のファイルを分けてみることにした。

 前回のがだいぶ多くなっていたのでちょうどいい機会だろう。

 さてと、それではお決まりのコピペを一つ。

 この携帯端末の正式な持ち主へ、お前の名前はキサラギだ。

 ちなみに正式名称は如月月兎、キサラギ・ツキト。女なのに男みたいな名前だと思える正常さがお前にまだ残っていることを願う。

 男みたいな名前なのは単純にこれが元々はネットで使っていたハンドルネームだったからだ。

 だけど今はこれが本名、これ以外の名前はもう一つもないし、絶対に増やしてはいけない。

 職業は一応霊石の加工師兼霊装職人だ、ありがたいことにそこそこ売れている。

 キサラギは過去にあったトラウマで心が壊れていて、色んな病気を患っている。

 一番面倒なのは場面緘黙症、要するに特定の人間の前以外では話せなくなる精神的な病。

 他にも過呼吸とか自傷癖とか幻覚見たりとか、色々。

 この日記は、いつかのキサラギが精神的ショックによって記憶を飛ばした時の為に書いている。

 記憶が飛びっぱなしで戻りそうにない場合はこれよりも古いものから順次参照する事、そうでなければ最近のものだけで構わない。

 キサラギは現在帚星荘の301号室に同居人の男と共に住んでいる、住所に関しては『住所その他』に記載してあるので、帰る場所がわからない状況であるのであればそちらを読む事。

 それから、同居人の男はある程度なら頼って問題ない。

 優しいとは言いにくい、横暴で自分勝手で気に食わないものを放置できない面倒な性格な男だけど、こんなどうしようもないキサラギをずっと引きずり回してきた頭のおかしい奴だ、信頼はしていい。

 記憶を失ったお前がどうかは知らないけど、キサラギが唯一口をきけるのは今の時点でもこの男だけなので、依存しない程度には頼っていい。

 

 コピペ終了。

 ……一応、今まで記憶を飛ばした事はないはずだから、もう記憶喪失とか解離性同一症の心配はしていないのだけど念の為。

 

 今は平日の昼間だ。

 依頼されていた花蜘蛛は作り終わったので納品を待つばかり、少し時間が空いたので息抜きに買い物にでも出かけようかと思う。

 ここに転がり込んできてちょうど一年になるのだから、その記念ってわけじゃないけれど甘味的な何かでも買ってこようと思う。

 と言うわけで近所の観光街にれっつらごー。

 最初ここに住む時、観光地がこんなに近くにあると人混み多そうだなと辟易していたけど、もう慣れた。

 それに、すぐ近くに多少割高ではあるとはいえ美味しいものがたくさん揃っているのは楽しいし嬉しい。

 部屋から出たらちょうどお隣さんが帰ってくるところだったので互いに会釈した。

 帚星荘の人達はキサラギの声のことを知っているし、知っている上で詮索せず放置してくれるから気が楽だ。

 まあ、ここに住んでる人達だいたいが訳ありだから互いに詮索し合わないのが暗黙のルールだし。


 観光街でふらつきながら美味しそうなものを探した。

 個人的には春限定の桜の生八つ橋でも買おうと思ったのだけど、同居人はあんまり八つ橋好きじゃないしなあ。

 もにょっとするのがなんか好きじゃないらしい、生じゃない方をバリバリ喰う方が楽しいそうで。

 それに甘いものよりも塩っぽいものの方が好きだ。

 と思って、揚げ煎餅のセットを購入した、甘味、とは……って思ったけどまあいいか。

 揚げ煎餅を買った後はまっすぐ帰った。

 あんまり1人で外をふらつきすぎると同居人に怒られるのだ、ここにきてしばらくは1人でコンビニ行くだけで超機嫌悪くなってたし。

 本当、面倒な男だ。

 いやまあ、全部キサラギの自業自得なんだけど、あの男に付きまとわれたことも含めて。

 というわけでさっさと帰った、行きとは違って誰ともすれ違わなかった。

 ちゃぶ台の上に揚げ煎餅セットを置いて、しばらく作業を行った後に夕食の準備を始めた。

 食事の準備は余程の事がない限り別々に作るのでぼーっとしていると同居人と時間がかかるのでさっさと行う。

 今日はナポリタンに温泉卵を乗せたものを作った。

 味は普通だったんだけど、途中でタバスコを入れすぎたせいで辛かった。

 洗い物をしている最中に同居人が帰宅した。

 特に問題なく仕事が終わったらしいけど、頼んでいた霊石は今日も見つからなかったらしい。

 少し物珍しい種類のものなので仕方がないだろう。

 別に急ぎでもないしついでに頼んでみただけだし。

 洗い物を終えて台所を出たら「やる」と何かを投げて寄越された。

 桜の八つ橋だった。

 多分キサラギと似たような発想で買ってきたのだろうけど、それにしても珍しいことがあるものだ。

 自分が好きなものではなくキサラギが好きそうなものを買ってくるとは……調子でも悪いんだろうか?

 と思ったものの余計なことを言って拗ねられるのも面倒くさいのでありがたく受け取って代わりに揚げ煎餅セットを渡した。

 普通に喜ばれたけど、なんか意外そうな顔をされたのはちょっと心外だ。

 同居人がやたらと美味しそうな海鮮炒飯(お米がパラッパラ)を食べてる向かい側で桜の八つ橋を食べた。

 味は普通に美味しかった。

 あんこに桜の花びらの塩漬けが少しだけ入っていて、甘じょっぱくて美味しい。

 そのあとはいつも通り風呂に入ってネットサーフィンして日記を書いて、今から寝る。

 おやすみなさい。

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