第11話「弟子は師匠を越えたいようです」
「で、では行ってきます」
「ああ、健闘を祈る」
決闘の当日、そこは街の広場に設けられた簡易的な劇場だった。劇場といっても凹状の窪みに中央を取り巻く客席がある、かなりシンプルなものだ。
レッドはエリンと別れて、客席中腹の良く見える席に座った。
レッドが、中央の開けた場所へエリンが行くのを見送っていると、後ろから声帯の壊れた鶏みたいな客寄せが聞こえてきた。
「席は自由なんじゃあ……。ただし入り口はここからですよお……。順番は守るンゴおおおおおおおおおお!」
客入りは上々、何故か席の代金を徴収するのはアンジーの役割らしく、金色の髪の毛と狐耳とリボンを揺らして簡易劇場の円周を練り歩いていた。
しばらく待機すると満席になり、アンジーもレッドの隣の席に舞い戻ってきた。
「ニチャア……。売り上げは上々……。これだけあれば新しい衣装が買えるンゴ……」
「ゲーム生活苦労しているみたいだな……。試合の賭けとかはなかったのか?」
「ダメだンゴ……。二人の間じゃ倍率が違いすぎる……。勝負にならないンゴ……。ほとんどの人はこの試合の後のレッドとの試合と賭けに期待してるンゴ……」
「そうか。まあ、俺達以外エリンの戦うところを見た奴はいないからな」
レッドとアンジーが会話をしていると、ざわついていた客席が静かになる。
公式による場内アナウンスが響いてきたのだ。
「お集まりいただきました皆様。間もなくランキング戦、種別決闘、ランキング3300位ヴァン・スタンリー対ランキング116427位エリン・スズカケの戦いが始まります。皆さま、決闘の邪魔をせぬよう一定間隔を保ちつつ観戦してください」
アナウンスは神の啓示のように空から降り、集まった観客に同意を求めていた。
「この声はゲームマスター013……? 公式のGMがこんな野良試合のアナウンスをするンゴ……?」
「理由は知らないが向こうから立候補してきてな。断る理由もないし、頼んでおいた。いざとなれば試合の約束を反故(ほご)にしないように頼めるしな」
「そうだったんかあああ……。確かにそれは心強いンゴ……」
ゲームマスター013は続けて決闘を行う両者に話しかけた。
「両者、入場してください」
アナウンスを待ってましたとばかりに、最初に入場したのはヴァンの方だった。
「フハハハハッ。準備運動にはちょうどいい前座ですねえ。さっさと倒してレッドさんとの試合に備えましょうか」
真っすぐ入場したヴァンとは対照的に、エリンの足取りは重い。中央の開けた場所の外周で中々向かわず、迷っているかのようだった。
「エリン選手、すみやかに入場してください」
「は、はいっ!」
エリンの返事は大きいけれども震えている。これはまさか。
「エリンの奴、ガチガチに緊張してやがる」
客席のレッドが呟くも、その場所でできる対処はない。今は試合が無事に進むのを見届けるしかなかった。
「では両者揃いましたね。では、試合の合図を送ります」
ヴァンとエリン、2人は手の届かない距離で向かい合う。一方の目は肉食獣のようにギラギラと光り、もう一方は茂みの中の小動物のように怯(おび)えていた。
これは、まずい。
「試合、開始!」
ゲームマスター013の合図とともに、飛び出したのはヴァンの方だった。
巨漢に銀色のフルアーマー、頭は自慢のとさかを隠してスライド式のヘルムを被っている。
ヴァンのスタートダッシュは速いものではない。勢いはあるが、これならエリンでも容易く避けられる。
はずだった。
「えっ、待っ!」
エリンは脚が震えて動けていない。ヴァンの方は調子の悪いエリンなどお構いなしに、竜の意匠(いしょう)がされたハンマーを振るった。
ハンマーはヴァンの凄まじい膂力(りょりょく)で空(くう)を裂き、エリンの顔面に向かっていた。
「っ!」
エリンは直前で小太刀の武蔵と小次郎を挟み、直撃は避ける。
だがダメージはエリンの体力の4分の1弱を削り、本人の身体が吹き飛ばされた。
観客はざわめくと共に、客席に飛ばされたエリンを受け止める。誰の目で見ても、試合の行く末は明らかな一撃だった。
「くそっ。まさかあそこまで土壇場に弱いとはな。そこまで考えてはなかったな」
「何を悠長にしているンゴよ……。このままじゃあ、エリンは負けてしまうンゴ……」
だからといって試合に乱入するわけにもいかず、レッドとアンジーは遠巻きに勝利を願っているしかない。
中央に投げ返されたエリンもまだ戦意は喪失していないらしく、踏み堪えて立ち上がった。
「まだ、行けます……」
「そうですかそうですかあ。せいぜい逃げてくださいよお」
仕切り直しの再開をしても、状況はあまり変わらない。エリンは必死に逃げ、ヴァンがそれを追う。これでは訓練でのパターンの再現だ。
「あのバカ、追い詰められてやがる」
エリンは避け続けるも、急に動きが止まる。それは後ろを観客の壁にぶつけてしまったからだ。
ランキング上位のヴァンはエリンの隙を見逃さない。ここぞとばかりに、大きなスキルを発動させる。
かと思えた。
――ボンッ!
「!?」
「!?」
ヴァンもエリンも急な銃声に音の出た方向を向く。そこにはレッドが客席から立ち上がり、空に向けて蒸気銃を構えていたのだ。
「……すまん。暴発した」
「そんな暴発の仕方なんてあるわけないンゴおおおおおおおお!」
アンジーが鋭いツッコミをするも、レッドは構わずエリンに檄(げき)を飛ばした。
「エリンッ! 訓練の手順を思い出せ! 1つ1つタスクを消化すれば、お前なら勝てる!」
レッドはそこまで言い放つと、席に座りなおした。
「警告します。妨害行為とみなされた場合、試合会場から追放します。次に発砲した場合、警告無しでログアウト処置をします」
レッドはゲームマスター013の警告を、片手を振って同意した。
「では再開します。両者元の位置に戻って――試合開始っ!」
試合は元のエリンが追い詰められた場所から始まり、レッドの援護にも関わらず、状況は変わらない。
多くの観客はそう感じていた。
「目が据(す)わったいい顔じゃないか」
レッドはとどめの一撃を求めて喝采(かっさい)する観客の中で、小さく呟いた。
「<ソニックストライク>ですよお!」
ヴァンは絶妙な位置から飛来する斬撃を飛ばす。誰もが、その攻撃をエリンが受け止める。そう思っていた。
「……<ミラーステップ>」
エリンは跳んだ。それも<ソニックストライク>が届くかどうかのきわどい高さをだ。
躱(かわ)された<ソニックストライク>は客席に突っ込み、その場で悲鳴が上がる。誰かが血を流し、倒れたのだ。
「少しはやるようですねぇ。でも空中は逃げ場がないですよお! <ソニックストライク>っ!」
ヴァンが追撃の<ソニックストライク>を撃つ。しかし、エリンにはそれが読めていた。
エリンは空中で不自然に反転したかと思うと、地面とは逆さに足を踏み出したのだ。
「なるほど、<ミラーステップ>の効果は地面と対照的に走る技だ。それなら、避けられるな」
エリンは逆さの体勢ののまま空中を蹴る。そして<ソニックストライク>を足の下に通過させ、ヴァンの懐に飛び込んだのだ。
「なっ!」
ヴァンは自分のすぐそばまで接近したエリンに、慌てた。
「重量級の弱点、それは逃げる相手を捕らえるスキルばかりで向かってくる相手を討ち取るスキルがないこと。つまり、超接近による戦いは苦手ってことだ」
しかしそれはヴァンも承知している弱点だった。
「<ハンマーバッシュ>!」
ヴァンは咄嗟(とっさ)にハンマーを両手で手元に寄せて、柄をエリンの身体にぶつけにいく。これはハンマーを使った押し出しだ。当たればまた同じ距離に戻されてしまう。
そう、これはレッドの時と同じ。相手との距離を取るスキルだった。
「<スキルスライド>」
<スキルスライド>それは相手の攻撃を見切り、自らの手で逸らすという高度な技。スキル自体には攻撃を逸らすための補助する力がある。けれどもこれには誘導性がなく、かなりの手練れが大技を避ける時に用いるスキルだった。
「……エイムアシストは本来、自分の攻撃を当てやすくするシステム。誘導システムだ。だがエリンに至ってはその誘導は邪魔でしかない。それほどエリンの目は良すぎるんだ」
エリンは片手でヴァンの<ハンマーバッシュ>の衝撃を逃し、もう片手で蒸気銃のアンガーを握っていた。
「この距離なら、外れません。<ドアノッカー>!」
エリンは対装甲のために、銃口を相手の装甲へぶつけて撃つというめちゃくちゃなスキルを発動させた。
「ぐ、ぐあああああああっ!」
効果は抜群。ヴァンの鎧の左脇部分がが引きちぎれ、よろめいた。
「クソッ。この女ああああああっ!」
ヴァンは激情していた。それでも相手を仕留めるという本能は正常に作動し、エリンの足を止めるのが最適解だと算出した。
ヴァンは1歩下がると、背中から3つの銃口を備えたライフルを取り出した。
「トリプルスレッドショットガン! これはですねえ。アナタのようにすばしっこいイタチを捕らえる銃なんですよお。散弾の弾にはスピードダウンのデバフ効果付きですねえ! これでイ・チ・コ・ロですよおお!」
意外に余裕なヴァンは相手の絶命宣言を宣誓(せんせい)すると、銃口をエリンの顔に向けた。
「ああ、本当ですね。本当に」
エリンの目前でショットガンの銃口が光と共に弾を吐き出す。
「何から何まで、レッドさんの言う通りです」
エリンは、ショットガンの弾を、逸らした。
いや、それは正確ではない。正しく言うならば、ショットガンの銃口を空(そら)に追い出したのだ。
「エリンの反応速度は常人の1.6倍。そんなものがエイムアシストなんて受けたらブレブレに決まっている。今のエリンは足枷を外された猛禽類とほとんど同じなんだ」
レッドは座ったまま震えていた。それはどちらかといえば武者震いに近かった。
「今のエリンのトップスピードなら、俺なんて軽く捻(ひね)られるな。大した怪物を作っちまったわけだ」
当のエリンは知らない。今の最適な状態ならば師匠を越えるほどのポテンシャルを秘め、ランキング上位に軽々と到達できるプレイヤースキルであることを。
そんなのは関係ない。エリンはただただゲームと真剣に向き合い、次々とスキルをヴァンに叩き込むだけだった。
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